二匹が頭をつき合わせてカスを舐めとっている。
目のないミニイカ娘は鼻を大きくしながら別の方向へ触手を伸ばしている。
そこへ面倒見の良いやつがカスを拾って触手に手渡すと、瞬時に口へと運ばれ、物足りなさそうに音を立てながら唇を動かした。
「げそぉ! げっそげっそ!」
床をなめまわしていたニ匹が俺を見上げて媚びるように鳴いている。
カスだけじゃなく、えびせん自体が欲しくてたまらないのだろう。
残りのカスを振り落とすと、顔を上に上げたまま、落ちるカスを踊るように吸い込んでいった。
底に落ちたカスも、再び四つん這いになって舐めだした。
その姿がどうにもソソられたので袋を放り投げ、両手で一匹ずつのイカ帽子をつかんで底にこすりつけた。
「げそげしょ~♪ ……ぴ? げじょぉぉ、げしぃ、げしっ」
両手両足をこんなに振って……さぞかし幸福なんだろうな。
カスとはいえ力ずくでエビに顔を埋めさせてもらっているのだから。
俺は消しゴムで鉛筆の線を消すように、ミニイカ娘の頭で散らばったえびせんのカスを食わせていく。
たまに食べこぼしが出てくるが、消しゴムなら消えづらい線にはどうするか? もちろんより強く早く、重点的にこするのだ。
「ぴひぃ、げしょぉぉ、あぎぃぃ……」
頭を左右に揺さぶりながらカスを消していくミニイカ消しゴム。
……おや? 綺麗になっていくはずの水槽の底が黒く染まってきているぞ。
これは消しゴムが汚れているせいかな?
おっと、左手のやつは耳の傷口から体液が流れ出しているじゃないか。
舐めとけばつばで治るだろ。
「あぃぃ……げぷっ?! うぃぃ、ぅぴぃぃ!」
止めどなく流れる血の流れを一舐めしてやると、流れは緩やかになった。
かわりに片耳なミニイカ娘がしびれたように身をくねらせる。
これでよし。汚くなったところは、消しゴムの角使えばよく消えるよな。
「ぁぎぎぃぇ、うぎぎぃぃ!」
両手の消しゴムは、もともとくすんでいた表面が墨でさらに曇り、帽子の先端までまだらに染まった。イカ帽子を握る指に粘る体液が絡み付いていく。
そんなことはお構いなしにまたミニイカ娘の顔面で水槽の底をこすり続け、ほとんどのカスと体液を拭ったところで両手のミニイカ娘を覗き込む。
真っ赤に晴れた顔は擦り傷だらけでところどころから血がたれ、苦痛に涙を流して顔を歪めているが、
こぼした涙が傷に触れ、ぴぃっ、と声を上げてまた泣き出した。
くしゃくしゃなその顔がまたなんとも言えず、両手のミニイカ娘を向かい合わせてお互いの顔面を思い切りぶつけた。
「ぴぃ、ぴぃ、 ぴぎぇ、ゲショゲジョ、グジジジィ」
お互いがお互いを押し返そうとしてもイカ帽子をしっかり握っているので効果は薄い。
逆に顔の傷口へ蹴りや爪があたるものだから尚更高く泣き声をあげる。
痛みの責任を目の前の同胞へ求めるように、殴り合いから引っかきあい、ついには噛み付き合いにまで発展した。
「ゲソッ、ゲショッ! あぎぎぎぃぃ!」
左手側のやつが相手の鼻をかみちぎり、突風のように吹出す返り血を浴びて、服が黒く染まっていく。
ちぎられた側は両手で鼻を押さえ、腕から血を垂らしながら降参するように弱々しく泣き始めた。
また汚くなったな。
勝ち誇ったように鼻を鳴らす左手のミニイカ娘。
両方の血や涙で汚れた水槽の底を、改めて消しゴムとした両手のミニイカ娘で拭い取り、滲んだ部分は放置しておくことにした。
