カーテンの隙間から差し込む朝日に目を覚ました俺は朝食の準備をするべく冷蔵庫のドアを開けた。
すると見慣れぬ物体がチルドルームに鎮座していた。
「タオル?何でタオルなんかはいってるんだ?」
細長い棒状に纏められたタオルを見ているとタオルの内部から「しくしく…ぇしょ~」とすすり泣く声が聴こえてきた。
「あ、そうだミニイカをこの中に入れたんだった」
そう。昨晩遅く、瓶詰めミニイカ娘の夜泣きで睡眠を妨害された俺はソファに何度も瓶を叩きつけて気絶させた上でタオルで瓶を包んで冷蔵庫に放り込んだのだった。
タオルを巻いたのは防寒の為などという親切心ではなく、単に瓶詰めミニイカ娘の泣き声が外に漏れにくくする為の防音措置だ。
冷蔵庫の分厚いドアと幾重にも巻かれたタオルによって、その後は奴のウザったい泣き声に悩まされる事なく安眠する事が出来たのだった。
「いやいや、すっかり忘れてたよ」
言いながらタオルを取り除いていくと寒さでガチガチと歯の根が合わなくなりながらすすり泣く瓶詰めミニイカ娘と一晩振りの対面を果たした。
タオルで瓶の口も塞がれたので空気が著しく出入りし辛くなったらしく、瓶内部の二酸化炭素濃度はかなりの割合になっていたようだ。
低体温症と酸素不足によって青ざめた顔で体を縮こまらせ泣いていた瓶詰めミニイカ娘だが、俺の姿に気付くなり狭苦しい瓶底で逃げ惑い、あちこちにぶつかって気絶した。
今日も絶好調の馬鹿さ加減のようだ。
取り敢えず瓶詰めミニイカ娘をテーブルの上に放置すると俺は朝食の準備に取り掛かった。
トーストにマーガリンを塗り、お湯を沸かしてインスタントスープを溶かしていると食事の香りに気付いたのか、瓶詰めミニイカ娘が覚醒して「げしょげしょ」とこちらの様子を伺っていた。
タオルを外され、新鮮な空気を吸い込み、夏真っ盛りの朝からじんわり汗ばむ室温の中で、奴の低体温症諸々の症状は回復したようだ。
体調の回復したミニイカ娘はスープの香りに食欲が刺激されたのか「あっあっ!げしょしょ~!」とその場でバンザイジャンプをして自分の存在をアピールしてきた。
顔を見ただけで逃げ惑って気絶するほど恐れる相手に平然と餌の要求の出来るミニイカの厚かましさに呆れながらも、パンの耳を千切って瓶に放り込んでやる。
「げしょ?ふんふん…ちぃっ!」
「………」
…どうやら昨晩の教育はミニイカの脳裏からすっかり削除されたようで、不快感を隠そうともしないでパンの耳を捨てたミニイカは「げーしょ!げしょ!きぃーっ!」と顔を真っ赤にして猛抗議してきた。
一応その後もプチトマトのヘタとかバナナの皮とか、スープの中のコーンとか、奴にやっても別に構わない物を放り込んだが結果は変わらなかった。
何度も自分の要求外の物を与えられたミニイカは癇癪を起こし「ぎぇぴ~!ぎぇぴ~!」と叫んでは俺に向かって墨を吐いている。
当然墨は瓶内部で反射してミニイカ自身にかかっているのだが、奴の傍若無人な態度に朝からストレスを溜められた俺は無言で瓶の口に漏斗を当てがうと熱々のスープを少しばかり注ぎ込んでやった。
「ぎゃそぉおぉぉぉっ!?」
高温のスープを弱点のイカ帽子に掛けられたミニイカはその場で転げ回って苦痛を紛らわせている。
その様子を尻目に瓶を掴んだ俺はベランダに出て、そこに設置された室外機の上に瓶詰めミニイカ娘を放置した。
朝の天気予報によると今日は猛暑日で日中は気温が35度にも達するらしいので我儘のすぎるナマモノへの教育には最適だろう。
もしかしたら死ぬかもしれないが、その時はその時だ。
外の気温は既にかなりの高さになっていた。
鉄で出来た室外機の上にガラス瓶ごと置かれたミニイカの体感温度は既に30度を軽く超えているのだろう。
外からは「げしょ~!ひぃ~ん!」と奴の泣き声が微かに聴こえてきた。
「俺の部屋、めちゃくちゃ日当たり良いから、ウチのベランダになんかに居たら50度くらいになるかもしれんから頑張れよー」
聴こえているとは思えないがミニイカに無責任な声援を送ってやった俺は、朝食と身支度を済ませると今日も一日頑張るべく出社するのであった。
「…げしょ?」
誰にともなく呟いた俺は、突然雰囲気の変わった俺に疑問符を浮かべるミニイカ娘の入った瓶を流し台に持っていくと食べかけのカップヌー◯ルを海老もろともミニイカ娘の目の前で食べてやった。
「げしょ?!げしょげしょ!!げしょげしょげしょ…っぎゃい~~~~~~っ!?」
またも文句を言うミニイカ娘の入った瓶の口に漏斗を差し込むと残ったカップヌー◯ルを熱々のまま注ぎ込んでやった。
「ひぎゃ~~っ!!
