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ゲショゲショ!

ミニイカ養殖様
・選ばれし者


「ピィー、ピョッ、ピャーッピャ、ゲッショォ~、エヘッ!」

俺はミニイカ娘を飼育しようと思い、ペットショップへとやってきた。以前沿岸で野生の
ミニイカ娘を拾って飼おうとしたのだが、野生は警戒心が強くすぐ物陰に隠れてしまい
捕まえるのに随分と手こずった。やっとの思いで捕まえたものの指を噛まれて大怪我をした上
野生はいつまでも懐かず、水槽を叩きイカスミや糞を撒き散らして汚いだみ声で泣き喚き
とても人気のペットとは思えない醜悪な様相を呈したため、結局両手で叩き潰し
飼育を放棄してしまった。可愛らしいペットとして名高いミニイカ娘も、あくまでそれは
飼育用に養殖したものか、上陸直後に捕えたものに限り、野生が板に付いたものは
ワイルドで制御の難しい、上級者向けのもので素人は注意が必要だ。
しかし非力で小さな生き物が、力いっぱい抗う様子が一部好事家には好評とのことだ。

店に入ると沢山のミニイカ娘が入った水槽が目に留まり、俺が近寄るとミニイカ娘たちは
俺を見上げて笑顔を振りまき、跳ねたり触手を伸ばしたり、水槽越しに懸命なアピールを始めた。

「こいつらなりに一生懸命なんだな、このファンシーさと生存競争、堪らんねぇ」

水揚げ以降は食費のかかるミニイカ娘を、いつまでも置いておく余裕もメリットも無い。
替わりは次々水揚げされるし、時間が経つほど価値が下がるのはペットの常だ。
水産物としての側面というより、むしろそこが本領のミニイカ娘はある筋からの話によると
水揚げから3日ほどでペットから食用へと回されるらしい。それを知っているわけでは無いが
3cmのイカの必死のアピールはその事実にも頷ける、可愛らしくも熾烈を極める様子とも取れる。

買い手の目に留まるには、まずは前へ出る事を本能で理解しているのだろう
やや控えめなアピールを見せる内股のミニイカ娘を、後ろの釣り目気味のミニイカ娘が
触手で押し退け、ゲジョッ!ゲジョッ!と力強く一番大きな声でアピールを始めた。
目立つには目立つがどうにも野卑な印象で、表情も必死すぎて可愛らしさは感じられない。
良く見ればヒレが少し欠けているのも、可愛らしくないイメージを一層際立たせている。
周りのミニイカ娘も、こいつは眼中に無いと見下しているのだろう。
皆で一斉に一瞬迷惑そうな顔を向けると、満面の笑顔に戻り俺への猛アピールを再開した。

「カワイイ顔して考えるこたぁ下種いよなクズが、逆にコイツは面白そうだな…」

釣り目の必死のアピールは続く。周りを見る表情は人間のそれと同じ、劣等感に満ちたものだ。
それを必死に振り払う様子は、皮肉にもミニイカ娘の持ち味を損なう結果しか生まないが
それ故周りとは一線を画し、目立つという点では異彩を放つのもまた事実である。
何より見た目の悪さを補う必死さに、俺はミニイカ娘を超えた生物本来の魅力を感じたのだ。
裏返りかすれた必死の鳴き声に、俺は興奮と感動を覚え、意を決し店員を呼んだ。

「釣り目ちゃん、君に決めた!店員さんこの子ください、あとあれも」
『ゲジョッ!…ゲジョジョ?ビャーッビャ、ゲアーッ!』
「お客さん、ほんとにこれでいいんですか?それ今廃棄する所でしてその…売り物では」
「だ・か・ら、これがいいの♪同じ代金は払うからヨロシク、そこの隅で泣いてる奴も下さい」
『ピィィ…ンュゥ?ピャッ!?ピョピョピョ!ゲショオ~、アハッ♪』

そうして俺は、釣り目と内股の2匹を購入し店を後にした。劣等の筈の2匹が売られて行く様子を
水槽越しに眺めるミニイカ娘は、悔しそうに地団太を踏み、その場で座り込み一斉に大泣きを始めた。
勝利を確信していた奴らが競争に敗れ、食用に卸されると思うと興奮が止まらない。
購入の瞬間の、悲喜交々の場の空気も「商品」なんだと個人的には声を大にして言いたいッ!
帰りにスーパーへ寄り、買い物がてら○っぱえびせんと冷凍のブラックタイガーも買って家へ戻った。

 



『ゲッゲッゲッゲッ、ゲジョジョジョ!』
『ピィー!ゲショオ~、イキャアー!』

釣り目が内股にイカスミを吐き掛けいじめているではないか。いじめは一先ず置くとして
イカスミを吐き散らすのは良くない。俺は水槽を取替え、ショップで買った墨吐きコーナーに
イカ砂を入れてミニイカ娘に見せ、墨吐きと排便をここでするよう散々言い聞かせた。

『ブビビビュー!ブピュピュピュー!』

2匹とも上手くコーナーに墨を吐けたので食事を与える。食事は教育を兼ねる絶好の機会だ。
要はエビとムチな訳だがミニイカ娘飼育の基本にして奥義で、早速トイレのしつけをした事になる。
2匹を水槽の隅に置き、反対側にエビとえびせんを盛った皿を置き、2匹を解放する。

『ゲジョジョジョー!ギュギギギゲャー!』
『ピィー!ゲッショショショー!』

釣り目と内股は皿目掛け猛然と駆け出す。2匹が目指すは当然エビの皿だ。内股の方がスタートが良く
先に皿目掛けて飛びつくが、釣り目が後ろから触手で叩き飛ばし、瞬く間にエビを平らげてしまう。

『ゲジョォ~、ハァー♪』
『ゲビョン!ピャーッピャッピャ、アエー、エソォー!』

よほど腹が減っていたのだろう、内股が立ち上がり皿へたどり着く頃、釣り目はえびせんまで
平らげ丸くなった腹を短い蛇足で擦り、満足した表情で寝転がってしまう。
元気で可愛いと言うには余りに度を越した下品で獰猛な食いっぷりだが、直接害になるわけでもなく
俺はそれを咎めはせず、むしろありのままの自然な姿に思わず目を細め喜んだ。
エサにありつけなかった内股は、俺を見て猛然と鳴き出す。エサを寄越せ、お前には私を腹一杯
食わせる義務がある!とでも言いたげな猛抗議だ。

「ざけんなクソイカ、モタモタするお前が悪い、ちったぁ頑張れよ」
ヒュッ!ピィン!ゴロロロロロ!ビタン!
『プギュン!エウゥ…ビャー、ビィィー!』

目の前の競争相手に勝たず、人間に見当違いな不平不満をぶつける内股にイラつき
俺は指でミニイカ娘を弾き水槽に叩きつけた。エサ自体は与えるのだから、必要な分くらいは
自分でそこから取れと言いたい。野生では広い砂浜を探し回り、同時に見つけた同胞と争ったり
運悪く波や海鳥に攫われる事もあるのだ。毎日目の前に現れるエサくらい取れないでどうする!