「ぁぎぎぇ……あいぃぃ……」
ニ匹を二つ目の水槽に戻してやると、顔を押さえて悶え、苦痛に腰を震わせながらのたうち回っている。
やはりこいつらをいじくり回すのは愉しいな。
工具も乾いたことだし、また後か明日にでも嬲ってやるか。
二階へ戻ろうと思ったとき、転げまわっている片方の側にちぎられた小さな鼻が落ちていた。
それを指でつまみ上げ、小瓶のミニイカ娘に見せてやる。
餌の量が少ないせいか、若干頬をふくらませていた。
蓋を開け、体液が糸をひく新鮮な鼻をすり落としてやると、
「げそげそー♪」
昼間のように大きく口を開け、落ちてくる鼻に飛びついた。
その拍子に口から黒い球体が飛び出し小瓶の底を軽く弾んで転がった。
たっぷり二分かけて鼻を咀嚼した黒いミニイカ娘は、球体を拾い上げ、恍惚とした表情で再び頬をふくらませた。
夜。二つの水槽が置いてある下の階から響く泣き声が大きくなってきた。
昼間の海岸で食べたえびせんが切れたのだろう。餌がほしいに違いない。
俺は三つ目の水槽でじゃれあっているミニイカ娘たちに、
「すこしまってろ」
と声をかけ、
「げそげそ~!」
と楽しそうに返事をする水槽の四匹を背にして階下に向かった。
「……ピィィ! アィィ! ピィィ!」
一つ目の水槽では、スピーカー側に集まった連中が座り込んで泣きわめいている。
スピーカー側によっていたために目玉をもがれた同胞のことなど忘れているようだ。
俺が目玉を抜いたやつはといえば、両目を押さえて仰向けにひっくり返り、片耳のミニイカ娘ともう一匹によって看病されている。
こいつらのエサにえびせんを使い続けるのもわりに合わないな。
俺はゴミ箱に捨てておいたえびせんの袋をひっぱり出し、袋を軽く振ってみた。
えびせんのカスが中で細かな音を立てている。
これを何かにふりかけてやれば、まぁ食べるだろ。
袋に水を入れ、冷凍庫から凍った食パンを取り出す。
食パン二枚を粉々にして袋の中へ振り落とし、まんべんなくかき混ぜた。
出来上がったものを嗅いでみると、ごくわずかだがえびせんの塩味が香ってきた。
試しにふやけた食パンを指ですくってなめてみるが、味は食パン以外の何者でもない。
水気の多い食事を持って二つの水槽に向かった。
「……ピィィ、あぃぃ……げそ……? げそげそげそ?!」
近づくほどに泣き止んでいくミニイカ娘たち。
徐々に向けられてくる視線は、俺の持っている袋の絵柄に注がれている。
俺が袋の口を開いて手を入れる仕草をすれば、われ先にと水槽の端に走り寄ってくる。
それぞれが疑いもなく眼を閉じて口を開け、来るべき至福のときを想像してすでに満面の笑顔だ。
全員が眼を閉じていることを確認し、袋を逆さまにしてミニイカ娘たちの口へ流動食をたらしこんだ。
「げそ~♪ げそぉ♪ ……げ、げひっ、ゲピィッ、げじょぉぉ!」
触手の青さが見えなくなるほど真っ白に染まったミニイカ娘たちが、
想像していたエビとは違う得体のしれない物体を流し込まれて咳き込む。
しかしかすかなエビの匂いにつられ、食べていればいつかエビにたどり着くとでも思ったのか、
口の周りをなめまわし、ひたすら食パンを飲み込んでいくやつが出てきた。
そいつの始めたことにエビを奪われると勘違いしたやつらが続き、
やがて水槽に降り注いだ粘るパンはあらかた消え去った。
食パンはなくなったが、まだエビがあると信じている何匹かが水槽の底を嗅ぎまわり、食パンのカスを舌で舐めとっている。