ひぎぃ!げじょぉおおぉおぉぉおあああぁぁぁぁあぁ!?」
熱々のスープと共に絡みつく麺に全身を火傷させられたミニイカ娘はスープの海で溺れる苦しみと火傷の苦しみの二重苦にもがき苦しんでいた。
その様子を見て溜飲が下がった俺は僅かに復活した理性で「死なれるのは気持ち悪い」と思い至り、スープを捨てて溺死の危険性だけは完全に排除してやった。
「ひぃひぃ…ぴえ~ん!ぴえ~ん!」
「…おい」
全身の火傷を摩りながら泣き喚くミニイカ娘を、瓶を割らない程度の強さで床に叩き付けて衝撃を与えて呼ぶ。
「ぴぃ~~っ!?」
「その中に残った残飯が今日の食料だ
残したら…」
「ぴ…ぴー!?
ぇしょ、ぇしょ!」
言葉が通じるほど知能が高いとは思えないが、雰囲気からただならぬものを感じたらしく、ミニイカ娘は慌てて瓶に残留した麺や野菜などを貪り始めた。
「げしょげしょ、えへへ?」
餓鬼のように汚らしく残飯を食い尽くしたミニイカ娘は俺に向けて愛想笑いを浮かべる。
その笑顔はミニイカ愛好家達なら可愛い可愛いと絶賛するのだろうが、俺には万引きで捕まったオバサンが何とか見逃してもらおうとして見せる薄笑いにしか見えなかった。
こうして俺と瓶詰ミニイカ娘の共同生活は始まった。
その生活はあくまでミニイカ娘を瓶から出すまでの暫定的なものではあるだろうが、俺はその間にミニイカ娘の人を舐めくさった態度を矯正してやろうと固く誓うのであった。
さっきまで天敵扱いしていた相手に餌を恵んで貰おうとするものか?
つか、こんな瓶の中にいて、今までどうやって捕食してきたのだろう?
(もしかして最近まで幼体で捕食する必要がなかったのか?)
となるとコレはコイツにとって人生初の捕食行為になるのか?
初の捕食行為が他の生き物から餌を恵んで貰うってのはどうなのだろう?
まぁ、このくらいのあざとさがないと厳しい自然界じゃ生き残れないのかもしれない。
…厳しい自然界で媚びが通じる相手がいるとも思えないが。
とにかく、瓶から出れない以上、上手いこと獲物から瓶の中に入ってきてくれない限り狩りも出来ないのだから、今は俺が何とかしてやるしかないだろう。
「…コイツらって何食うんだっけ?」
ネットで再び調べたところ、ミニイカ娘は海老が好物とのことだ。
他の物も基本的に食べれる雑食だが、海老以外を捕食することを嫌い、場合によっては与えられた餌を破棄する個体が殆どのようだ。
「…何だこの生き物、ふざけてんのか?」
自然界で自分の好物以外を捕食しないでどうやって生きていくんだろうか?
むしろ泳げない生き物が水中にいる生き物が好物とはどういうことだ?