『ゲジョァ~、フンッ、フンッ!フングギギギジョ…フンッショ!』
ブブブボボボボ!ブリリリリボバババ!モモモモモモッ!
『ゲジョハァ~、ゲビィ…』
『ピィィ…ピュゥ…』

釣り目は満足して、触手を使って丸々とした体を起こし、コーナーでしゃがみ排便を始めると
たちまち黒い山がそびえ立ち、釣り目は元の大きさへと戻っていく。
体が軽くなり至福の表情の釣り目と、それを恨めしそうに見る内股の、勝者と敗者の
コントラストは作り物とは言え、美しくも残酷なこの世の摂理の象徴だ。
先に排便を覚えた釣り目を称え、もう1本エビを渡すと釣り目は喜んでエビを平らげる。
遅れを取った内股の目には涙が滲んでいる。

「水桶置いとくから、体くらい自分で洗えよ」

普通の飼い主であれば、ミニイカ娘を風呂場へ連れて行き、風呂桶にぬるま湯を浅く張り
入浴させるが、ミニイカ娘は一応水棲動物だけあり、湯は特に必要なく水で十分だ。
適温は人間より若干低く、むしろ湯船では熱いのか嫌がるくらいだ。冬の極寒に耐えるとは
行かないが、水で十分なのにわざわざぬるま湯を張るのは、飼い主の自己満足に過ぎない。
2匹を一緒に水桶に放り込むと、各々顔を洗い、股や脇をこすり汚れを落とす。
水揚げしたばかりの新品だが、釣り目の方は黒い汚れが落ちる落ちる。
何しろ排便したばかりで、自身念入りに洗い、周りの水は黒く濁る。
流石に水を巡ってケンカは起きないが、釣り目はわざと内股に水を撥ね、牽制している。
この積み重ねが今後のエビ争いにも影響するのだ。内股は蛇足で顔を覆い、水はねを嫌がる。

「ベッドも買って来てやったぞ、2階建てベッドだ凄いだろ」

体を揮いタオルで拭かせ、俺は2匹に就寝を促す。イカと煙は高い所が好きとの言葉通り
やはり上の取り合いになるが、これも釣り目が制した。ベッド自体は上でも下でも
気分の問題に過ぎないが、やはり我を通した方が心理的風上に立てるというものだ。
ショップでは劣等だった釣り目だが、今日一日でつけた自信はイカほどであろうか。

 

 


『ゲジョゲジョー、フンッ!ゲシャ!』
『ゲショショー!ピギョン!アェゥ…』

翌日のエサ争いも釣り目が制す。流石に空気を読んでえびせんは少し残すが
エビには触手一本触れさせず朝昼晩悉くを支配したため、内股はまだエビの味を知らない。
エビを取られるたび泣いて訴えるが、貰えるのはエビでは無くデコピンだ。
数本のえびせんにありついては、指で弾かれ吹き飛ばされる内股を尻目に
釣り目は毎食腹一杯のエビとえびせんで、肥え太る幸せな日々を送った。
いやこれは幸運なんかではなく、廃棄寸前だった釣り目が自分で勝ち取った自由と言うべきか。

『キキョキョキョクケケケコァー!』
『ピキャキャキャーコアアアケェー』

何度も何度もエビをおあずけにされ、我慢の限界を超えた内股は狂った様な表情と鳴き声で
俺に訴えかけかけた。その気力と意地を向ける相手を変えてみたらどうだ…
俺は内股の小物ぶりに呆れ、掴んで放り投げようと手を向けると、内股は俺の腕にしがみつき
物凄い勢いで腕を駆け上り、肩まで到達するとあらん限りの奇声を耳元で振り絞った。

『カアアアアアアアアアー!』
「ぐあああああああ!」

耳が痛ぇ…なんつーイカだ。思わず内股を肩から引き剥がし水槽にしたたかに投げつける。
奇声の余韻が残り頭がグラグラし吐き気がする。俺はトイレで吐きしばらく安静にし
鋭気を取り戻すと内股に話しかけた。明日耳鼻科行って来よう…

「お前が愚図だから釣り目のいいようにされるんだろ…どうしてもってんなら少し助けてやる」
「でも、決める所は手前で決めろよ。手前の問題なんだから」
『ゲショショ!ピョッピャ!』

俺は釣り目の触手と蛇足を糸で縛り身動きを封じた。そして内股には小さなスパナを与えた。
身動きできないミニイカ娘なら、この愚図でもシバき倒せるだろう。ボコボコにシバいて
エビを分け合うくらいのパワーバランスにしたらいい。自分の力で結果を得た釣り目には
気の毒だが、ここまでしないと何も出来ないのが、普通のミニイカ娘なんだろう。
泳げもしない癖にエビを欲しがる図々しさも、考えてみれば反吐が出る。
多分野生では人間にたかるか盗みに入るか、稀に泳げる優秀な個体がいてそいつに大勢で
たかるんだろう。潮溜まりに紛れ込むエビなんぞ、いても小さいスジエビか何かが関の山だ。
内股はスパナを持ち、釣り目ににじり寄る。いよいよ制裁の時が来た。

『ゲビィ…ビャビャー、ビィ!』
ヒュッ、カラララン…ガジガジガジガジ…プツッ、ハラララ…
『…ゲショ、エショー、エハッ!ピャッピャ♪』
『ゲョ…?ゲジョジョ?ビャーッビャ♪』

内股はスパナを放り捨てると、釣り目に微笑みかけ、歯で糸を食いちぎり釣り目を解放したのだ。
釣り目は喜び内股と手を繋ぎ、その場で二人一緒にクルクルと走り回った。
内股は制裁より融和を選び、釣り目に手を差し伸べたのだ。

「ハァ…?何これ、ナメてんのかコラ?手前何様だよオイ」

人に散々泣きついて、人から得た力で【弱者に手を差し伸べた】のだ。ちょっと困れば
自力で解決せず泣き喚き訴え、人から得た余裕を勝手に与えて良いイカ面して優越感に浸る。
力を貸しただけでそれはお前のものじゃない。勘違いするなよクズイカが!

『ゲショ!?ピィィーピィィー、アエエエエエーン!』
『ビャビャッ!?ゲジョジョジョ!』
「余裕ぶっこく前に、一度手前の力で試練乗り越えてみろやクズが」

俺は2匹を連れて外へ出た。たまに川釣りをしに出かける川があり、そこへ着くと
笹の葉を1枚むしり笹舟を作る。ミニイカ娘が乗るにはもってこいの大きさだ。

『ピィィィ…ェゥゥ…ャェェ…』
『ゲッゲッゲッ…ビギョギョ…』
「転覆する前に死ぬ気で頑張って接岸してみろや、出来たら許してやる」

そうして俺は笹舟を川に流す。川の深さは分かっているようで船の上はパニックで硬直状態だ。
思考停止している間に笹舟は緩やかだが着実に谷底へと帆を進める。
硬直を脱し2匹は懸命に触手を漕ぐが、グルグル回るばかりで岸には一向に近づかない。

『イギョッ!ビャー!』

触手を漕ぐうち1本に、川魚が食いついたのだ。釣り目は川魚に引きずり込まれる前に
触手を自切して難を逃れるが、動力を1本失い形勢は更に傾く。

『ゲジョゲジョ、ゲジョー!』
『ゲショゲショ…フンフン…ピィッ!』

2匹は何やら話し合い、釣り目の問いかけに内股が相槌を打つ。触手を漕ぐのを止めると
笹舟は川に対し横を向き、一端止まる。止まると2匹は左右に分かれ触手を漕ぎ出した。

 

 


『『ゲーッショイ!ゲーッショイ!ゲーッショイ!』』

2匹で声を掛け合い息を合わせ触手を漕ぐと、笹舟は岸へ向かい少しずつ前進を始めた。
徐々に谷底に流されながらも笹舟は岸まで1メートルを切った。このペースなら悠々間に合う。

『『ゲーッショイ!ゲーッショイ!ゲーッショイ!』』
「頑張るじゃなイカ、この試練を乗り越えればお前たちの勝ちだよ」

俺は釣り竿にエビを仕掛け、向かってくる笹舟へ向ける。エビ欲をも超える友情なら
認めざるを得まい。50センチ、40センチと笹舟は接岸目前まで迫ってきた。

『ゲショッ!エビィー♪ピィッ!』
『アムゥ♪…ングググゲギ…ウギィィィィ!』

生まれて始めてのエビの誘惑に抗えず、内股は笹舟を思い切り踏み込み、エビに食いついた。
無警戒に勢いよく食いついたために、口に釣り針が突き刺さり、思い切り貫通している。
釣り針からは黒い汁が滴り川を一瞬黒に染め、また元の清流へと戻る。

『ギャババババゲジャジャジャバブブビャ!』

内股の踏み込みで笹舟が転覆し、取り残された釣り目が川で溺れている。岸までは20センチほどあり
触手はちょっと届かない。生還を目前に1匹は釣り針に掛かり、1匹は川で溺れ絶体絶命だ。

『ミギィー!イギョギョギャガガゲァ!』
『ゴブババビャブブギャバババ!』
「もう一度チャンスやるよ、溺れた仲間に救いの手差し伸べてみろよ」

俺は溺れる釣り目に釣り針を近づける。釣り目が内股にしがみつき引き上げれば
2匹とも助かるだろう。この極限下でも尚、手を差し伸べてこそ本物の救いの手と言える。
気づいた釣り目は触手を伸ばし、必死に鳴き内股に助けを求める。
だが内股は触手を釣り目に向けようとはしない。気づいてないのだろうか、水面に内股を浸してみる。
だが内股は釣り目に触手を伸ばさず、必死に釣り針にしがみついている。
触手が届く所まで近づいた釣り目は、内股に触手を巻きつけようとした。

バシッ!ベシッ!ベシッ!ビタンッ!

