私の中にどうにも度し難い感情が沸き起こったことがある。
ほかでもない、ミニイカ娘に対する感情である。
とはいうものの、私の中のその感情は好悪という価値観では決してなかったと断言できる。
どうにも異質としか言いようのない感情なのだと思うが――
私はミニイカ娘を飼っている。いや、今となっては飼っていたというのが正しい。
そう、飼育していたことは厳然たる事実だ。
しかし、この生き物をペットとして認識したことはない。
ましてやミニイカ娘の生殺与奪は自分の手に委ねられていたとも認識してはいなかった。
このつまらない生き物に自分の感情を注ぐのがあまりに無益だと認識したからだ。
ミニイカ娘にただの一度も愛情を注いだことがないか――と問われるとそれは嘘になろう。
確かに、この生き物の歓心を買おうとなんらかの行動を一度は起こしたことは認める。
――すべては空虚な妄想でしかなかったのだ。
その妄想については余人が語って余りあるところであり、いまさら私が語るべきことではない。
ひとつだけ私に言明を許されるならば
――空虚な生き物に空虚な癒しを求めることは明らかな間違いであった――
ただそれだけである。
私がミニイカ娘を飼育してからいくばくもなく、この感情と思考は私のすべてと化した。
今にして思えばそれはある種のノイローゼ的なセンチメンタリズムであったとも思う。
ただ、そのときの私にはそこから抜け出そうとする意識は存在していたらしい。
――このつまらない生き物に一切の感情を注がないこと。
それを思った瞬間から私の、このつまらない生き物の入った水槽を見る目は変わったことと思う。
ガラス玉のごとくなんらの感情もたたえず、ただ時間になればこのつまらない生き物の露命をつなぐ程度の小エビを投下した。
それ以上でもそれ以下でもない。
このつまらない生き物は生理現象として時に墨を吐き、排泄もしたが、
私はこれらに給餌する時と同様になんらの感情も持たす、
ただ水槽内すなわち私自身の住環境の清潔のためだけにこれを処理した。
なにも思わなかった。何らかのセンチメンタリズムを介在させるだけ、労力の無駄と思った。
それでもこのつまらない生き物は自己の生理的欲求に従って「鳴いた」。
「泣いた」というべきかもしれないが、つまらぬセンチメンタリズムを除くとただの音でしかない。
私はなんの意識も持たず、このつまらない生き物が発する音を聞き流したものだった。
格別の意識さえ持たねばなんのことはなかった。
思うにこのつまらない生き物、すなわちミニイカ娘に、どれほどの人が己の真情を傾けたことか。
ある人は博愛をもって、ある人は嫌悪感をもって、この生き物に向き合ったことと思う。
しかしどちらにしてもそれはミニイカ娘に対する関心の存在ゆえではないかとも思う。
――私がしたことは、その「関心」を私の中から廃したことである。
その後、というほどの時間は必要がなかった。
泣き喚いても何をしても一切の感情を見せなくなったた「飼い主」または「えさ係」を見捨てたのだろう、
私の部屋の水槽からなんらかの生物がいる気配はぱったりと途絶えた。
――今となってはなにもかもがもはやどうでもよいことである。
世人はあまりにこのつまらない生き物にあれこれ感情を注ぎ過ぎではないのか、こう思うのである。
※作者様、タイトルが無かったので付けました。ご了承下さい。
俺は間髪入れずミニイカの顔面目掛けてガス銃を撃った。
ミニイカは弾丸を眉間に受け、仰向けに吹っ飛んだが、
すぐに額を押さえながらヨロヨロ起き上がった。
俺はミニイカの頭を銃のグリップで殴り付け、
「墨で迎撃しろと言ったはずだろ。
その素振りも見せないとは何を聞いてた?」
ミニイカはゲショっと謝り、二発目に備え、両脚を踏ん張った。
「じゃ、二発目行くぞ」
俺が二発目を撃つと、ミニイカは口を突き出し、墨を吐く仕種をしたが、
墨袋が破裂しているため当然のことながら墨を吐くことはできず、
銃弾は前歯に直撃した。
ミニイカはまたもや仰向けに吹っ飛んで、イギギギギと歯を押さえながら七転八倒した。
「撃つ度にこれじゃ面倒臭くて困るな」
俺はミニイカを摘み上げ、その両腕を体の後ろで縛ったうえで、
ミニイカを壁にガムテープで固定してやった。
ミニイカは不安そうな顔をしている。
俺は再び銃のグリップでミニイカの頭を殴り付け、
「ありがとうございますはどうした?」
ミニイカは慌ててゲショっと礼を言った。
「残るチャンスは三回だ」
俺はそう告げ、短い間隔で三連射した。
ミニイカはその都度墨を吐こうととしたが、
やはりそんなことが可能なはずもなく、弾はいずれも顔面にヒットした。
「この無能が!」
俺が怒鳴りつけると、ミニイカは来るべき罰ゲームの恐怖に震え上がりながら、
「ゲショ、ゲショ、ゲショ」
と謝罪を繰り返した。
「そんな怖がるなよ。さっきも言ったが、今日は虐待リスタートの初日だ。
罰ゲームも甘めのにしてやるよ」
俺は窓を開け、庭のあちこちに向かってガス銃の弾を12発撃ち、
「今撃った弾を全て拾い集めて来い。それまで屋内には一歩たりとも立ち入り禁止だ。
なに、真夏なら大変だが、今は真冬だ。せいぜい頑張れ」
そう命じながらミニイカのガムテープを外し、その両腕の縛りも解いて、
ミニイカを庭に投げ捨てると、
手元にあったミネラルウォーターを頭から浴びせ掛け、窓をぴしゃりと閉めた。
それから約6時間後、俺がリビングでテレビを見ていたら、
ミニイカが窓をコンコンと叩いたので、俺は窓を開けてやった。
相当に消耗した様子のミニイカが姿勢を正して立っており、
その足元にはガス銃の弾が12発、整然と揃えて置かれている。
「よし、確かに12発あるな。入ってこい」
俺のその言葉にミニイカは安堵の表情を浮かべ、
きちんと足を拭いてから屋内に入って来た。
「寒かったか?」
俺が聞くとミニイカは首を横に振り、
「ゲショショ」
と応えた。
「そうだよな。今時分のシベリアに比べたら、ここなんて寒くもなんともないもんな。
それにしてもだ、お前、本当に俺がまた温かくて優しい飼い主に戻ると信じてるのか?」
「ゲショ!」