「これ、海老が好物ってのはきっとミニイカ好きの好事家たちが甘やかして与えた結果、舌が肥えちゃった個体だけの話だな、きっと」
そうだ、そうに決まってる。
自分で狩れない餌を好む生き物がいる訳がない。
今、目の前にいる個体も恐らくは人間に飼育された経験がない以上、海老しか食べないという事もないだろう。
「とりあえずクッキーでも砕いて入れてやるか」
瓶に入るサイズに砕いたクッキーを投入すると泣き続けるミニイカ娘に当たって瓶の底に落ちる。
「っえしょ?!ふんふん…ちぃっ!」
目の前に落ちたクッキーを拾い上げて匂いを嗅いだミニイカ娘は不愉快そうな顔でクッキーを投げ捨てた。
「………」
内心かなりイラついたが、野生の個体は自然界で存在するものしか食べないのかもしれないと考え、別の餌を与える事にした。
「ふんふん…ちぃっ!」
「………」
「ふんふん…ちぃっ!」
「………」
「ふんふん…ちぃっ!」
「………」
「ふんふん…ちぃっ!」
「………」
…ご飯粒、◯えるワカメちゃん、鰹節、人参、大根、ジャガイモ、etc…家にあったあらゆる食材を与えてみたがどれも拒絶されてしまった。
人の好意を踏みにじり、被害者面で泣き続けるミニイカ娘に人生最大級の殺意を覚えながらも、最後の砦として自分の夕飯用にカップヌー◯ル醤油味を作り、中の海老を与えてみた。
「!ぴゃー♪きゃっきゃ♪
げしょげしょ♪」
「………」
海老を凄まじい勢いで食べたミニイカ娘はもっともっとと催促してきた。
「………」
釈然としない俺はもう一つ海老を取り出すと、それをみて狂喜乱舞するミニイカ娘を無視して自分で食べた。
「げじょーっ?!
ぴゃー!ぴゃっぴゃ!ぶぷ~っ?!」
「………」
自分が貰えると勝手に思い込んでいた餌を与えられないどころか、食べられた事に腹を立てたミニイカ娘は文句を述べるだけに飽きたらず奴らの最大の敵対行為とも言える墨吐きまでお見舞いしてきた。
墨は瓶の内部で広がり、吐いた当人に被害を与えたにすぎないが、その余りの悪態に俺は自分の中で何かが壊れる音を聞いた気がした。
…ぇそ?」
俺は流し台にミニイカ娘の入った瓶を放置して、少し離れたところにあるソファに腰掛けTVを見始める事にした。
横目でチラチラとミニイカ娘の様子を伺うと向こうも同じようにこちらを伺っているようだった。
やがて俺が自分に近づいてこないと悟ったミニイカ娘は瓶の外に広がる景色を観察し始めるのだった。
「げしょ~?げしょ~?」
先程は突然の事でパニックだったミニイカ娘だが、落ち着いて見れば俺の部屋は奴の好奇心を刺激する未知の世界だったようで、やがて目をキラキラと輝かせながら「ぴゃっぴゃっ♪げしょげしょ♪」と上機嫌に周囲を眺め廻した。
「…何はしゃいでんだよ、気持ち悪ぃな」
ミニイカ娘のはしゃぐ様子を見て俺は、大して親しくも無い知人が遊びに来て色々と物色された時のような苛立ちを覚えていた。
ミニイカ娘の生態を調べた時、ネット上にはミニイカのこのような動作を見て〈可愛い〉と感じ、癒しを覚える者と、〈ムカつく〉と感じ、殺意を覚える者がいるようだが、自分は圧倒的に後者のようだ。
暫くは一緒に暮らす事になる以上、出来れば友好的な関係を築きたかったが、仕方無しにとはいえ救いの手を差し伸べたのに天敵に遭遇したかのような拒絶反応を見せられ、生き物として致命的な程の低脳ぶりを見せられ続けては友好的に接するなど無理というものだ。
かと言って、虐待系のサイトで見たように率先して殺害に及ぶのも無理だろう。
ゴキブリを殺すのですら気持ち悪くて嫌なのに、こんなデカくて骨やら内蔵やらのある生き物を殺したら死骸の処理だけで鬱になりそうだ。
虐待動画などは画面越しなのでスプラッタ映画でも観てる気分で、むしろ楽しめたが自分で手を下すのは嫌だ。
「こうなったら元の場所に戻して…」
いやいや、もう接触してしまった以上、そんな事して後で死んだ事を知ったら後味が悪い。
「あ~、くそ!何で俺の視界に入ってきたんだよ、あのミニイカは?!」
「…~ん!ぴぇ~ん!
あ~んあ~ん!ぇそ~!」
嫌いな存在を見殺しにすら出来ない自分の小心者ぶりにボヤいていると耳障りな泣き声が聞こえてきた。
声の発信源を見るとミニイカ娘がペタンと座り込み大口を開けて泣いていた。
「うぜぇなあ、何なんだよ?」
「ぴゃあっ?!