この危機的状況に内股は【助ける余裕など無い】と悟ったのだろう。釣り目を断固拒み
必死に釣り針にしがみつきながら、迫る触手を全て叩き落とした。滴り落ちるイカスミを
浴びた釣り目は急に水面で暴れるのを止め、うつろな表情でまっさかさまに水没した。

『ウググググギィー!ゲーショ、ゲーッショ!』

内股は釣り針を外そうと必死だ。しかしどうせかえしが食い込んで外れそうに無い。
無理に外せば内股はズタズタになるだろう。俺はワンピースを切り外し
そのままミニイカ娘を釣り餌に、川魚釣りを始めた。苦し紛れにイカスミを
吐き散らすと、黒い溜りは一瞬魚のたまり場となり、色が透き通ると何事も無かったかのように
魚はバラバラに散った。釣り竿には一番大きな川魚が掛かり、口には青い触手が挟まっていた。
(終わりでゲソ)

edited byアドミニイカ at
・禁断の果実


「うーん…うーーーーーむ、ぐむぅ~」

男はペットショップで唸っていた。明日誕生日を迎える子供がミニイカ娘を飼いたいと
出し抜けに言い放ったからだ。他にペットもいないのだ、ペットの1匹くらい飼ってもいいが
問題は餌代だ。ミニイカ娘と言えばエビしか食べない、そして自らの体積の
数倍のエビをも喰らい尽くす無尽蔵の食欲で有名だ。果たして毎年の食費は幾らになるのか…

『どうなさいましたお客様』
「ああ店員さん…ミニイカ娘の餌代ってどれくらい掛かります?」
『アハハ、ご心配はごもっともですよね、それでしたら…』

店員が指差す先には○っぱえびせんが陳列してある。えびせんを食べさせろと言う事だろう。
エビはエビだし、実際ミニイカ娘がえびせんを食べる姿は砂浜の遊泳客などを通じて見た事がある。

『1食1袋、1日3食で年間およそ1100袋と言った所が年間の大体の目安となります』
「ぐぬー、約100円が1100袋ね…しかし、毎食えびせんじゃ高血圧になりそうだなあ…」
『こう言うのもなんですが、それで早死にする位の方が現実的かも知れません』
『150年エビと言うのもお高くつきますし、えびせんだけですと寿命は精々30年になります』
「100*1100*30、かぁ…綺麗事言ってられないよなあ、分かりました、ミニイカ娘1匹下さい」
『あ、くれぐれも本物のエビは見せないようご注意下さい、その時点で試算は破綻しますので』
『エビだけですと餌代は5倍以上、寿命も当然5倍となりますので。解説書もお付け致しますね』

初期投資に加え年間約11万の食費だけでも眩暈がするのに、その5倍が玄孫にまで及ぶなど冗談ではない。
店員の進言と解説書を肝に銘じ、父は子供の誕生日プレゼントを購入し、店を後にした。

『お父さんありがとう、店員さんミニイカちゃんにパラソルもくれたね』
「景子、ミニイカ娘は玩具じゃないからね。一緒に飼い方勉強してお世話するんだよ」

父は優しく語りかけ、家へ着くと一先ず娘の部屋に空の水槽を置いて、ミニイカ娘を入れて
子供と一緒に下へと降りた。店員の進言は深刻だ、厳重を重ね、念を押さなければならない。
子供の一世一代の我侭を叶えた父だが、ここから先の主導権は絶対に譲るわけには行かない!

『お父さんー、ミニイカちゃんにエb、モゴゴ…』
「景子、今日から我が家の辞書にはエビという文字は無い、肝に銘じてくれ」

そう言い、父は冷蔵庫を開け冷凍のブラックタイガーから惣菜のエビグラタンまで
全てを引き出し、誰も手をつけてないそれら食べ物を全て廃棄してしまった。
目の前の異様な事態に娘の頭は真っ白になり、気の抜けた様な顔で父の言葉を待つ。

「店でプロの店員に相談したが、餌代は切り詰めてもこれだけ掛かってしまう」
「ミニイカ娘の望み通りにすればこの5倍が玄孫の代にまで及ぶんだ、それは不可能なんだよ」
『わ、わかったよお父さん…じゃあミニイカちゃんにえびせんあげてくるね』
「いい子だ、じゃあ部屋へ戻る前にもう少し勉強しよう」

衝撃的なデモンストレーションが功を奏したか、終始真剣な雰囲気でレクチャーは続く。
子供は父から注意事項を受け、えびせんを一袋開けて2階へと上がっていった。
注意と言っても子供にも咀嚼出来るよう、極めて単純化したものだ。

 


【エビから完全に隔離する】

要はこれだけだ。エビそのものは勿論絵もNG。言葉も厳禁だ。見えない所で袋を開けて
えびせんを皿に盛る。エビとの接触はこれに限り、他は一切教えないという寸法だ。
今日買って来たミニイカ娘は、ペットショップでも同様にエビから隔離され
卵の段階から養殖された言わば安物であり、その寿命もマニュアル通り飼えば30年程度に終わる
現実的な工夫をなされたもので、多少裕福な一般家庭向けの手ごろな商品だ。

逆に等級が高いのは、上陸直後の昼寝中に捕えた野生の仔ミニイカ娘で、養殖と比べ活発で
体のハリと弾力にも富み、まだ個性も身について無い状態なので、飼育下での順応力と学習能力が高く
人間にとって最も都合のいい、可愛らしいペットとなる。難点は海中生活で無意識にエビ欲を
刷り込まれているため、養殖のようにえびせんだけで育てる訳にいかない事で寿命も長くなる。

余談だが等級が低いのは、野生で成長しきった生後半年以降のミニイカ娘を捕えたもので
この段階になると、野生でそれぞれ個性がつき、概して顔つきが悪く凶暴、悪食、無愛想で
鳴き声も耳障りの上筋肉も筋張り、ペットとしての資質を著しく欠く傾向が強くなる。
悪食ゆえエビ以外も食うが、普通のペットより量を要求する曲者であり
また触手の運用にも長け、注意しないと種々悪戯に及び様々な被害をもたらす。
売り物と言うより、知らずに拾って飼うが手に負えず飼育放棄、というケースが多く上級者向けだ。

「ミニイカちゃん、エ…【ごはん】だよ~」
『ピィー♪ゲッショ!ゲッショ!ゲッショ!』

子供は早速買ってきたばかりの愛しいペットに、初めての給餌をする。いきなりお手つきし掛けたが
事前の学習の甲斐あり、まずは幸先の良いスタートだ。ミニイカ娘も皿に山ほど盛られた
えびせんの中に飛び込み潜りバリバリと貪り、ゲショッ♪と中から満面の笑顔だけ外に出す。
子供はえびせんを数本摘むと、ミニイカ娘の前にかざし遠ざける。ミニイカ娘は自分の背丈より
高みにあるえびせんを、触手を使い左右両方の手から同時にむしり取り口へと運ぶ。