「ということは、俺が温かくて優しい飼い主だった時が一度は存在したと思ってるわけだ」
「ゲショ!」
「具体的にいつだよ?」
「ゲショショ、ゲショ!」
「じゃ、なんで俺はお前に名前を付けてないんだ?」
「…ホェ?」
「ホェじゃねぇよ。なんで俺がお前に名前を付けてないのか聞いてるんだ。
本当に温かくて優しい飼い主だったら、そんなことありえないだろ。
いや、どんな酷い飼い主でも、普通、名前くらいは付けるぞ。
名前すら付けてもらえないペットなんて聞いたこともない。
もしかして、そんなのお前だけなんじゃないのか?」
「ゲショ、ゲショショ」
「あ?お前、自分に名前があると思ってんのか?」
「ゲショ!」
「言ってみろよ」
「ゲショ!」
その案の定の答に俺は爆笑し、
「馬鹿!この馬鹿!”お前”ってのはお前の名前じゃなくて人称代名詞だろうが!」
「?」
ミニイカはさっぱり分からないようなので、
俺は人称代名詞についてきっちり解説してやった。
すべてを聞き終え、すべてを理解したミニイカはよほどショックらしく、
これまでどんな虐待を受けた際にも見せることがなかった深い哀切さを露に、
床に突っ伏して号泣した。
俺はそれに追い討ちを掛けるべく、
「他のミニイカはみんな飼い主に良い名前を付けてもらってるぞ。
ここにある先月のミニイカ専門紙では名付け特集まで組まれてる。
いくつか紹介してやろう。月の綺麗な夜に買ったからルナちゃん、
幸せになって欲しいからハッピーちゃん、
歌が上手いからメロディちゃん、
長生きしてもらいたいから寿ちゃん…。
どうだ?どれも飼い主の愛情がたっぷり込められてるだろ?
それに引き換え、お前はどうだ?」
ミニイカの泣き声が延々と続いた。
俺は紙とペンを持ってきて、
「お前も名前を付けて欲しいか?」
突っ伏していたミニイカはぱっと顔を上げ、
「ゲショ!ゲショ!ゲショ!」
「よし、分かった」
俺は肯き、
「お前にぴったりの名前を付けてやろう」
「ゲッショォ~!」
ミニイカはつぶらな瞳を輝かせ、大きく万歳し、
何度も何度も飛び跳ねて、その喜びを爆発させた。
「二つ考えてやったから、お前が好きな方を自分で選べ」
俺はそう言って紙にペンを走らせ、それをミニイカに見せた。
クズ
カス
ミニイカの顔が10秒ほど凍り付き、
その後、ミニイカはさめざめと涙を流しながら、がっくりと項垂れた。
「その涙は嬉し涙だよな?」
俺が聞くと、ミニイカは慌てて顔を上げ、明らかな作り笑いを浮かべ、
「ゲショ」
と肯いた。
俺は紙をミニイカに渡し、
「だったら、さっさとどっちか決めろ」
ミニイカは再び泣き出しそうな様子で答を出せずにいるので、
俺は紙を奪い取り、
「どっちの名前も自分にぴったり過ぎて選べないようだな。
そういうことなら無理に選ばなくて良い。
今日からお前の名前はクズカスだ。分かったな、クズカス?」
ミニイカは強張った表情で、
「ゲショ」
と答え、それからすぐ大慌てで、
「ゲショ」
と礼を言った。
「さて、クズカス」
俺はさっそく新たな名前で呼び掛け、
「せっかく名前を付けてもらったんだから、お前にはやることがあるだろう。
何か分かるか、クズカス?」
クズカスの連呼にクズカスは悲しそうな顔で首を横に振った。
「だから、お前はクズカスなんだよ。
やることと言ったら、クズカスの持ち物にクズカスと名前を書くことだろ?
分かったら、早く取り掛かれ」
俺の言葉に急いでクズイカは速足で部屋の一角に行った。
そこにはミニイカ娘用の日常品や遊具が置かれている。
どれも俺が買い与えてやった物で、それらを宝物のようにしているクズカスは、
本当に名前を記入しなくてはいけないのかと目で問い掛けてきた。
俺はクズカスを足で蹴り飛ばし、
「何度も言わせるな。早く書け」
クズカスは意を決したように弁当箱を取り、ミニイカ娘用サインペンを使って、
そのなるべく目立たないところに小さくクズカスと書いた。
俺は再びクズカスを蹴り飛ばし、
「そんなんじゃ分かり難いだろ。もっと目立つ場所に大きく書け」
クズカスは嗚咽を漏らしながら、俺の命令に従った。
「弁当箱だけじゃなく、ここにあるすべてのものに書け」
一つ一つの品々にクズカスという文字を書いていくに連れて、
クズカスの鳴咽はどんどん大きくなっていき、
すべてに書き終えた時には堰を切ったような慟哭へと変わった。
うちに来た当初からそれは一目瞭然で、俺はもちろん温かく優しく接した。
どれくらい温かく優しく接したかっていうと、
普通にミニイカと言葉での意思疎通が図れるようになったくらい。
俺が言うことをミニイカは理解できるし、ミニイカが言うことも俺は理解できる。
そういう関係を築くことに成功してから、当初の予定通り、精神的虐待を開始した。
まず言葉責め。
その辛辣さに、ミニイカは泣きながら触手で耳を塞いだけど、
それを強引に引き剥がして、徹底的に言葉で嬲りまくった。
空き時間はサメやシャチのミニチュア満載のケージに閉じ込め、
映画ジョーズシリーズを強制試聴。
で、こういう生活を一年ほど続けて、もうミニイカの涙も涸れ果てた頃、
満を持して肉体的虐待に移行した。
具体例を挙げると、温かく優しく接していた頃に撮影しておいた大量の動画や、
動画投稿サイトにあるミニイカが飼い主に可愛がられる動画を見せ付けながら、
その動画に映ってる種々のオモチャを責め具に転用して虐待してやった。
覚えてるだけでも、かつて二人で時を忘れて遊んだ羽子板で打ち付けたり、
チョロキューでクラッシュしたり、コマに括り付けて回したり、
仰向けに寝かせたとこに上からビー玉を落としたり、
ブランコの台座を頭に打ち付けたり、鉄棒に逆さ釣りしたり、
重荷を背負わせて滑り台を登らせたり、砂場に生き埋めにしたり、
シャボン玉吹きを口に突っ込んで石鹸水を流し込んだり、
複数のベーゴマが回ってるとこに投げ入れたり、
三輪車の車輪に手脚を巻き込んだり、ヨーヨーの紐で首を絞めたり、
ビニールプールで溺れさせたり、とにかく色んなことをした。
画面の中と現実とのあまりの違いにミニイカは何を思ったろう?