…げしょーげしょげしょ!ぴぇ~ん!ぴぇ~ん!」
近づく俺に気付いたミニイカ娘は初めこそビビって逃げようとしたが、何か思い立ったのか、げしょげしょと訴えた後、わざとらしく泣き声をあげた。
その一昔前のアイドルのようなぶりっ子に苛つきながらも様子を見ていると、ミニイカ娘はその短い手で腹を抱えている。
腹でも痛いのかと思ったが、媚びるような泣き声に混じって聞こえる音から察するに空腹を訴えているようだ。
イカ臭さとドブ臭さとその他諸々の臭さがガラス瓶の口から少しずつ漏れ出していた。
「…洗うか」
流し台に瓶を持っていくとまずは瓶の外部を洗う。
外部を洗っていると瓶の揺れで目を醒ましたミニイカ娘が再び俺の姿に怯え、逃げ惑い、あちこちぶつかって気絶するという、実況するのも馬鹿らしくなる醜態を晒したが気にせず洗い続けた。
外部の洗浄が終われば次は肝心の内部と臭いの発生源であるミニイカ娘の番だ。
以前100均で購入したは良いが全く使ってなかった瓶の洗浄ブラシを用意するとミニイカ娘の眠る瓶の半分ほどの高さまで一気に水を流し込んだ。
「がぼぉっ?!…おーげろげろ!おーげろげろ!」
結構な勢いで噴射された水を顔面から突然浴びせられたミニイカ娘は慌てて覚醒するが、すぐに自分の身長の倍以上に注がれた水になす術無く溺れるしかないようだった。
ミニイカ娘は泳げないし、息を止めていられる時間も1分にも満たないようだが、意外と1分以上水に沈めて意識を失わせても陸地に上げて暫く放置すれば復活するらしい事は調査済みなので、俺はミニイカ娘が溺れても気にせず食器用洗剤を注入し、瓶の口を指で抑えて激しくシェイクした。
「げじょーっ!?がぼごぼ!!ごばぁ~!!」
茶色く濁った水を捨て、息も絶え絶えなミニイカ娘に構わず再び水と洗剤を注入して激しくシェイクする…そんな事を何回も繰り返す内に段々ミニイカ娘の反応も弱くなり、汚れと臭いが落ちる頃には完全に気絶してしまったのか水を入れても覚醒しなくなっていた。
「やっべ、死んだか?」
ミニイカ娘が溺れても意外と死なないという情報は虐待サイトで水責めされているミニイカ娘の動画を見て導き出したものである。
その動画では水の入った鍋に放り込まれたミニイカ娘が溺れて力尽きて沈んでは拾い上げて覚醒させられ、また鍋に入れて溺れさせられるのを何百回も繰り返したのち、隣で熱されていた油に投入され水分で爆発しながら揚げ殺されるといった物だった。
その動画ではミニイカ娘は油で揚げられた事で絶命したが、その前の水責めでは何百回繰り返そうとも勝手に回復していたので、水洗いくらいで死なないと思っていたが個体差があったのだろうか?
生き物を殺めてしまった罪悪感よりも海洋生物でありながら簡単に溺れ死んだミニイカ娘に呆れながら、ミニイカ娘を見ていると「…ぇしょ…げほっえほっ…」と、水を吐き出しながら蘇生した。
面倒な死体の処理を免れた俺は安堵の気持ちでミニイカ娘を覗き込むと…
「っ?!ぎゃい~!ぎゃい~!」
と、ミニイカ娘は喚き散らしながら、またあちこちぶつかりながら逃げ惑った。
「…はぁ、面倒くせぇ」
再び気絶しそうな勢いで体を瓶にぶつけるミニイカ娘に辟易した俺はコイツがこの状況に慣れるまでは距離をおく事にした。
パソコンを立ち上げ【ミニイカ娘】という単語を打ち込み検索する。
一時期流行しただけあって、今でもかなりのサイトがヒットした。
幾つかのサイトを巡った結果、ミニイカ娘は非常に大食漢であり、打撃に強く、裂傷に弱く、泳ぐ事が出来ないという某ゴム人間のような特徴を持つ事が分かった。
相違点は戦闘力が皆無に等しい事か。
裂傷に弱いとなると益々瓶を割って助けるという案は使えなくなった。
痩せさせて瓶から抜き取る案も頭が縮まらない以上は無意味だろう。
そうそう、色々と調べながらミニイカ娘が瓶に入った経緯を推理してみたのだが…ミニイカ娘という生き物は〈卵→幼体→成体〉といった成長をするらしく、幼体時には数ミリから2~3cmほどの大きさで、成体になるまで捕食行為を必要としないらしい事から、恐らくは幼体時に外敵に襲われたミニイカ娘は堪らず近場にあったガラス瓶に逃げ込んだのではないだろうか?