今度は手のひらに残りのえびせんを乗せ、水槽の底にそのまま下ろす。ミニイカ娘が触手を伸ばすと
それを右手で制し、右手の指2本を足に見立て、そのまま手のひらに乗せる。するとミニイカ娘は
それを真似てそのまま手のひらに乗っかりえびせんを食べる。一袋食うと流石に満足なのか
パンパンに膨らんだ腹を擦り、そのまま手のひらの上で横になって眠りについた。

『ゲショォ~♪zzz…zzz…』
「ミニイカちゃんおデブさんになっちゃった♪」

食事は馴致の絶好の機会でもあり、手振りを交え誘導するとそれに応じた仕草と個性が身につく。
一食だけでも遊びながら食事させると、ペットらしい個体になり飼い主への愛情も深まるが
三食ただ皿に盛るだけではそっけないペットになる。ミニイカ娘飼育の一つの関門がこれだ。
父はただ食費を気にして注意しただけでなく、飼育を飽きさせない為にも心を砕いていたのだ。
子供の一生分の誕生日プレゼントに対する、これは父親なりの愛情と責任感の現れでもある。

実際馴致に失敗し愛嬌を欠くと、途端に飼育熱が冷めそれが捨てミニイカ娘となるケースが多く
社会問題へと還元される。そう言った実情やノウハウも知らず、行政が捨てミニイカ娘センターを
開設するが、結局は悲劇の再生産と無情な処分が行われるだけで、問題の解決には役立っていない。

「お父さん~ミニイカちゃんお風呂にいれたい」
「はーいはい、わかったよ~」
『ゲッショゲショ、ピッ♪』

一緒に風呂に入るにも微妙な年齢だが、風呂もまたミニイカ娘の馴致の機会だ。
水場で子供一人の手に委ねるには少々心もとなく、父も一緒に風呂に入りミニイカ娘の世話をする。
ありがちな誤解は、ワンピースを体の一部と認識せず、誤って力ずくで脱がしてしまう事だ。
ミニイカ娘の着せ替えワンピースなるものも市販しているため、子供は特に注意が必要だ。
ミニイカ娘の命そのものと言える、このトレードマークを無理やり外せば懐くものも懐かなくなる。

イカ帽子ならさらに最悪で、もれなく即死で飼育そのものが終わる。これもミニイカ娘用
麦わら帽子などがあるため、稀に無知な飼い主が犯すミスでもあり、今際の際にはのた打ち回り
墨袋が口から飛び出る事もある凄惨なもので、児童の人格形成にもトラウマを刻むだろう。

 

 



「じゃあわたし洗うね」
「思い切り握ったりしない様に気をつけるんだぞ」
『ピャッピャッ♪ゲショショショ♪』

左手でワンピースをまくり、右手は石鹸を泡立てミニイカ娘の全身をこする。
股や脇、足の裏に及ぶと「アッキャキャキャ♪ピャキャッキャ♪」とくすぐったそうに笑う。
水揚げ直後の養殖だけあり、ワンピースは全くの新品で洗う必要は無かった。
続いて触手を洗髪し、ついでに歯磨きもここでしてしまう。口をゆすぐ時イカスミも一緒に
吐く事があるので風呂場でじっくり行うのが無難だろう。市販の専用歯ブラシで歯の裏側まで
くまなく磨く。歯は触手ほど目立たないがミニイカ娘自慢の器官で、非常に頑丈だ。
歯磨きが終わり口をゆすぐが、初めてなので結局4回もイカスミを一緒に吐いてしまう。

全身の洗浄が終わると、湯を張った風呂桶に小さな玩具のゴムボートにミニイカ娘を乗せる。
すると楽しそうに触手でパシャパシャ風呂桶の中を漕ぎ回る。
運動は勿論の事、特に触手を積極的に使わせる事も、ミニイカ娘飼育の大事なカリキュラムだ。
蝶よ花よと世話を焼きすぎ、触手が退化し動かなくなってしまったという事例もある。

『ゲショッ!オギョギョババブビャ!ギェピョッ!』
『ビャーャ!ビャーア!ゲショーエジョー!アエエエエ!』

調子に乗ったミニイカ娘がボートを左右に揺らしたり、ピョンピョン飛び跳ねると
ボートはバランスを崩し転覆した。溺れて暴れるミニイカ娘はすぐさま子供に救い出されるが
手のひらの上でメソメソ泣き続ける。しかし風呂場で溺れるのも危険を覚えるいい機会だ。
ちょっと目を離した隙に溺れ死んでいた、などという事も時々起こるが
それらは警戒心より好奇心が勝る事から起きる結果に過ぎないのだ。
目の届く所でミニイカ娘を【安全な危険】に仕向けるのも、最低限の自立の為に望ましい。

「おやすみ、ミニイカちゃん」
『ゲショ~ピョッピッ!』

子供は消灯し、ミニイカ娘を水槽の毛布に寝かせ自分も眠りにつく。
自分のベッドにミニイカ娘の布団を置いて一緒に寝たい所だが、それはまだ時期尚早だ。
早い話が「おねしょ」の危険があるからだ。ミニイカ娘のおねしょとは
イカスミに拠るものの事だが、人間のそれと同じ意味でもする事がある。
これは一度実際におねしょさせて、翌朝厳しく叱責する事で解消されるが
成長期にするかどうかは運否天賦。生体になってからでは躾の効果が薄く
持病の如くおねしょと付き合う事になる。失敗もまた財産という好例だ。

「はやくおねしょしないかな~なーんて♪」

そんな冗談を思いながら子供は眠りにつく。夢の中でもミニイカ娘のしつけに追われながら
それを楽しむ自分がいた。どんなミニイカ娘に成長するだろうか…
だがそれは、悪夢と共に一瞬で灰燼に帰す運命にあったのだ。

『オイスー!鷹ちゃんいるかぇ!?』
「な、なんだ藪から棒に…タメさんか久しぶりだなあ」

翌日の夕方、長靴とツナギに身を包み、左手に新聞頭に鉢巻、耳には赤鉛筆を挟んだ男が家を訪ねて来た。
如何にも野暮ったい風体の男の名はタメと言い、右脇に大きなクーラーボックスを抱えていた。
茶の間でミニイカ娘と遊んでいた子供は、タメの来訪を受け玄関へとやって来た。
ガサツだが気前のいいこの男は良くお土産をくれるので、子供は気に入っていたのだ。
ミニイカ娘は余所者の男を本能的に怖がり、子供の首の後ろに隠れ覗き見している。
父は自分とは毛色の違うこの男が苦手ながら、一方では正反対ゆえに惹かれる物も感じていた。

「どうだいタメさん、調子は」
『あーもうダメッ、ダメッ。タメさん全然ダメっす。聞いてくれよもう』

調子とは競馬の事だ。競馬狂いながら意外や戦績は健全に収まり昼飯と電車賃くらいは
稼ぐ程度で趣味としては理想的と言えるだろう。しかし今日は負けた様で少々御冠だ。
が、悲劇はタメにではなく上杉家に訪れる事になる…

 

 

 


『ったくよぉー、ミスターエービーに単勝ぶち込んだのにコケやがって』
(ちょっ、おまっ!)
(ゲショッ!)

『鞍上の海老波の野郎、ミスターエービー中団ってどういうことじゃアホ!』
(お前こそどういうことじゃアホ!)
(エ…ビィ…)

『レース後様子おかしいと思ったらエビだってよエビ、屈腱炎。マジで騎手止めろ!』
(お前がやめろバカヤロ、コンニャロ!)
(エビ…エビィ…ゲショショ!)