よく睡眠中に悪夢にうなされてたこともあったし、
なかなか寝付けなくて一晩中しくしく泣いてることもあった。
頃合いを見計らってミニイカに毒薬の入った瓶を与えてみたんだ。
「これを飲めば、もがき苦しみながら死ぬことになる。
だけど、確実に死ねる。死ねば、もうこんな思いはしなくて済む。どうだ?飲むか?」
ミニイカは絶対に毒薬を飲んだりはしないと答えた。
理由は、俺が昔みたいに戻ってくれる日が来るのを信じてて、
それを心待ちにしてるからだ、とはっきりそう言った。
俺は笑うしかなく、ミニイカを拷問に掛けることにした。
目的は前言撤回。
でも、世界中に伝わる拷問方法を片っ端から試してみたのに、
ミニイカは頑なに俺を信じると繰り返すばかり。
俺と過ごした時間がそこまで楽しかったのか。
であればあるほど、現実は辛いんだろうな。
ミニイカにとってはそんな生よりもいっそ死の方が安らげるだろうけど、
当然簡単には殺したりしない。
こっちを楽しませてくれるだけの反応が可能な身体機能を維持するべく、
ギリギリのバランスを見極めながら、たっぷり拷問させてもらった。
特にあのかわいい顔だけはできるだけ損壊しないよう細心の注意を払った。
とは言っても、肉体的にはまだ大丈夫でも精神的に限界という状況がついに訪れて、
これ以上やると廃人(廃イカ?)化すると思ったから、
俺は仕方なく、また温かく優しい飼い主に戻ってやった。
もとい、戻ったふりをしてやった。
ミニイカって基本は単純だから、その程度の演技で簡単に騙されるんだよね。
もう大喜びしちゃって、ズタボロの体に自ら鞭打ってスキップしてやがったよ。
再びミニイカに戻った溢れんばかりのあの笑顔。
よほど嬉しかったんだろうな。
俺が遊んでやってると、時折わけもなく泣いては、すぐ照れたようにエヘヘって笑ってたし。
そういう時、俺が頭を撫でてやると、もう幸せそのものって表情を浮かべるわけ。
本当に毎日を謳歌してた。
ま、それも数ヶ月で終わりを告げたんだけどね。
ついさっき、また例によって頭を撫でながら、こう言ってやった。
「明日からまたお前のこと虐待するから」
その時のミニイカときたら、一瞬何を言われたか信じられないような顔してた。
俺はイカ帽子をきつく摘んで強く捻じり、
「聞こえなかったのか?明日からまたお前のこと虐待してやるっつったんだよ」
その言葉を聞くなり、ミニイカの奴、へなへな倒れて、そのまま気絶しちまった。
今もまだ目を覚まさない。
さぁ、次は何をして遊ぼう?
ミニイカの長い寿命にマジ感謝♪
ミニイカが目を覚ましたのは正午過ぎだった。
「明日からまたお前のこと虐待するから」
ミニイカは昨日の俺のこの言葉が何かの間違いであることを祈っているような目で俺を見つめ、
「ゲショ」
と言った。
俺はその挨拶を無視してミニイカにガス銃を見せ、
「お前の顔を狙って弾を撃ってやるから、お前はそれを墨で迎撃しろ。
チャンスは5回やる。5回のうち、一回でも成功したら罰ゲームはなしだ。
今日は虐待再開初日だから、これくらいで勘弁してやる」
俺の口から出た虐待という単語を聞き、ミニイカははらはらと涙を流し始めた。
俺はミニイカにデコピンをお見舞いし、
「何を聞いてたんだ?涙じゃない。墨で迎撃しろと言ったんだ」
ミニイカは急いで涙を拭いたが、言い難そうに、
「ゲショゲショゲショ、ゲショショ」
俺はにやりと笑って、
「なぜ無理なんだ?」
「ゲショ、ゲショショゲショ」
「なぜ墨が吐けない?お前、イカだろう?イカは墨が吐けるんじゃないのか?」
「ゲショゲショ、ゲショショゲショゲショ」
「どうしてお前には吐けないんだ?何か理由でもあるのか?」
「ゲショゲショ、ゲショショ…」
「ほう、墨袋が破裂したのか?どうして破裂したんだ?普通、破裂なんてしないだろう?」
「ゲショショ、ゲショ」
俺は再びミニイカにデコピンし、
「何が外的圧力が加わっただ?具体的に言え。それじゃ分からないだろうが」
ミニイカはまた涙を流しながら、
「…ゲショ、ゲショショ、ゲショゲショ、ゲショショゲショ」
消え入りそうな声でそう言った。
俺は大声で笑い飛ばし、
「あの時の感触は最高だったなぁ。
今でもよくこのビデオを見て思い出すんだ。一緒に見ようぜ。
お前には初めて見せる映像だ。何があっても途中で目を逸らすなよ」
そう言ってノートパソコンにDVDを入れ動画を再生した。
ミニイカがうちに来たばかりで、
まだ俺が虐待の気配など微塵も見せていなかった頃のミニイカと俺が画面に写し出される。
俺がミニイカに向け、ピーナッツを下から軽くふんわり投げると、
ミニイカはそれ目掛けてイカ墨を吐き掛け見事に迎撃し、得意げな表情をする。
「上手い、上手い」
俺が拍手しながらそう声を掛け、それを聞いたミニイカは嬉しそうにキャハハと笑い、
もう一回投げてくれとせがむ。
そこで俺がまたピーナッツを投げてやり、ミニイカがそれを撃ち落とし、
そして、俺がミニイカを褒め、ミニイカが喜ぶ。
そんな他愛もないやりとりがしばらく続く。