そして瓶の中が安全と判り、その中で成体になるまで隠れていたが、いざ成体になり出ようとしたら頭がデカくなりすぎて出れなくなり、そのうち風で転がって俺と出会ったあの場所に…といった経緯ではないかと思う。
「………」
…自分で考えて、その余りの馬鹿らしさに目眩すら覚えたが、調べる限り馬鹿の代表としか思えないミニイカ娘の事、俺の推測は当たらずとも遠からずだろう。
「…ぇしょ?
げげしょ?!…ぴゃ~!ぴゃ~!」
どうやら調べ物をしている間にミニイカ娘が目を醒まし、見慣れぬ景色への恐怖から泣きだしたようだ。
「ぴゃ~!ぴゃ…っ?!
ひぃ~!!げしょげしょーっ!」
様子を見に行った俺の姿に気付くと先程までとは種類の違う恐怖に駆られたようで、慌てて逃げ出すも狭いガラス瓶の中で逃げられる訳も無く周囲を囲むガラスにぶつかっては方向転換しまたぶつかる、と繰り返し、終いにはその痛みで気絶してしまった。
「……えぇ~… (-。-;」
予想以上の低脳ぶりに呆れにも似た脱力感に襲われた俺は、生き物を見殺しにする罪悪感に負け救助を考えた事を半分後悔しながらミニイカ娘を見つめていた。
激しい風雨が吹き荒れる中、家路を急ぐ俺の耳に小さな悲鳴のような音が聞こえた。
「げしょ~?!はわわわ…」
いまいち緊張感の無いその音の発信源に視線を移すとラーメン屋などで提供されるようなジュースの空き瓶の中で、流れ込む雨水から逃げ惑う小さな生き物を見つけた。
「あれ、確かミニイカ娘とかいう生き物だよな?」
そう、ガラス瓶の中で醜態を晒すその生き物は一時期かなりの流行になり、TVで見ない日は無いくらい日本で人気だったミニイカ娘だった。
「へぇ、生で見るのは初めてだけど…予想より気持ち悪いな」
俺はTVで初めて見た時から、そのディフォルメされた人間の様な容姿の海洋生物に生理的な嫌悪感を抱いていたが、実物を目にしてその想いは更に強まったのを感じていた。
昔、海で泳いでいた時に魚の死体を触ってしまって以来、海の生き物のヌルヌルとした感触が苦手な俺にとって、ヌルヌルの代表ともいえるイカの仲間は食料としてならともかく、見るのも嫌な存在だった。
いくら人間のような容姿をしているからと言っても…いや、人間のような容姿だからこそ余計にミニイカ娘は気持ち悪いと思えた。
「げじょ~!がぼがぼっ?!」
眉をしかめながら観察している内にミニイカ娘の3分の2ほどの高さまで雨水が入り込んだようで、ミニイカ娘は手足をバタつかせて溺れていた。
どうやら海洋生物のくせに泳げないと言うのは本当だったようだ。
あまりにふざけた生態に辟易するが、目の前で助けられる命をわざわざ見殺しにするのも夢見が悪いと思った俺はミニイカ娘を救助するべくガラス瓶を持ち上げた。
「…とは言え、触るのは嫌だな」
そう結論付けた俺は柔らかい泥の上にでも落として後は放置することに決め、ミニイカ娘を瓶から出すべく瓶の口を下に向けた。
「はぎゃ~~っ?!…がぼぉっ?!」
…どうやら瓶の口より頭の方がデカいようで、瓶が細くなる辺りに頭が詰まってしまい、そこに内部にあった雨水が溜まってしまった。
「おいおい…どうやってこの中に入ったんだよ」
瓶を割って助け出そうにも、この小さな体じゃ割れたガラス片が刺さり致命傷になりかねないし、下手すりゃ瓶を叩き付けた衝撃だけで死にかねない。
破片が飛ばないようガラス瓶を切ろうにもそんな道具は持ってない。
業者に頼んで助けてもらおうにも給料日前にそんな金は無い。と言うかミニイカ娘如きに一円たりとも使いたくない。
「とりあえず中の水だけ抜いて持ち帰るか」
何時までも雨中で考え事をしていても仕方ないのでミニイカ娘のデカ頭が詰まらないように慎重に雨水を排出させると再び水が入り込まないように瓶を横向きにして持ち、帰宅を再開した。
因みにミニイカ娘は何度も瓶を傾けられたりした恐怖からか気絶していた。