一つ目の水槽はこれでどうにかなった。
だが、このまま続けると食わなくなりそうだから、一本くらいいれてやれば、また喰いつくようになるだろうな。
首をかしげながら腹をさすっている一つ目の水槽のミニイカ娘たち。
二つ目の水槽の奴らには、別の袋から出たカスだけを与えることにた。
咄嗟に目をつぶる。指の中で両手と触手が顔を隠そうと上に動くのが感じられる。
そのままだ。
息を吹きかけ目を開けさせないようにする。吐息で前髪がなびく。
俺はピンセットで瞼をつまみ上げた。
「ゲ、ゲショっ!」
まぶたの下から円な瞳が覗く。
瞼が指の震えにしたがって閉じようと断続的に力が込められている。
まずは、これからだ。
俺はピンセットを左に振った。
「ピギッ! ピィ! ピギャァァッァアっッ!」
ちぎった感覚など殆ど無いのにミニイカ娘は泣き叫ぶ。
細く黒い流れが鼻筋を伝う。覆いを失い、目玉がでたらめな方向に動き回る。
さあ、本番だ。
瞼を小皿に落とし、銀の嘴を露出した目玉に突きつける。
途端、見開かれた両目が先端に集中する。歯を食いしばる音がする。
俺はピンセットで目玉を取り出した。
「ァギッ! イィィィイイッ!」
潰さないよう慎重に抜き出していく。
髪の毛のような神経が奥で一本ずつ途切れていくのが伝わってくる。
一ミリ、二ミリ、少しずつ、眼球を抜いていく。
指に感じる抵抗の力は驚くほど弱まっている。
かわりに、指の動きに追従するよう見開かれた片目が、片割れの行方を追っている。
このまま失くすのも寂しいだろう。
俺はピンセットの向きを変え、両目を向きあわせる。
「……ゲソ……? ァギッ、ピgィィィィィァァアァッッ!!」
ハハハ、自分を見たのに、何を驚いているんだ。
己の姿を見せつけたまま、目玉を主から遠ざけていく。
やがて軽い手応えと共に真っ黒な神経がピンセットの先に垂れ下がった。
……っち、面白くないな。
目玉を小皿に置く。陥没した穴から血の涙をこぼしながら気絶している。
まあいい。このままもう片方もやってしまうか。
先の黒ずんだ先端を傷一つ無い瞼に突っ込んだ。
「……ッ! ……ギ、ハギィィィィィッ!」
いくらを爪楊枝で突き刺したときのような感触が指に快感をもたらす。
涙と体液の混じったものがおびただしく顔面を流れ、鼻下から胸元にかけて血の流域を広げていく。
全身が石のように硬直して二度と元に戻らないかと思えた。
止血しないけど、まあ死なないだろ。
穴の開いた目玉を小皿に振り落とし、
目玉を失くしたミニイカ娘を二つ目の水槽に仰向けに横たえた。
途端、もがき苦しみ、あたりにシミを残しながら仲間にぶつかった。
「……あぃぃ……げそ? ピィッ! げしょぉぉぉ」
耳を押さえながら這い退るミニイカ娘。
両目をもがれたミニイカ娘は、一つ目の水槽側のガラスに体当りし、その場でもがき続けている。
静かだな。
先ほどよりも泣き喚くだろうと踏んでいたが、どうやら刺激が強すぎたようだ。
水槽では何匹かがひっくり返っているし、大体が肩寄せあったり、耳を押さえて寝そべったりしている。
「ふぁは! あはぁ♪」
小瓶のやつが嬉しそうに声を上げている。
濃い灰色に染まったこいつは、もはや同胞を下等生物か何かだと思っているのだろうか。
どう考えても同種族に対する感情としては間違っている気がする。