今となってはあまりにも遠い日の自分と俺の姿が懐かしくてたまらないのだろう、
ミニイカは動画を見ながら鳴咽を漏らし始めたが、
ここでいきなり画面が変わって、恐怖に引き攣った顔で床に仰向けに寝るミニイカの姿に切り替わる。
「良いか?手や触手で腹をかばうなよ。かばったら、すぐに殺す」
淡々と伝える俺の声がしたかと思うと、いきなり画面に黒い陰がよぎり、
次の瞬間にはミニイカの腹に俺の踵が振り下ろされる。
「ピグォ」
白目を剥いて鈍い声を発したミニイカの口から大量のイカ墨が吹き出てきて、
カメラのレンズにまで飛び散り、画面の所々に黒い点を作る。
ミニイカは延々と墨を垂れ流しながら気を失っている。
それを俺が足で蹴り飛ばして画面の外に追いやったところで動画は終わった。
自分の墨袋が俺によって破裂させられた光景を初めて見たミニイカは声を上げて泣いた。
自分の墨袋が俺によって破裂させられた光景を初めて見たミニイカは声を上げて泣いた。
俺はミニイカが長い時間を掛けて泣き止むのを待ち、
「ところで一つ聞くが、墨袋が破裂するほどの強さで踏むような行為を何と言うんだ?」
ミニイカはしゃくりあげながら下を向き、
「ゲショ」
俺はミニイカに三度デコピンし、
「教えたはずだぞ。それともアレか?お前は俺が教えたことを忘れたわけか?」
ミニイカは慌てて首を振り、
「ゲショゲショ、ゲショ。ゲショゲショ」
「じゃ、言ってみろ」
「・・・ゲショ」
「そうだ、虐待だ、虐待。お前は俺に虐待されてたんだ。
墨袋が破裂しただけじゃない」
俺はミニイカの触手を掴み、
「いつだったか、俺がお前の頭を金槌でぶん殴ったら、
打ち所が悪かったらしくて触手もすべて動かなくなったんだよな。
イカ墨と触手。お前にはもはやイカのアイデンティティがない。
それもこれも俺に虐待されたからだ。
お前、俺に買われなければ良かったと思ってるだろ?」
ミニイカは迷わず首を横に振り、
「ゲショショ」
そう言って、一縷の希望を宿した瞳で俺の顔を見据えた。
小雨降る公園を、1匹のミニイカ娘が飼い主の肩に乗り散歩していた。
このミニイカ娘、名前こそつけられていないが大層可愛がられて育った。
そのせいか周りを警戒する様子がまるでない。
と、ここで飼い主が、小さい木の枝の上にいるカタツムリを発見する。
ミニイカ娘もその存在に気づき、笑顔で飼い主の手に移る。
「ゲショ~♪」
下ろしてほしいという意思表示だ。
飼い主はアジサイの葉を1枚拝借すると、即席の傘としてミニイカ娘に手渡した。
「ゲッショ~!」
ミニイカ娘は目を輝かせ、飼い主の手からそーっと木の枝に移り、カタツムリの殻にピョンと跨る。
「ゲショ!ゲショ!」
ノロノロと這うカタツムリの上で、アジサイの葉の傘を差し、
まるで騎手かレーサーになったかのように勇ましい顔ではしゃぐミニイカ娘。
その様子を優しい飼い主が携帯で動画撮影しながら見守っている。
すっかり満足した様子のミニイカ娘は、飼い主が手をさしのべるとセッセとよじ登り、肩の上の定位置に収まる。
きれいなアジサイの葉をお土産に、ミニイカ娘はニコニコ笑顔で帰途についた。
「ゲッショゲッショ♪」
家に戻ってもミニイカ娘は先程のレーサー体験を忘れられない様子で、
ケージ内にある木馬のオモチャに跨り、体を揺らして遊んでいる。
正午前になり、飼い主がミニイカ娘の昼食であるエビ料理をつくるためキッチンに向かった。
エビを茹でるいい匂いが部屋中に広がる。
「ホュゥ?ゲッショ~♪」
ミニイカ娘は匂いに釣られ、木馬から飛び降りキッチンの方にピョコピョコ走りだすが…
突然の眩暈に襲われ、その場にうずくまってしまうミニイカ娘。
「ウゥッ!ウュゥ…!」
触手と手足が痙攣し、全く身動きがとれない。
「…ムブッ!ンベッ!エベベベベベベジャアア…」
続いて猛烈な吐き気をもよおし、今朝食べたエビをすべて戻してしまった。
「エ゛ッ、エ゛ッ、エ゛ッ…」
さらに、全身に鋭い痛みが走る。
「ギィッ!!ア゛ア゛ア゛―!!」
ミニイカ娘は耐え切れず、青い顔でのた打ち回りながら甲高い声で絶叫する。
「ピギィィィ!!キャイィィ!キャイイイイイイ!!」
叫び声に気づき、慌ててケージへ駆け寄る飼い主。
目に飛び込んできたのは、愛するミニイカ娘が消化しきっていないエビに塗れて苦しむ姿だった。
症状は急速に悪化していった。
10本の触手と四肢は既に麻痺しており、ピクリとも動かない。
「ァァァ…ェ、ショ…ピィ、ピィ…」
ミニイカ娘は、か細くも悲痛に満ちたうめき声をあげ、飼い主に助けを求める。
病院へ連れていくため専用キャリングケースを用意し、ゲロも気にせずミニイカ娘を摘まみ上げる飼い主。
「ェショ…ェショ…」
青い顔のミニイカ娘はつぶらな瞳で飼い主を見上げ、飼い主の手のひらに頬擦りする。
手のひらに伝わるミニイカ娘の涙、そして異常な速さで脈打つ儚い心臓の鼓動…
飼い主は小さな体の限界を察し、ケースを置いた。
上空から落ちてくる飼い主の涙がミニイカ娘の顔に当たり、ピクッと触手を痙攣させる。