『てか死ね、マジ死ね、エビナミシネー』
(タメサンシネー)
(エ…ビ…ウギギギ…)

競馬場にはエビが、そして今この場には不幸が重なりこれまでの努力が水泡に帰した。
そしてクーラーボックスが開くとタメのダメ押しが炸裂する。

『んでさこれ、腹いせに釣り行ったら釣れちゃって釣れちゃってw』
『ほれほれ、イセエビクルマエビにボタンエビ、どれでも好きなのいっちゃってくれよw』
(ぐわばばばばばば$☆з@ё★ふじこlp;@)
「ゲッショオオオオォーー、ンキキイィィィー♪」
『うわあ、なんじゃこりゃー!』
「ンマンマ、ゲショゲショ、エッビエビー♪」

怒涛の甘い囁きに加え、目の前の新鮮なエビの誘惑に抗える道理など無くミニイカ娘は
殻ごとエビに齧り付き、天然の美味に酔いしれた。暫くするとそこにはエビの残りカスと
その代わりにパンパンに膨れた至福の表情のミニイカ娘が腹を擦り横たわっていた。
恐らく二度とえびせんなど口にもしないであろう、飼育計画の破綻を告げる一幕だった。

「おっちゃんのアホー!」
『な、なんでぇ藪から棒に…』
「タメさん…また、30年後に会おうや」
『ちょっ、おまっ、待ってくれよおーいー、あーもう、それ全部いっちゃってくれやまたな』

思い描いた未来予想図は粉々に打ち砕かれた。事情を知らぬタメだったが、ただ間が悪かった。
後は様子を見て敗戦処理をするしかない。子供も場の重い雰囲気に打ちひしがれた。
そして夜になり、給餌の時間を迎えた。

「ミニイカちゃん、ごはんだよ」
『ゲショッ!…フンフン、チィッ!』
「なにすんのミニイカちゃん!」
『ゲッショ!ゲッショ!エッビィ!』

ミニイカ娘はまるで汚物でも見るような目でえびせんを払いのけた。予想はしていた子供だが
ショックは大きい。手振りを添えてもう一度給餌を試みる、がミニイカ娘はえびせんを
掴むと蛇足で水槽の壁に向かって投げつけ、それを上から踏みつけ砕いてしまう。

 

 


「どうして食べないのミニイカちゃん!」

店員の言った通りだ、もう生のエビしか受け付けない。子供は段々と目が滲む感覚を覚えた。が…

『キキョイィィィケェェーーーーーーー!!』
『キアアアアエキョアアアアアアーーー!!』
『コアアアアーークァキョキョキョーー!!』
「なんなの、もうやだ、誰かなんとかして!」

ミニイカ娘は金切り声をあげて狂乱する。エビへの執念と渇望に狂えるイカはもはや
ペットと呼ぶに値しない害獣そのものだ。金切り声を聞きつけた父が部屋へやってくる。

「おとうさん、たすけて、もういやだ…」
「あとは任せていいから、お前はもう寝なさい」
『オキョアアアーウキィヤェェーーーー!!』

そう言い、子供の部屋から水槽を撤去し自分の寝室へと持っていく。狂乱するミニイカ娘には
お構いなしに、上を蓋で密封し更に毛布を被せ、声が殆ど聞こえなくなると父も眠りについた。
翌日子供はようやく元気を取り戻し、外へ遊びに行った。父は冷蔵庫から昨日貰った
エビを取り出しミニイカ娘の水槽を開けるが、未だ衰えぬ金切り声に戦慄を覚えた。

『アアアキャアアアクャェアーーーーー!!』
「うるせーなあ、そんなにエビ欲しけりゃやるよもう、ほら食え」
『アキャ…ゲッショオ~エッビィ~♪』

エビを見るや否や、不自然なくらい甘ったるいイカなで声に切り替わると
ミニイカ娘はエビを殻ごと獰猛に食い破り、見る見る肥え太り満足そうに横になる。
父はその間説明書を読み【最後の手段】という項目を見つけ、熟読する。
がその内容はわざわざ覚えるまでも無いものであった、父は早速行動に移る。

「そんなにエビ食いたきゃ何度でも食えよオラァァァァ!!」
『オゥグェ…ゲビョオウゥゥゥ…グボェ』

丸々と膨らんだミニイカ娘の腹を掴み、雑巾のように絞ると口からは胃の内容物が
全て吐き出され、水槽の中で黒い山となり積みあがった。

「オラ食えよ、お前の好きなエビだぞゴラァ!」
『ゲショオオオオ…オゥッ!ングムブゥ…』
「何度でも食えよオイ!何度でも、何度でも、な・ん・ど・で・も!」
『グゥベボョォォゥ…』

食っては吐かせ、また食っては吐かせ、それを繰り返す事で大好きなエビはいずれトラウマとなる。
エビ欲を矯正する後天的な、最終手段とも言える荒療治である。食欲そのものは減衰するが
性格は暗く歪み、ペットとしての笑顔も活発な姿も失われる為、ペットとしての死も意味する。
しかしそれでも背に腹は変えられない。後は子供が帰ってきて採決を下すのみである。

「ただいまお父さん。…ミニイカどうなった?」
「大丈夫、とりあえず大人しくなったよ」

水槽の中を見て子供は絶句する。咀嚼と嘔吐を繰り返し、何ともつかぬドロドロの黒い物体が
水槽に溢れ、ミニイカ娘は突っ伏し気を失っている。ひっくり返すと顔は青ざめ、頬もこけている。
二日前には明るい未来を想像し、胸を躍らせていたものの正視に耐えない姿に
子供は急激に熱が冷める感覚を覚え、父に切り出した。

「もう、いいよ…」
「…そうか、わかった」

無残な誕生日祝いを、二人ともただただ終わらせたかった。ミニイカ娘を忘れて適当に形だけでも
やり直したかった。自分たちの不運と無責任さから目を逸らし、二人は問題を投げ出した。

 

 


「ゲショ…ひとりぼっちでゲショ」

結局捨てられたミニイカ娘だが、もう人に飼われて生きる気はさらさら無いし
エビにも未練は無い。エビに目が眩み気がつくと海にいたというのが正直な感想だ。
無気力に海を眺めていると在来の野良ミニイカ娘に声を掛けられ気ままな野良生活が始まった。
粗末な野良のエサだが無感動な自分にはむしろ丁度良く、捨てミニイカ娘にしては珍しく
食事の不満もなかった。拾っては食い拾っては食い、ただ季節の流れに身を委ねていた。

『漁師の行商が来るでゲソ、久々にエビにありつこうじゃなイカ!』

ボス格のミニイカ娘がそう告げると仲間たちはゲソー!と湧き上がり歓声を巻き起こす。
漁師とは泳ぎを習得し、文字通り【漁業】を営むオス-黒いミニイカ娘-の事だ。
努力次第で可能な芸当だが、普通のミニイカ娘はこれら漁師との取引でのみエビにありつける。
大量の海草や貝などがたった1匹のエビに化ける、不平等だが大事な取引だ。
皆で一欠けらずつ分け合い、たった一口のエビを噛み締めながら自分の存在理由を再確認するのだ。
オスにとっても無意味ではなく、イカスミで防腐処理された食料は冬場を凌ぐ大事な保存食で
秋の終わり頃を狙った漁師の行商は恒例行事だ。

『お主ら待たせたでゲソ、今年も大漁でゲソよ、さあどれでも選ばなイカ!』

黒い漁師がエビを引っさげ現れると互いの交易品の検分が始まり、ボスは真剣な眼差しでエビを選ぶ。
エビをそれぞれ持ち上げ、一番重量のある一尾を選び抜くと双方検分を終え調印する。だが…

「やめなイカ!こんな取引正気の沙汰じゃないでゲショ!」
『な、何を言うでゲソ新入り』
「皆で必死に集めた食料をこんな、これっぽっちのエビと交換だなんておかしいじゃなイカ!」
『おーおー、仲間割れでゲソかね?事前の意思統一の徹底が慣例だったはずでゲソが』
『商談成立後の異見は受け付けないでゲソが、契約は今年で打ち切らせてもらうでゲソ!』
『ま、エビ獲るくらい朝飯前とは頼もしい限りじゃなイカ、ゲッショショショショ…』