小皿に盛った瞼と目玉を入れてやると、海辺でやったように、目玉を口内で転がし始めた。
ピンセットを洗うかと思ったが、ふと考えついて口にする。
少量なのに濃厚。一匹くらいじっくり噛んでやれば、意外と満足できる味かもしれない。
「夢がふくらむなぁ。こいつら食うようになったら、お前にも分けてやろうかな」
「ぅんー?」
蓋を染めながら語りかけると、両頬を膨らませた黒いミニイカ娘が不思議そうに俺を見上げて鳴いた。
「うぃぃぃッ! ピィッ、ピィィッ!」
お前は罪なやつだな。
三つ目の水槽をおいた部屋から戻ってきた俺は、
咀嚼音と仲間の声に惹かれてスピーカー側のガラスにへばりついていたミニイカ娘たちの中から、
胸をなでおろしていたやつを掴み出した。
こいつは腕輪が片方外れていたのを、さっき覚えておいた。
見つけるのは楽だった。もともと四匹いた水槽だが、
俺が戻ったとき一匹は未だ中央で悶え、一匹がその側に寄り添っている。
残るニ匹のうち、こいつのほうがヨダレを垂らしてスピーカーから流れる小さな咀嚼音を羨ましそうに聞き入っていた。
気付かれないよう背後から指を伸ばし、イカ帽子を指で摘んだ。
「げそげそぉ~……ピッ、ピィッ?!」
そんなにえびを食いたかったのか。
右手で帽子をつかんだ状態で正面を向かせる。目がアチラコチラに動きまわり、
短い手足を懸命に振って指から逃れようとしている。
お前は音が好きみたいだからなぁ。
ミニイカ娘を左手に持ち直し、工具箱から銀色の工具を取り出す。
ずっと音だけ聞いておくといい。
数十分前と同じように、静まり返るすべての水槽。
違ったのは、かすかに呻きごえが混じっているくらいか。
「ヒギッ?! ピィィっ! ゲィィイイっ!」
目を背けようとしても首は回らず、逆に体が手の中でやや回転する。
俺の右手に持っているものを理解しているかは知らないが、
鋭く尖った嘴は、目の前にあるだけで相当な苦痛だろう。
まして、さっき別のやつが耳をちぎられたやつよりも鋭利であれば、な。
俺はピンセットをミニイカ娘の目の前で先端を閉じ、肌に触れるほど近づけた。
水槽を別の部屋に運んだあと、別の部屋からマイクとスピーカーを引っ張り出してスピーカーを二つの水槽側に設置。
マイクはカラオケ用についてきたものだが、こいつらの声を拾うくらいは問題ないはずだ。
マイクとスピーカーを延長してパソコンにつなぎ、マイクを水槽側面に立てかける。
「ぴぃ……」
しばらく部屋を行ったり来たりしていたので水槽の五匹は少し落ち着いたようで、
涙を拭いあってから部屋の中を不安気に眺め回している。
「安心しろ。お前らは特別だ。優しくしてやるよ」
「ぴぃ……?」
「ぴぃ! ゲショゲショゲショ!」
優しく微笑んでやった。一瞬不思議そうに俺を見上げるやつがいたが、となりの三匹に突っつかれ、すぐに警戒するような目に戻った。
残り一匹は……よく寝れるな。恐怖からの逃避なのか? その割にはヨダレ垂れてるな……
さっきまで仲間と震え上がっていたはずの一匹は、ヨダレを滴らせて眠り込んでいる。
腹が若干出ているところからして、海岸でえびせんを食い続けていたうちの一匹だろう。
「アホだな。よし、えびせんをやろう」
水槽の上から四本を底に置いてやる。海岸のことがあってか、触手をうねらせてはいるが伸ばそうとはしない。
いつ欲望に負けるかと観察しながら、一本ずつ追加する。