その刹那、鼓動が止まった。
ミニイカ娘は最愛の飼い主の温もりに包まれながら、小さな生を終えた。
推定年齢3歳…早過ぎる死だった。
動物病院で遺体を調べてもらったところ、体内から微量の毒成分が検出され、死因が食中毒であるとわかった。
ミニイカ娘については最近本格的な研究が始まったばかりで、罹りうる病気もほとんど解明されていない。
そんな中で食中毒は、ミニイカ娘の死因として近年一般的になりつつある。
身体が小さい分、ごく少量の摂食でも致死量に達してしまうためだ。
飼い主は自分の無知と不注意を嘆き、また涙を流した。
誰もいなくなったケージでは、たくさんのオモチャたちと、わずかに齧られたアジサイの葉が、かわいい主の帰りを待っていた。
<<↑↑をヒントに違う作者様より開発された新製品>>
『天然害獣駆除剤・ミニイカコロリ』
エビと粉末状にしたアジサイの葉をペースト状にした、天然素材で環境に優しい駆除剤です。勿論効能は合成駆除剤と変わりません。
(厚生労働省認可済)
(使用方法)
別梱包のエビ肉にアジサイ葉の粉末を振りかけて練り合わせ、ミニイカ娘が出入りする場所に置いておくだけ。補食してしばらくするとアジサイの青酸配唐体が神経に作用し、呼吸困難、全身麻痺し死に至ります。
(賢い駆除方法)
ミニイカ娘はその捕食環境から、餌を見つけると餌場と認識しより多数の個体を引き連れてくる、野性動物には珍しい無分別な一面もあり、この性質を利用する事で少量でより多くの個体を駆除する事も可能です。また遅効性毒素なので、巣穴に持ち帰らせる方法もあります。
(詳しくは当社HPをご覧ください→http://www.miniikakorori.com/howtokill)
(こんな方にお勧め!)
・ミニイカ娘の補食被害にに悩む漁業関係者。
・台所からいつの間にかエビが消えている経験のある方。
・ごみの日に集積所の補食被害に遭っている方。
(使用上の注意)
・アジサイ粉末の毒素は人間にも作用し呼吸困難等を引き起こす場合がありますので、取り扱いには十分ご注意ください。特にお子さまには保護者の方が十分注意してあげてください。
・本製品は安全のため、第1薬(エビ)と第2薬(アジサイ粉末)を調合して使用するように作られています。ミニイカ娘は見た目に反し大変強欲な性格ですので、第1薬のみ捕食されぬよう、保管には十分ご注意ください。
(お買い上げ後はすぐ調合してから保管するのが上手な使い方といえます)
城は城壁の一部を押しては返す波に削られ、その身に深い亀裂を刻んでいた。
亀裂の合間からは角のとれた石ころや穴の開いた貝殻が覗き、返していく波に
合わせてこぼれ、砂にうもれていく。建城者が決して波に飲まれることはない、
と豪語した自慢の城は、長い長い一日をかけて元の姿へ戻ろうとしていた。
「……げっしょげっしょ~♪」
緩やかに繰り返す潮騒に紛れ、楽しそうな声と足音が砂浜を横切っていく。
足音の主は小さな足あとを増やしながら一直線に城へと近づいていった。
「げしょ~…………ッ!」
影の主は城のお膝元までたどり着くと、頭上に白い月をいただく黒い城を見
上げて感動したように細くため息を漏らす。そして城の亀裂の一つへと手をか
けた。
「んしょ、げしょぉ……」
小さな影が城を慎重に登っていく。しかし崩れる城壁に足を取られ転げ落ち
た。立ち上がって身体についたドロを払い、再び城に手をかける。そしてまた
落ちる。落ちるたびに擦り傷を増やし、泥水をかぶり、白かったワンピースを
灰色に染めてもまだ登り続けた。そしてついに頂上へと到達した。
「げしょぉぉ! ……ふ、ふひひ! げーしょげしょげしょげしょ!!」
彼女は足元に広がる波を目を丸くして見下した後、大海原へ向かって大きく
胸を張り、勝ち誇ったように嘲笑した。
勝った! 海は私を飲み込むことはできない! これは完全なる勝利だ!
そう云わんとするかの如く、込み上げてくる笑いと涙をこらえようともせず、
ますます調子にのって高笑いを続けた。
と、一際大きな波が城にぶつかった。
「げ、げしょ?! げしょぉぉぉぉ――」
傷ついてはいたが、不動であったはずの足元がゆらぎ、ぱっくりとあいた黒
い亀裂に彼女は吸い込まれていった。
「げ、げしょぉ……」
口に入った砂を吐き出し目を拭おうとするが腕が動かない。ついでに首も足
も動かせない。無理に動かそうとすれば切り裂かれるような痛みが走る。どう
やら補強材として用いられていた貝殻の隙間にはまってしまったようだ。
「げ、げしょ、げしょげしょぉぉ! げ、ぷっ、ぷふぅ!」
パニックを起こした彼女は喚き散らすことしか思いつかなかった。
た、たすけて! ここから出して!
しかし叫べば叫ぶほど砂が崩れ落ち、口に入って呼吸を阻害する。だが彼女
には叫ぶことしか頭に浮かばない。
なぜこうなるの? ただ海を笑い飛ばしたかっただけなのに。私たちを産ん
でおきながら、それ以上に私たちを追い詰める海を、蔑みたかっただけなのに!