捨てミニイカ娘の抗議に怒ったオスはそう言い捨て、エサを荷車に入れ高笑いしながら帰ってしまった。
エビを普通の食料より下のものとしか見れない自分にとっては、真っ当な言い分であったが
大好物でありながら自力で得る術の無い野良ミニイカ娘にとっては、かけがえの無いご馳走でもある。
価値観が違うのだから互いの主張は平行線を辿るのみで、相互理解に行き着く由も無い。

『何してくれるでゲソか!年に一度の晩餐会を台無しにするなんて酷いじゃなイカ!』
「寝言を吐かすなでゲショ!あんなもん皆で分けたらひとかけにもならんじゃなイカ…」
『それでも…それでもエビは侵略者魂でゲソ、ミニイカ娘の魂でゲソ!』
『それも分からんお主は同胞ではないでゲソ、とっとと失せなイカ!』
「てやんでぇ、こっちこそ願い下げでゲショ!」

そうして初冬に差し掛かり冬眠の準備を目前にして、捨てミニイカ娘は孤立した。
最初は自分の信念に酔い、威勢の良かった捨てミニイカ娘だったが、冬の到来を告げる
細雪が降り出し肌寒さを覚えると、早くも決意は揺らぎ強気は鳴りを潜めてしまった。
何しろ巣作りのノウハウすら無いのだ、一人ではどうする事も出来ない。
そんな捨てミニイカ娘を尻目に、野良ミニイカ娘たちは既に巣の完成を目前にしていた。

「ごめんなさいでゲショ…謝るから巣の中へ入れてもらえなイカ?」
『寝言を吐かすなでゲソ!建設も手伝わずに入れるわけにはイカんでゲソ!』
「しょ、しょこを何とか…真冬になったら寒くて死んじゃうでゲショ…」
『だったら、お主の覚悟を見せてもらおうじゃなイカ!皆の衆それでいイカ?』

ボスはそう言い、捨てミニイカ娘にエビを1尾要求した。あまりの無理難題に抗議するが
ボスは好きにしろとだけ言い、一切譲歩をしない構えだ。
砂浜で途方に暮れていると、此間のオスとばったり出会った。触手にはエビが1本握られていた。

『ん、お主は…フンッ、此間はご挨拶だったでゲソね!こんな所で何を黄昏てるでゲソか』
「あ、あの時は悪かったでゲショ…実は」

捨てミニイカ娘はオスに事情を話す。孤立し無理難題を課せられた辛さと寂しさからか
気がつけば随分と話し込み家での出来事なども話していた。オスは聞き手に回り
ニヤニヤしながらも相槌を打ち、捨てミニイカ娘の話すに任せ、終わるとようやく腰をあげた。

 

 


『話は分かったでゲソ、まあそれは自分で何とかするしかないでゲソね』
「そ、そのエビわたしにくれなイカ?お金は働いて何とか払うでゲショ、ローンでも何でも」
『何言ってるでゲソ、自分で獲って見てからエラソーな口利かなイカ』
『しかしまあ、これもなんかの縁でゲソ。お主に良い物をプレゼントしようじゃなイカ』

オスはそう言い、自分の家へと案内した。それに付き従い物陰へ行くと
そこには黒く四角い小さな建物があった。そしてその横には小さな丸木の船があった。
真ん中にミニイカ娘1匹がスッポリ収まる座席のある、カヤックといった感じだろうか。

『昔は大工で生計を立ててたんでゲソよ、最初はコイツを使って漁をしてたんでゲソ』
『もう使わんから特別にお主にやるでゲソ、精々頑張ってエビを釣る事でゲソね』
『今日はもう遅いでゲソから、一晩泊まって明日漁に出るといいでゲソ』

そうしてオスの家に招かれた。入り口は引き戸で四方にも窓が1つずつあり
広い一部屋の真ん中には四角く掘った囲炉裏があり、オスは傍らにある火打石を激しく
打ち鳴らし、囲炉裏に火を灯す。部屋の隅にはベッドがあり、その下には何やら
地下室の入り口のようなものがある。居候の捨てミニイカ娘は床で雑魚寝だ。
囲炉裏で暖かいが布団も藁も無く、硬い床で寝心地が悪い。

朝になり起きると、寝たままのオスの触手が捨てミニイカ娘の体に巻きつき。
窓を開いてそのまま捨てミニイカ娘を外へ投げ捨て、窓を堅く閉ざしてしまった。
冬眠するから出て行けという事だろうか。入り口も堅く閉ざされ開かない。
外に出るとこの時期にしては快晴で、気温も波も穏やかと絶好の釣り日和だ。

「こいつで何とかエビ獲って来るでゲショ!」

捨てミニイカ娘は意を決し、10本の触手で船を漕ぎ漁に出た。
かつて飼われていた時もこんな風に船を漕いでいた事を思い出しながら。
改めて触手を見るとまるでパドルのような形だなと思いつつ、触手を水車のように
回転させながら微々たる前進を続け、陸が見えなくなった頃に数匹のエビと遭遇した。

「エ、エビじゃなイカ!早速捕まえ…あっ」

船から身を乗り出し海を覗き込むとエビは一目散に逃げてしまった。再び数度出くわすが
ミニイカ娘の鈍い運動神経では勝負にもならず、触手を向ける間もなくエビは潜ってしまう。

「これじゃ漁にならんでゲショ…このままじゃ冬眠出来ないでゲショ!」

困った捨てミニイカ娘は、ふと座席を見ると足元に何かある事に気づいた。
長く丈夫な糸の先には針金がついている。恐らくオスが使っていた釣り針だろう。
捨てミニイカ娘は、自分の付属品だったパラソルと組み合わせて即席の釣竿を拵えた。

「今度こそエビを釣り上げるでゲショ!」

釣り糸を垂らし待つ事5分、釣竿に衝撃走る!水面を除くとエビが釣り針に引っ掛かり暴れていた。
自分には興味のない食料だが、越冬を確約する大事な交易品を目前に胸が高鳴る。
しかし激しく右往左往する釣竿に、捨てミニイカ娘は体を振り回され船もグラグラと揺れる。

『ビビビビビビビバシャシャシャシャシャ!』
「コ、コラ。おとなしくしなイカ。あんまり揺すると船酔いしそうでゲショ…ウプッ」
「ゲショッ!オギョギョババブビャ!ギェピョッ!」

不安定な船上でエビと格闘した結果、捨てミニイカ娘は力比べに負け船は転覆してしまい
捨てミニイカ娘は海に放り出された。溺れて暴れた拍子に釣り針はエビから外れ
今度は自分の体に食い込み、釣り竿も1回転して元通り海に浮いた船に絡まってしまう。

「だ、誰か助けてくれでゲショー!アギョビャババブビャビャブブ!」
「イギョッ!グギョオガガギャヤアアアア!」

釣り針が腹に刺さり尚も暴れ続け、そのまま捨てミニイカ娘の腹は破けワンピースまで
一緒に剥がされてしまう。捨てミニイカ娘の周りは一瞬黒に染まるが、それもすぐ波に流され
元の青海原へと戻り、釣り竿の絡まった船と、ズダボロの捨てミニイカ娘と
ぶちまけられた内臓は、それぞれバラバラに波に流され離れ離れになってしまった。
外敵から身を守るワンピースを失った捨てミニイカ娘には、魚が群がり我先にと獲物を争い
跡形もなく食い尽くしてしまった。

『おや、これは私の船じゃなイカ、釣り針も。まさかあいつほんとにエビ釣ったでゲソか…?』
『釣り針にワンピースが引っかかってるでゲソね、大方溺れて釣り針が引っ掛かったんじゃなイカ』