一本目、触手の動きが惑うように早くなる。
二本目、相談するように「げしょげしょ……」と囁きあう。
三本目、一匹が指を加えてえびせんを見つめる。
四本目、四匹の顔が徐々に輝いていく。
五本目、図ったかのように目を覚ました五匹目が一瞬で四本を平らげた。
「げっそぉぉお!!」
五匹目の幸せそうな顔に触発され、四匹が弾かれたようにえびせんへ飛びかかった。
一匹一本を一息に食べきり、残り一本の争奪戦を繰り広げている。
そこへ触手が一本伸びてきて、最後のえびせんは五匹目の胃に収まった。
「げっそぉ……」
崩れ落ちるように方を落とす四匹。意に介さず寝息を立てる五匹目。
……やっぱアホだ。
「まだあるから、食え」
「げそー? げそげそげそっ♪」
一匹に二本ずつえびせんをさし出してやる。
四匹は手と触手で受け取り、五匹目を視界に入れながら少しずつかじっていく。
食べ終わると、惜しむように手と触手をなめてから、一匹が俺を見上げて、
「げしょ……ふあぁぁ!」
幸せこの上ない笑顔を咲かせた。つられるように別の一匹がまねをする。
他ニ匹は俺と仲間へ向けて不安そうに目を行き来させている。
俺が笑顔のニ匹にえびせんを一本ずつ渡してやると、不安そうにしていた片方が慌てて俺に微笑む。
残った一匹は頭を左右に振って目をつぶり、俺とえびせんを見ないようにした。
小さな抵抗か。
俺は他の三匹にえびせんを追加してやる。
「げっそげっそ♪」
三匹の咀嚼音が水槽に響き、目を閉じた一匹はだんだんと体が震えてきた。
「ほらほら食え食え」
「げそげそ♪」
また一本ずつ渡してやる。我慢しているやつの顔がこちらを振り向きかけては戻っていく。
他のやつにもう一本ずつやったとき、身を翻して俺を見上げ、
しばらく視線を宙に漂わせたあと頬を赤らめ、はにかむように笑んだ。
……おちたな。
そいつにえびせんを渡しながら確信する。
えびせんを触手で取らず、直接両手で受けとるということは、
俺に対して警戒心を解いたことに違いないだろう。
あえて危険なものに近くから触れようとは思わないしな。
味わうようにえびせんをかじりとっている最後の一匹。
もっと食えよ、と思いながら目の前に四本置いてやる。
「……げしょ? げっそげっそ!」
そいつは食べかけのえびせんを持ったまま微笑み、俺に頭を下げ、
一本ずつ物欲しそうにしていた三匹に分け与えた。
ほう。
こいつは他に比べて賢いのかもしれないな。
一匹を除き、輪になってえびせんを減らしながら、三匹は談笑するように「げそげそげそー!」と笑い合っていた。
服を洗濯機に放り込み、洗面器に水を貯める。
帰ってきてからミニイカ娘をいじくり回すことばかりを考えていたので服がイカスミまみれであったことをすっかり忘れていた。
着替えて洗濯機の蓋を閉めると、起こった微風に乗って薄く潮の香りが鼻をくすぐる。
あんな連中でも一応は海洋生物なんだな、とコテで焼いたときの匂いと合わせ、改めて理解した。
昔親父の飼っていたミニイカ娘からはこんな匂いはしなかったのだから、やつらは百パーセント天然だ。
天然といえば聞こえはいいが、所詮はミニイカ娘。アホなのと好物に弱いのは変わらない。
だが、ペット用に躾られたのよりかは、性格に違いがあって面白いだろうな。
鏡に映った自分を眺めながらペンチとコテを水に付ける。