そんなことなど思ってもいないだろう。なぜなら、昼間に見たヒトの子が
一生懸命作っいた豪勢な城にただ登ってみたかっただけなのだから。結果、好
奇心によって己を窮地に陥れた。自業自得だ。
月の光がかすかに薄れる。波がかさを増して小さな足あとを消して行く。無
敵の砂城がその身を大きく震わせる。
「げぷっ、ぷっぷはぁ、げぴぃぃ、ぇぼっ、ぴはぁぁッ!!」
貝殻に身体を拘束され、落ちてくる瓦礫に顔面を打ち付けられ、しみ出して
くる海水に喉を焼かれる彼女は、無駄なこととは夢にも思わず、馬鹿のように
泣き、喚き、咳き込む。それを延々と繰り返し続けた。
なめらかに奏でられる潮騒の音を手向けに、崩落する城塞と運命をともにす
るミニイカ娘よ。自らの失敗と奢りを呪いながら、せいぜいもがき続けるがいい。
滅多に降らない太平洋側のこの地方でも雪が積もった。
朝から電車もバスもタクシーも止まっているためやむを得ず
徒歩で会社へ向かっていると、道路脇から何やら鳴き声が聞こえる。
ネコかと思ったがどうやら違うようだ。近づいてみたところ
『びえ~ん!ゲショ~ ゲジョ・・・』ミニイカ娘だった。
雪の中に下半身が埋まり、触手で雪をパンパン叩いて泣いていた。
ノースリーブのワンピースはそのままに、濡れてグズグズになった
ダッフルコートと片方だけの手袋が見える。下には水分を吸って
重くなったのか小さなマフラーが落ちていた。帽子の上にも雪が積り
触手や首周り、手袋のない反対側の手は霜焼けになっていて痛々しい。
俺と目があった。『ゲジョ・・ぐすんっ、げじょ・・・ぐじゅ・・』
目に大粒の涙をためて、僅かな触手でぱんぱん雪を叩くミニイカ娘。
雪に嵌っているように見えたので、胴体を掴み持ち上げてみる。
すると『ゲジョ・・びぃ!びぃ!』と首を振って嫌がるミニイカ娘。
少しの痛さは仕方ないだろうと思い、そのまま力を入れて引っ張った。
すると『びぎぃぇ!』という悲鳴と共に上半身だけが持ち上がり、
断面からは夥しい黒い液体が雪の中にボトボトと落ちていった。
雪が黒く染まる。『びぎぃ!びぎぃ!びぃええ!』ミニイカ娘は
激痛からか酷く痙攣し、その後『ぎぃえそ・・・』と頭を垂れた。
触手にも生気はなく髪の毛のようにだらーんと垂れ下がっている。
雪の中にある下半身の断面を触ったところ既にカチコチに凍っていた。
『げ・・・・』と呟くミニイカ娘を元の場所に戻し、その場を後にした。
珍しく東京にも雪が降った。
コンビニまで滑って転ばないように慎重に歩いていたら、駐車場の端からなにやら泣き声がする。
「あーんあーんあーん、びええええ、げしょー! ::」
なんだ、ミニイカ娘か…
私はじっと泣いているミニイカ娘を見つめた。
ほっぺただけが赤く、手脚は触手ほどではないが真っ青だ。
暗くてよく見えないが、あかぎれと霜焼けもできているようだ。
そのうち私の視線に気づいたのか、ミニイカ娘は涙でいっぱいの目をこちらに向けてきた。
「(エグッエグッ)げしょー…、げしょー…」
弱弱しげに泣いているミニイカ娘は、まるで私に助けを求めているようだった。
私はミニイカ娘の頭を撫で、手のひらをミニイカ娘のほうに差し出す。
すると何の迷いもなくミニイカ娘は手のひらに乗ってきた。
涙と鼻水を垂らしたまま、泣き笑いの表情を浮かべている。
私はミニイカ娘の頭をもういちど撫でた。
「…えへへー、げそげそ♪」
ミニイカ娘は精一杯の笑顔を私に向ける。
…よしよし。かわいいね。飼い主が戻ってくるまでちゃんと待っているんだよ。
私はミニイカ娘にそう声をかけると、もといたあたりの雪の上にそっと置いた。
ミニイカ娘はきょとーんとした顔で私を見て、「ほえ?」と声をあげた。
…じゃあね、ミニイカちゃん。風邪ひくんじゃないよ。
私がそう言って駐車場から去ろうとすると、
ミニイカ娘は下唇を噛み、まんまるの目にまた涙を溜めて「ぴぃいいい!」と短く鋭い声を上げた。
コンビニへと向かう背中ごしに「ぴいいいいい!げそ!げそ!げしょおおお! ><」と声が聞こえてくる。
…まだ泣き声を上げる元気があるということは、はぐれてまだ間がないのだろう。
きっと、飼い主さんもいまごろミニイカ娘を探しているはずだ。
勝手に保護するわけにはいかない。
毎日のことだが、ミニイカ娘にエビを与え始めると1時間は食い続ける。
「ゲッソゲッソ♪」
「お前まだ食うのか?もう大概にしろよ」
突然、手のひらを返したようにブスーッと膨れっ面になって知らん顔をし始めた。指でつついてみると、いきなりすごい勢いでイカスミを吐いた。
「イーッ!」
ブババババ!!