冬眠から目覚めたオスは砂浜に漂着した捨てミニイカ娘の遺品を見つけ、呆れながらつぶやいた。
漁に失敗した敗者の残骸を尻目に、オスはそのまま今年最初の漁へと出かけていった。
(終わりでゲソ)

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・黒い帽子


「おう、タメ、ミニイカに気ぃつけて仕事しな」
「わかりやした、親方」

ここはとある海岸沿いの魚屋、気をつけるとは言うまでも無く、ミニイカ娘の盗み食いの事だ。
砂浜や海岸沿いがミニイカ娘の主な生息地という事実は広く知られる所だが、その生計は様々だ。
といってもそれは優秀な個体であるオス-黒いミニイカ娘-に限った話で、例えば通常泳げない
ミニイカ娘だが、そこに目をつけ泳ぎを習得し、漁師として生計を立てる兵も中には存在する。
他にも建築を習得し「家」を建てる代わりに漁師から海産物を譲り受ける職人もいるし
果敢に小動物に挑み「肉」を得たり、皮を毛布に加工し高値で取引するハンターもいて
ワンピースだけでは足りない冬場には、毛皮は貴重品として持て囃される。
また生息域を広げ、簡単な果実や作物の栽培に着手するフロンティアまで目撃情報がある。
イカスミは肥料であると同時に虫除けも兼ねるため、このような芸当も可能なのだ。
これらの取引は同じオス同士が主だが、メス-普通の白いミニイカ娘-が巣単位で取引する事もある。
もっとも普通のミニイカ娘に特殊な技能などあるはずもなく、それらの取引は余りにも足元を見た
不平等なものが常であり、皆で拾い集めたエサがたった数尾のエビや1枚の毛布と化すのが常態だ。
それでも自力で得られない貴重品は、ミニイカ娘にとっての生きる希望であるのも事実なのだ。

『ゲショ…ゲショ…ゲソソソソ…』
『ピギョッ!ウエエエエーピイィィィ』
『ビギャー!アエー、ゥエソオー!イヤアアー!』

親方に注意されるや否や、早速盗み食いに来たミニイカ娘が物陰に現れ、タメに捕えられた。
その数8匹だが、道路には黒と青のシミがいくつもある。盗み以前に道路の往復も
命がけのモノであり、首尾よく盗み食いが成功しても帰りに道路に海産物をぶちまける
死体も侭見受けられ、またよく滑るミニイカ娘の死体は時にスリップ事故の原因にもなる。
ここまで無謀無策の賭けに出るのも、エビ欲のなせる業であり、また技能を持たない
普通のミニイカ娘にはエサ拾い、他所の巣への略奪、そして人間相手の窃盗くらいしか
選択肢は無く、運任せで実入りも少ないエサ拾いは、往々にしてミニイカ娘を凶行へと走らせる。
盗賊が世界最古の職業というのはミニイカ娘も例外では無いようだ、オスとの格差は余りに大きい。

「で、どうしやす親方」
「おう、タメ、軒先に吊るして逆さにしな」
「ちょっと日本語変ですが、わかりやした、親方」

親方に言われ、タメはミニイカ娘の蛇足を紐で縛り軒先に逆さに吊るした。ミニイカホイホイを
仕掛けてはいるものの、捕獲率100%とは行かないので、こうして見せしめも備え付けて
ミニイカ娘を牽制する狙いだろうか。しかし吊るされたミニイカ娘はビャービャー泣き喚き
軒先に吊るす光景も異様なものがあるのか、客がざわつき始める。

「おう、タメ、お客様が驚いてるじゃあねえか」
「だって親方が吊るせって」
「まあいいや、わかりやした親方、裏に吊るしやす」

無茶振りもザラな親方への口答えもバカバカしいのだろう、タメはさっさと
ミニイカ娘を取り外し裏の物置へと向かい、そこへミニイカ娘を吊るした。
物置の内部に吊るせば防音にもなるだろう、そうして仕事へ戻り、1日が終わった。

「おう、タメ、信号に気ぃつけて家帰ぇんな」
「わかりやした、親方」

店を閉め、家路に着く。そして朝になり出勤する。そこでタメはミニイカ娘の事を思い出した。

 


「アッー!ミニイカ吊るしたまんまだった…だいじょぶかね、脱走してたらどうしよ」

逆さに吊るした所で触手で脱出して内鍵を開けて逃げるくらいは想像に難くない。
そのまま店に侵入し荒らしまわっていたら…タメは己の不首尾を嘆いた。が…

『ギュゥエゾ…ゲィィ…ビァ…』
「あ、良かった…そのまんまだったわ…って、あれ?これオスか?」

逆さ吊りのまま、息も絶え絶えなミニイカ娘を見てタメは一安心する。が、何かがおかしい。
よく見れば、イカ帽子が黒いではないか。昨日捕まえたのは言うまでも無くメスで
オスであろうはずが無い。オスは魚屋へ窃盗に入るなどまずしないし、仮にした所で
素人が捕獲するなど危険だ。それに良く見れば、ワンピースは白である。
昨日掴まえたミニイカ娘と考えるのが妥当であろう。何故イカ帽子だけが黒くなったのか。

「親方、これを見て下せぇ」
「おう、タメ、こいつぁオスじゃあねえか、気ぃつけな」

タメが事情を説明すると親方は頷き、イカ帽子とワンピースをまじまじと見つめる。
ワンピースは何の変哲も無い。がイカ帽子は良く見れば何か滲んだような黒なのだ。
やはりイカ帽子が変色したのだろう。二人はミニイカ娘を見つめ、しばし思案した。

「おう、タメ、8匹いるし1匹食いな」
「わかりやした、親方、ってマジで…」

親方も右手に1匹持っている、元々珍味で知られるミニイカ娘だから、食ってみれば分かると
言う事だろうか。渋い顔のタメを尻目に親方はイカ帽子に齧り付く。

「おうぅふ、タメぇ、ゥィヒヒヒ…ミニイカにひぃひ、気をつけてひひふ、仕事しなぁひひほ…」

いつもの口癖だが抑揚はおかしい。何か笑いを堪えてるような親方にタメは不安を隠せない。
黒いイカ帽子を食べて幻覚でも見ているのだろうか。食べても大丈夫だろうか…
しかし親方の恍惚とした表情は幸福に満ちたようにも感じられる。
元は珍味だし腐敗もしてない、大丈夫だ…そう自分に言い聞かせ、タメもイカ帽子に齧り付く。

「わ、わかりやしたぁははは…ウェヒヒヒ、お、親方あははひほへ…」

タメも壊れた、いや壊れてなどいない。黒いイカ帽子の何たる美味な事か。
全身を駆け巡る幸福が心も体も狂わす。ミニイカ娘の全身の旨味がイカ帽子に凝縮しているのだ。

「お、親方…わかりやしたよ、黒いイカ帽子の秘密が!」

イカ帽子が取れ露になったミソは、真っ黒になっている。そしてある仮説を立てたタメは
残ったミソをスプーンで掬い丹念に味わう。そうして桃源郷から帰ってくると
今度は残りの全身を水洗いしそのまま生で食った。

「やはりそうか、逆さに吊るす事で全身の旨味がミソとイカ帽子に凝縮されたんだ」

パサパサで不味い全身を食し、タメはそう確信した。残り6匹のミニイカ娘も一様に
イカ帽子とミソが絶品で、身はボソボソして食えたものではない。
この新発見を商品化しない手は無い、親方は早速懇意の水産業者へと電話を走らせた。

「しかしなんで触手あるのに脱出出来ないのかね」

それが出来たらこの発見は無かったし、今頃タメは親方にどやされていただろう。
仕事中そればかり考えていたタメは、改めて家で検証することにした。

『ヒュー、フュー、スー、ヒョー』

大声で騒がれては敵わないので、仕方なくタメはミニイカ娘の喉笛を掻き切り防音処置をして
逆さに吊るした。再現度は落ちるが現実的には仕方の無い妥協だ。タメはそのまま観察を続ける。
すると逆さに吊るされたミニイカ娘は、地面に向かって触手を伸ばし始めた。
吊るされて地面のほうを見ているからか、それとも安易に重力に従って下へ伸ばすのか。
紐を手繰り寄せて鋭利な歯で噛み千切る所に考えは及ばないようだ。
とにかく見える所に触手を伸ばしてもがくが、奮闘虚しく触手は空を切るばかりだ。

「いい事思いついたw」

タメは地面に取っ手をつけ、紐を伸ばした。地面までの距離はミニイカ娘の触手が悠々届く位だ。
ミニイカ娘は取っ手に掴まると、懸命に触手で我が身を引っ張る。

       ブチン!