今後の使用状況にもよるが、買い直すのは面倒なので念入りに墨を溶かす。
回る洗濯機の音を聞きながら、紙タオルでぬぐって窓辺に揃えて干した。
時間は午後四時を回っているが、照りつける夏の太陽はまだ高い位置にある。
夜までには乾くだろう。それまで……遊んでやるか。
俺は洗面所から水槽のもとへ足音を抑えて向かった。
「げしょげしょげしょ! ゲショ!」
「……ぴぃ……あいぃぃ……ぴぃ……」
壁越しから半顔出して覗けば、二つ目の水槽側のガラスにミニイカ娘たちが固まっていた。
片耳をもいだやつの息遣いがざわめきの中からかすかに聞こえ、黒い穴を指でなぞっている。
同じ水槽のやつらは周りを取り囲んでいるものの、どうしたらいいか手を宙に這わせていた。
わざと聞こえるように一歩で水槽に飛び寄る。
「ぴぴぃっ!」
一斉に鳴いて尻を浮かす。
振り返るもの、泣き出すもの、逃げ出しガラスに衝突するものに大方分かれた。
三つ目の水槽に両手をかけると、中にいる五匹は中央上側のガラスに背中を押し付ける。
「ぴぃぃ……げそぉ……」
両手で俺の視線を遮っているが、散った涙が底に細かな水滴を増やしている。
「……そんなに怯えなくても大丈夫」
緩やかに呼びかけながら水槽を持ち上げる。
「げそぉ! げそっ、げそぉぉ!」
突然の浮遊感と遠ざかっていく仲間。五匹はガラスを額をこすりつけ腕で激しく壁を叩く。
残り二つの水槽は、ただ首を上に向けていくことしかできなかった。
その様子を観笑していると、二つ目の水槽の端で一匹だけが胸をなでおろしている。
……次はこいつだな。俺はそいつをよく見ておいた。
三つ目の水槽は隔離することにした。
飼い主を演じるにあたり、まずは警戒心を解かなければならない。
数が多いと、支障があるだろうからな。
水槽は、以前にもミニイカ娘を飼育していたこともあり、三台ほど用意できた。
それに追加して小瓶をいくつか持ち出した。まずは水槽のひとつに袋の中のミニイカ娘を流し込む。
「ウァァァ! ゲソゲソゲソッ!」それぞれ違う悲鳴をあげながら水槽に転がり落ちるミニイカ娘。
このままひと思いに潰したくなる衝動を抑えながら、ポケットの中で震えているミニイカ娘を二つ目の水槽に落とした。
「ゲショゲショ……ピィ、ピィ……ゲッソゲッソ!」一つ目の水槽では、
体液で黒ずんだミニイカ娘たちがお互いを励ますかのように肌を寄せ合っている。
中には回収したときのようにただ泣いている者、落ちたにも関わらず腹をさすって眠りこけている者もいる。
他方、二つ目の水槽では、俺から一番遠い隅で固まって震えていた。
ここらで頭数を数えてみる。一つ目の水槽には……十七匹。少々混雑している。
二つ目の水槽には四匹。合わせて二十一匹が二つの水槽で騒ぎ立てている。
何気なく水槽を眺め回していると、一つ目の水槽にいる一匹に目が止まった。
周りのミニイカ娘は泣いていたり、声を掛け合ったりしているのに対し、
そいつはひとりだけ嬉しそうに片足立ちで回転している。
他のミニイカ娘が危機的状況に対し何らかの防衛反応をしているのに、
こいつはそうでない。よく見れば、服と帽子が他の者と比べて灰色にくすんでいる。
海辺で集団を潰したときの体液とは少し色合いが違うようだ。
そいつだけをつまみあげてみるが、全く驚いた様子もなく、むしろ
「ゲソー?」
と首をかしげて俺を見つめ返すのだ。
こいつは人に慣れているのか?