(この野郎…よーし見てろこのバカ娘)
私は台所に戻ると、残った海老を殻だけ残して身を綺麗に取り出した。
(こんな美味いもん食わせた俺がバカだったな)
そして残った殻に、エキポシ系接着剤をドップリ満たして元のように繋ぎあわせ、中身が垂れないようにミニイカ娘のところに持っていった。
「ゲッソォー!」
さっきのヘソ曲がりから一転、うっとりした顔で目をキラキラさせているミニイカ娘。あまりの単純さに逆に同情してしまった。
「…っちょ!!」
ミニイカ娘はすごい勢いで跳躍し、接着剤で満たされたエビに噛みついた。
「ンゴンゴンゴ…チュッチュッチュッチュッ…」
よしよし、残さず食えよ。
さらに小エビを見せると、アゴの骨を外して卵を飲み込もうとしている蛇のようにものすごい大きさの口を開けた。中を観察すると、ゲル状になった接着剤は順調に飲み込まれていったようだ。よしよし。
「バァー、バァー!バァ~ァ♪」
私はすかさず大口を開けているミニイカ娘を顔から持ち上げ、口が閉じないように頬を押さえつけた。
「おんごぉー!おんごぉー!ごぎ!ごぎ!」
口が閉じず変な泣き方をしているところに、さっきの接着剤の残りを口いっぱいにブリブリと注ぎ込んだ。
「うっ…ガホッ、ゲホッ、うぅ~ェ…」
エビと一緒に飲み込むのと違い、オナラのような変な臭いの液体をモロに流し込まれ手足をばたつかせて抵抗したが、チューブを絞り出してブニブニと流し込み、最後に歯磨き粉のように歯にたっぷり塗ってやった。硬化するまでの間しっかり固定しておこうと、イカ帽子の後ろからアゴにかけて輪ゴムでぐるぐると巻き動けないようにしてやる。苦しいのか慌てたように口の回りやケツの穴を触手でさかんにいじくっているが何の意味もなかった。輪ゴムを外そうとしている触手はそのまま背中に回して接着剤で貼り付けてやった。
とどめに、嫌がらせに目の前に特大の伊勢海老を一匹。
「ンー、ンー」
口を固定してやったので、食らいつくことができず、ミニイカ娘はヨチヨチとエビに近づくもののフラストレーションを募らせるばかりで、目に涙をためてエビに頭突きをするばかりだった。
体内に取り込まれた接着剤が早くも硬化を始めたのだろう、ミニイカ娘に異変が起き始めたようで倒れ込んでバタバタし始めた。次には口の中に満たした接着剤が硬化して、ミニイカ娘の消化器系統は機能不全に陥るだろう。
私は狂ったようにのたうち回っているミニイカ娘の姿をチラッと見ると、明かりを消して部屋に戻った。
(おわり)
今日、近所の山を歩いていたら、我が物顔でかたつむりの上に乗って遊んでいる野良ミニイカ娘を発見した。
かたつむりは酷く衰弱し今にも死にそうになっているのにミニイカ娘は触手でその殻を叩くのを止めようとしない。
ついにかたつむりが動かなくなると、ミニイカ娘はわざわざかたつむりから降り、
かたつむりの正面に回って、その顔に蹴りを入れてから、またかたつむりの背に飛び乗った。かたつむりは最後の力を振り絞るように歩き始めた。
ミニイカ娘は上機嫌でゲショゲショ喜んでいたが、今度こそ本当にかたつむりが絶命すると、もう目もくれずにどこかへ立ち去ろうとした。
―許せない。うちに連れて帰って、自分の今のその行為を後悔させてやる。
俺はおもむろにそのミニイカ娘を掴まえた。
ミニイカ娘は俺を見て、小首を傾げ、媚びたような表情を浮かべた。
―こいつは自分と相手の力関係次第でこうも出方を変えるわけか
その確証を深めようと、俺は持ち合わせのかっぱエビせんを与えた。
美味そうにそれを食べ終えたミニイカ娘は俺の顔を見て、にっこり笑った。
無力で何の罪もないかたつむりを死に至らしめた先刻までとは打って変わったその一連の態度に俺は虫唾が走り、
やっぱり今ここで裁きを下してやろうかと思ったが、それでは手ぬるいと考えを改め、
片手でミニイカ娘を掴まえたまま、もう片方の手で穴を掘り、かたつむりを埋めてあげた。
その間、ミニイカ娘はずっと、もっとかっぱエビせんをくれと甘えるような声を俺に投げ掛け続けていた。
俺は二つ目のかっぱエビせんをミニイカ娘に与えた。
ミニイカ娘はそれを平らげ、また俺を見て笑顔を浮かべた。
ミニイカ娘を連れて帰宅し、ミニイカをホットプレートの上に置いた俺は『漂流教室』の西さんのフィギュアが背負っていたランドセルを外し、それをミニイカ娘に背負わせてやった。
ミニイカ娘はそれを純然たる自分へのプレゼントと勘違いしたようで楽しそうにダンスを踊り始めた。
―どう振る舞えば自分が一番可愛く見てもらえるか明らかに分かってるだろ、こいつ…
俺はミニイカ娘を摘み上げると、おもむろに鋏でミニイカ娘の触手をすべて断ち切ってショートカットにした。
さすがにミニイカ娘は驚いた様子だったが、
「そっちの方が似合うぞ」
俺がそう言って頭を撫でてやったら、満面の笑みを浮かべた。
―これでお前はもう抵抗手段を失ったんだ
俺はランドセルを開けて、中に目一杯の石を詰め込んで留め金を締め、
ビニールテープでミニイカ娘の体とランドセルを固定した状態で、またホットプレートの中央に立たせたが、
ランドセルが急に重くなったせいで押しつぶされるように四つん這いの姿勢になったミニイカ娘は俺の顔を見上げ、助けを求めるようにゲショっと言った。
しかし、俺が放置していたら、荷重を減らすにはそれしかないと判断したようで、ごろりと横になった。
―思ったよりかは頭が良いんだな。だが、いつまでそうしてられるかな?