疑問に思いつつ、そいつは分離して小瓶の中に入れた。
さて、と。いじくり回すシチュエーションを実行すべく、まずはグループ分けに入る。
一つ目の水槽にいる、泣いている者と寝ている者。合わせて五匹を三つ目の水槽に入れ替えた。
こうして一つ目から順に、十一匹、四匹、五匹、そして小瓶に一匹となった。
それぞれのグループの用途は、こうだ。
一つ目、主に実験と食用。集団性を利用していじくり回す。
二つ目、なぶり殺しの長期観察。俺に墨を吐いたことを後悔させ続ける。
三つ目、じっくり太らせてからの食用。優しい飼い主を演じて旨さを引き出す。
小瓶の中のやつは、今は保留だ。そのうち食うかもしれない。
結構な数を捕まえてきたと思ったが、いじくり回すには少し数が足りない感じがする。
また海岸に行ってえびせんでつるか、と考えつつ、二つ目の水槽に手をかけた。
海辺でミニイカ娘を見かけたので試しにえびせんでつってみた。
エビの匂いがするからか、「ゲソー?、ゲソー?」って言いながらワラワラ集まってきた。
えびせんを一本放り投げてやると「ゲショ! ゲショ!」と触手を伸ばしながら、
われ先にと走っていくものが数匹。他のやつは俺を見上げて「ゲッソゲッソ!」
言いながらあんぐりと口を開けていたり靴紐を引っ張って催促するやつもいた。
こいつらやっぱアホだな。
えびせんの袋を逆さまにして中身をぶちまける。「ゲッソゲッソ! ゲショー♪」
足元で騒ぎながらえびせんを頬張るミニイカ娘達。しばらくすると、
腹が膨らんでも食べ続ける者や、えびせんの取り合いをする者達で
しっちゃかめっちゃかな状況になっていた。
……ああ、もうたまらない。背筋がゾクゾクする。
俺はその場で足を揃え跳躍。体重をかけた両足で笑顔のミニイカ集団を踏んづけた。
「ゲォピィ! ゲジョピュ」悲鳴とも破裂音とも取れる音をだしながら、
何匹かのミニイカ娘が潰れた。靴に粘った体液が付着し足元の砂が黒く染まっていく。
周囲にもそれは飛び散り、「ゲソ?」と、同胞の体液や臓腑を頭から垂らしつつ、
小首をかしげるミニイカ集団。足にはアマガエルを潰したような生々しい感触と、
息のあるミニイカ娘が這い出そうともがいている感触とが交互に訪れ脳髄が痺れる。
「ピィィッ! アワワワワワッ!」ようやく事態を把握したのか、
ミニイカ集団が俺から離れようとする。その様相は様々だ。
その場にへたりこんでピィピィ泣き叫ぶ者。
腰が抜けてしまい、口元をアワアワさせながらも後ろ手で必死に這い退っていく者。
一目散に駆け出すが、仲間やえびせんに足をとられ転ぶ者。
中には同胞の体液をすする者や、膨らんだ腹で眠りこけ、全く気づいていない者もいる。
「ゲショ、ゲショ……」足から一匹這い出してきた。
下半身と左腕が潰れて黒く滲み、右腕と触手で這いつくばっている。
右足を上げて這いずるミニイカ娘の帽子に靴底をのせた。
「ゲ、ゲショゲショ」弱々しく上下する頭部と押しのけようとする触手の力が靴底から伝わってくる。
そのままゆっくりと体重をかけてミニイカ娘を潰していく。
「ゲ、グィ、ググ、ピジュ」肉が潰れる音を立てながら破裂した。
体液とともに吹き飛んだ目玉が、大口を開けて寝ている腹の膨らんだミニイカ娘の口に入る。
「ゲホッ、ゲショッ、……ゲソー?」目を覚ましたミニイカ娘は吐き出した目玉を見て、
「ピィィイッ! ゲホッ、ゲショっ!」と咳き込んでいる。吐き出された目玉は、
体液をすすっていたミニイカ娘によって「ゲショ、ゲショ♪」と、
雨でも舐めるかのように頬張られた。
このままここにいるすべてのミニイカ娘を踏み潰してもいいが、
もう少しいじくり回して殺すのも楽しそうだし、食ってみるのもいいな。
顔が自然とにやけてくるのを感じながら、咳き込んでいるミニイカ娘と、
口内で目玉を転がしているミニイカ娘を捕まええびせんの袋に放り込む。
ピィピィ泣き喚くミニイカ娘たちを拾い集め、同じくえびせんの袋に詰め込む。
袋がいっぱいになったので口をねじってゴムで止めた。