俺はホットプレートの電源を入れた。
段々とホットプレートが温かくなっていき、それまで不貞寝していたミニイカはピギャっと叫んで慌てて体を起こし、
再び四つん這いになると、ゲッショゲッショと踏ん張りながら、どうにかこうにかホットプレートの端まで歩いたが、
あと少しで脱出というところで、俺に顔面をデコピンされて、ホットプレート中央まで戻された。
ミニイカ娘は絶望の涙を浮かべ、またさきほどと同じように四つん這いでホットプレートの端まで移動し、
しかし、俺の顔面デコピンによって再度ホットプレートの中央に戻され…そのループが8回連続されたが、
ついにうつ伏せのまま虫の息を吐くだけで、もう動けなくなった。
俺を騙そうとしているのではないかと試しに火力を少し強めてみても、
ぷすぷす焼けていく音がするだけでミニイカ娘に変化はないため、俺はここらで勘弁してやることにし、
ミニイカ娘をホットプレートから取り出し、ランドセルを外してやった。
ミニイカ娘は朦朧とした様子だったが、俺が皿に入れた氷水に浸けてやったら、何とか回復したようだった。
俺はミニイカ娘を連れて山に戻り、かたつむりの墓の前でミニイカ娘を解放した。
ミニイカ娘がどういう行動に出るかのか?かたつむりに謝罪し哀悼の意を表するのか、俺は興味があったが、あえてそれは見届けずに山を後にした。
冬の寒い日のことです。夕刻、私は散歩がてら畑の見回りに出かけました。
この日は暖かく日も照っていたため、畑の雪は殆ど融けていました。
冬季休耕中の我が畑を眺めていると、近くになにやら小さいものが動いています。
小さな影の正体はミニイカ娘でした。白い息を吐きながら、畑の土で作った泥団子を転がして遊んでいます。
全身泥だらけのミニイカ娘。霜焼けた顔には、ところどころ痛々しい切り傷があります。
よく見るとマフラー・手袋・ブーツを着用していますから、飼いミニイカ娘なのでしょう。
私が住むのは海のない田舎町で、ご近所でミニイカ娘を飼っているという話は聞いたことがありません。
遠くから来た飼い主とはぐれたのでしょうか。それとも、捨てられた野良なのでしょうか。
「飼い主はどこにいるんだい?」
話しかけると、ミニイカ娘は一瞬体をビクつかせ、怯えた顔でこちらを見上げます。
そして、目を潤ませ何かを話すように「ゲショ」と鳴きます。
「もしかして、捨てられたんじゃないか?」
言葉の意味を理解したのか、涙をブワッとあふれさせ、口を大きく開けて「エグエグ」と嗚咽を漏らすミニイカ娘。
ミニイカ娘は臆病な性格だといいますが、このミニイカ娘は人間に慣れているようで、私を警戒する様子は見せません。
少しするとミニイカ娘は落ち着いてきたようで、その場に座り込んでお腹を押さえ、小首をかしげ、私とお腹を交互に見つめます。
お腹がすいているのでしょう。あまりに分かりやすいごはんの催促に、私は思わず苦笑してしまいます。
勝手に餌をやるのは良くないことと思いつつ、何か食べさせてやろうとカバンを探り、ナッツの袋と酢こんぶを取り出しました。
まずナッツを2粒差し出し、触手に持たせます。
まあ食べないだろうと思っていたら案の定、鼻の元に持って行き匂いを嗅ぐと「プイッ」とそっぽを向きます。
するとミニイカ娘は、なんと2粒のナッツを触手でポイと放り投げたのです。
農家の家系に生まれた私は、幼い頃から「食べ物を粗末にしてはならない」と厳しく教わりました。
ペット用のミニイカ娘も、エビ以外の食べ物も食べるようしつけられると聞きます。
しかし、このミニイカ娘は、明らかに人間に飼育されていたにも関わらず、食べ物を放り投げました。
仮に野良でも、この様な不躾な真似はしないはずです。
私は既に興が冷めていましたが、海産物なら食べるかも知れないと酢こんぶを手に取り、ミニイカ娘の顔の近くまで持って行きます。
しかしやはり食べません。
そればかりか、触手で私の手から酢こんぶをはたき落とし、「アエー!アエー!」と声を上げて泣き出したのです。
「この野郎!」小さく可愛らしいミニイカ娘相手に、私は声を荒らげてしまいました。
ミニイカ娘は一瞬目を見開き沈黙したのち、「ギャー!」と叫ぶように号泣します。
私がナッツと酢こんぶを拾うために手を伸ばすと、ミニイカ娘は触手で私の手をペシペシと叩き、一段と大きな声で叫びます。
「ギェビィー!」
まるで「エビ」と叫んでいるようでした。
この小汚い捨てミニイカ娘は、この期に及んでエビじゃなければ食べないとでもいうのでしょうか。
激しい怒りがこみ上げ、私は思わず、二本指でシッペをするようにミニイカ娘の頬を殴ってしまいました。
そして、半分泥のようになった畑の土を蹴り上げ、頬を押さえ寝転がるミニイカ娘に浴びせます。
するとミニイカ娘は癇癪を起こしたように叫び声を上げたのです。
私はこの我侭な生き物を踏み潰してやりたい衝動に駆られましたが、無駄な殺生をするべきでないと思い止まり、
しかし絶対に保護はしたくないので、このまま帰宅することにしました。
「そこの泥団子でも食ってろ!」という私の捨て台詞に反応することもなく、ミニイカ娘は頬を押さえ、
口に入った泥を吐き出しながら、「ギェビィー!」と叫び続けていました。
家に帰ってからも、私の怒りは収まらず、床に就くまで胃をキリキリさせていました。
私は許せなかったのです。助けを求めておきながら、食べ物と親切心を無碍に扱うミニイカ娘を。
そして、甘やかすだけ甘やかして、責務を全うしない飼い主を。
その日の夜は、雪こそ降らなかったものの厳しく冷え込み、朝起きると道路は凍り、あらゆる物に霜がついていました。
ゴミ捨てのついでに畑を見に行くと、あのミニイカ娘が、霜をかぶった泥団子のそばで仰向けに倒れていました。
既に呼吸はなく、肌は青紫色に変色しています。口から大量に流れているのはイカスミでしょうか。青黒い涙の跡も伺えます。
特に目立った外傷はないので、動物に襲われたわけではないようです。
この小さい体では、飢えと厳しい寒さに耐えられなかったのでしょう。
休耕時期とはいえ、畑にカラスが寄って来てはたまらないので、生ゴミの袋にミニイカ娘の死骸を放りこみ、畑の土を混ぜて死臭を紛らせます。
ゴミ捨てを終え帰宅する途中、私は近年都心で増え続ける野良ミニイカ娘の境遇に思いを巡らせました。
野良ミニイカ娘の殆どは、養殖場で生まれ人間に飼われていたものだといいます。
自然の厳しさを知らないミニイカ娘に、この冬の寒さはどれだけ堪えることでしょう。
小さい命だからこそ、それを守る飼い主は、より大きな責任感を持つべきです。
そう思った私ですが、捨てられたミニイカ娘を保護する気にはなれません。
何匹か保護したところで解決する問題ではありませんし、何よりあの偏食屋のミニイカ娘を飼う自信など、私にはないからです。
記事一覧
- このつまらない生き物
- 精神的虐待を開始 その②
- 精神的虐待を開始 その①
- 食中毒
- 2-21
- 雪に埋まったミニイカ娘
- 雪の中の迷子のミニイカ娘
- 接着剤
- >>595
- 冬の寒い日のこと
- ミニイカ娘我慢大会2 (1-316-)
- ミニイカ娘我慢大会1 (1->>241)
- 1->>37
- ビニール袋