コンビニの袋をポケットから引っ張り出し、残りの回収にあたる。
腰が抜けて這いつくばっているミニイカ娘を回収するが、
何匹かから隅を吐かれて手と服が汚れてしまった。
頭に来たので特別そいつらをポケットにねじ込み、じっくりいたぶることにした。
逃げて行ったミニイカ娘は走って取りに行く。途中、砂に潜って隠れていたのか、
「グゲッ、ギュピィ」などくぐもった破裂音と共に聞こえてきた。
「ゲショ! ゲショォ!」砂まみれになって走りまわるミニイカ娘を捕まえて袋に放り込む。
これでえびせんに集まってきた連中はだいたい捕獲できた。
さすがに数が多く、ピーギャーピーギャーうるさいので袋を振振り回して黙らせる。
ポケットの中の奴らは這い出してこようとするので一度取り出し振ってから入れ直す。
ようやく静かになったので、いたぶる方法を考えながら家路についた。
だが俺まで届かない。俺は指先で塊の先頭、首だけをこちらに向け、
目を固く閉じながら墨を吐いていたやつをつかむ。
「ピィァッ! ップップフッ!」必死に口をすぼめているが、出てくる墨は口元を垂れるばかり。
水槽のミニイカ娘たちは嗚咽を途切らせ、目を見開き、仲間の行く末を見つめている。
ミニイカ娘を左手に持ったまま、右手で工具箱からラジオペンチとハンダゴテを取り出しプラグをつなぐ。
ハンダゴテをコテ台に置き、ラジオペンチに握りかえる。
「ゲソ! ゲショォ!」手の内から逃れようと触手でもがくミニイカ娘。
触手と体を三本の指でまとめ、帽子をつまんで正面を向かせる。
「ゲショッ! ゲショォォッ!」首を激しく左右に振り、涙が目に溜まり始めている。
頭を強くつまんで首を固定。鈍く光るラジオペンチを目の前で開閉させながら、嘴で耳を挟む。
首の動きが止まり、ペンチを通して震えが伝わってくる。水槽のミニイカ娘たちが一斉に息をのむ。
さあ……聴かせてくれ。
力いっぱい右手をねじった。
「……ッ! ……ピギィィァァァアアアァァァッッ!」
肉がちぎれる音を発した一拍後。甲高い悲鳴が耳をつんざく。耳元から小川のように体液が指を伝う。
顔を歪ませ、狂ったように首を振ろうとするので指が滑りそうになる。
指に力を込めながら、快感で震える右手をコテに持ち変える。
そのまま、赤熱するコテ先を傷口に突き刺した。
「ミギィィィイイイィィアァッッ!」再び鋭い悲鳴が上がる。
手の中で全身が反り返り、触手が不規則にうねる。
焦げた体液と焼けた地肌から磯の香りが立ち上る。
目元の涙が飛び散って、体液と共にコテの熱で蒸発した。
コテを離して耳に目をやると、コテの形に合わせて赤黒く窪んでいる。
どうやらうまく止血できたようだ。ミニイカ娘は小刻みに震え、
不規則に呼吸し、白目を向いて泡を吹いていた。
指先から伝わる鼓動も乱れ、今にも死んでしまいそうだ。
俺に墨を吐いたのだから、片耳だけで終わらせるつもりはない。
しかし、ショックで死なれては勿体無い。もう片耳はあとに回そう。
コテを台に戻して電源を切る。左手のミニイカ娘を二つ目の水槽にそっと横たえた。
耳をもがれたミニイカ娘は、その場で軽く痙攣している。
途端、いままでこらえていたのか、はたまた忘れていたのか。
すべての水槽が一気に騒がしくなった。水槽内で暴れ回るミニイカ娘たちを観笑しながら、
ペンチとコテを洗いに台所へ持っていく。
「ゲショ! ゲショ!」
ふと、別の種類の喚き声が耳に届く。他とは違い、何かを乞うような声。
振り返ると、小瓶に入ったミニイカ娘がヨダレを垂らして俺の手元を凝視していた。
瞬間。よみがえる数分前の出来事。
「そうかこいつは……」
瓶を開けてペンチについた耳を振り落とす。
「ゲショゲショ♪ ……ハムゥ♪」
まるで大好物でも待っていたかのように頬張り、嬉々として咀嚼している。その輝くような笑顔はまさしく、
「共食いの遺伝子を持っているのか」
……これは面白いものを手に入れた。
蓋をしめながら次第に黒ずんでいくミニイカ娘を眺め、ほくそ笑んだ。