防音のために施した首の切れ込みが広がり、そのままミニイカ娘の首が取れ、床に真っ直ぐ落ちた。
首が取れてもまだ息のあるミニイカ娘だが、首と別れた自分の胴体を見せるとショックの余り
そのまま息を引き取った。死んだミニイカ娘を食すが、その食味は普通のものだった。
(終わりでゲソ)

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・ふたりはミニイカ


ミニイカ娘は春先から晩夏にかけて産卵され、3ヶ月を海で過ごすと陸へ戻って一生を過ごす。
早いものは初夏に上陸を始めるのだ。そして今年の夏もミニイカ娘が砂浜へ戻ってきた。
1匹のミニイカ娘が上陸すると、そこにはたまたま空き瓶が捨ててあり
当面の寝床に丁度いいと入り込もうとするが、中には先客がいた。

「こんばんわでゲソ、わたしもこのなかにはいっていイカ?」
『ワタシもちょうどいまきたところでゲショ、おぬしもはいるがいいでゲショ』
「『それじゃおやすみでゲソ、zzz…』」

こうして二人は空き瓶に守られた安堵から、昼まで寝過ごした。体を揺すられ起きると
寝床にしていた瓶は人間の子供の手に持たれていた。子供はそのまま砂浜から町へと歩き出す。

「わ、わたしたちどうなるでゲソ…こわいでゲソー」
『いまにげてもあぶないでゲショ…とりあえずおとなしくしてるでゲショ』

やがて子供は家へ着き、自分の部屋の机に空き瓶を置いて部屋を出て行った。
瓶の口の高さは、成長途上のミニイカ娘の触手でも伸ばせば何とか届きそうだ。
子供が戻ってくる前にと、ミニイカ娘は脱出を図り触手を瓶の出口へと伸ばす。

「ンーッショ、ギリギリしょくしゅがでぐちにひっかかったでゲソ!」
『ハワワワワ…ビ、ビンがグラグラするでゲショ!』

縦置きの瓶はそのまま横倒しになった。冷静に考えればこれで高さの問題は消滅し
歩いて脱出出来るのだが、ミニイカ娘はパニックに陥りそのままジタバタ暴れてしまう。
そうして瓶は机から床に転がり落ちて割れ、破片は派手に四散した。

「ギョワワワー!な、なにがおきたでゲソ、なんなんでゲソ!」
『ピュイィィィ…はへんふんじゃったでゲショ、きれていたいでゲショ…』
「し、しっかりするでゲソ!…に、にんげんがもどってきたでゲソ、ハヮヮヮヮ…」

瓶の割れた音に泡を食って戻ってきた子供は両手に水槽を抱えていた。
割れた瓶を苦い表情で見つめていたが、やがてその渦中のミニイカ娘に気づくと
机から消毒液とガーゼを取り出しミニイカ娘の傷を消毒し、千切ったガーゼで幹部を覆い糸で縛った。

「わ、わたしたちをくったりするつもりはなさそうでゲソね…」
『けがのてあてしてくれたから、いいひとっぽいでゲショ』

ミニイカ娘の不安とは裏腹に子供に害意は無く、水槽に布団や玩具、食器等を次々設置して行く。
どれも新品ではなくやや使い古された趣だ。消毒の容器も良く見ると、イカ○○と書いてある。
どうやら以前にもミニイカ娘を飼っていていたのだろう。
勿論今は自分たち二匹しかいないので、この水槽の以前の主はもう死んだのだろう。
要は自分たちは、新しいペットとして連れてこられたのだと2匹は察した。

「エ、エビでゲソー♪こんなのはじめてでゲソ!」
『しょくじじたいはじめてでゲショ…ここにいればまいにちエビたべられるんじゃなイカ!?』

それぞれ同様にエビを盛られた2つの皿に出され、ミニイカ娘は目を星のように輝かせ皿に飛びついた。
が、子供の手がそれを制す。二匹一緒に同じ皿に飛びついたがそれが良くなかったようだ。
1匹は無地の皿、怪我した1匹は海老柄の皿を宛がわれる。皿の縁を見ると共に
イカ○○と文字が書いてあり子供は無地の方をイカ衛門、海老柄の方をイカ太郎と呼んだ。
ミニイカ娘もそれで皿の文字を理解したのかそのままそれをお互いの呼び名とした。

「うみからあがるとこんなすてきなところにすめるんでゲソね、いきててよかったでゲソ♪」
『どうほうはどこにすんでるでゲショ?みんなよそのおうちでゲショ?』
「どうでもいいじゃなイカそんなこと、それよりいっしょにあそぶでゲソ」

好奇心の強いミニイカ娘は水槽の中の玩具に興味津々で、次々品を変え一緒に遊ぶ。
1匹だと寂しいものも2匹一緒だと遊びのバリエーションも増え、水槽の中で退屈はしなかった。
時には子供の手と遊んだり、そのまま2匹一緒に肩に乗り公園に散歩に出かけ
遊び疲れると昼寝もして、夜になると子供に風呂に入れてもらい、エビを食べて寝る。
そんな極楽生活が2ヶ月も続き、季節は秋へと移ろう。そしてある日…

 


「水槽の中も飽きたでゲソ~、もっと自由に遊びまわりたいでゲソ」
『で、でも勝手に出たらご主人様に怒られるでゲショ…それにこの水槽意外と高さもあるでゲショ』

ミニイカ娘の10本の触手はそれぞれ自在に動き、身体能力の低さを補いあらゆる行動の基点となる。
あらゆる生物と比べても稀に見る万能性を誇る優秀な器官だ。だが所詮は5cmの生き物のそれに過ぎず
やはり限界はある。伸縮性も優秀で自身の3倍ほどの15cmも伸びるが、より大きな生き物から見れば
タカが知れているのも事実だろう。そしてその数字は、目の前の水槽の高さには遠く及ばない…

「わたしにいい考えがあるでゲソ…イカ太郎、お主の触手でわたしを目一杯持ち上げるでゲソ」
『で、お主がそこから更に触手を伸ばして縁に掴まるでゲショね…でも大丈夫でゲショ勝手に水槽でて?』
「心配いらんでゲソ、縁に上ったらお主を触手で引き上げるでゲソ」
『え、遠慮しておくでゲショ…』

単純計算では倍の30cmだがそれは机上の計算に過ぎない。だが水槽を越えるには十分な高さで
イカ衛門の目論見は見事達成される。時々は子供に乗って水槽の外にも出るが
その時はいつもリードで繋がれ自由とは言えない。だが今は自分自身の力で出て完全なる自由だ。
縄の縛めの無いイカ衛門はいつになく心踊り、嬉しそうに家中駆け回る。同じ場所でもその体感が違う。
イカ衛門はイカ太郎の事も忘れ、真の自由に酔いしれゲソスキップを笑顔で刻む。が、その時…

『マーオ、アオー、ファー、オアアアア…』
「ハ、ハワワワワワ…」
『ギャフベロハギャベバブジョハバ』
「ビギョーッ!ウギョギョギョギャビャー」

曲がり角でばったり猫と出くわした。この家の飼い猫だが子供の部屋には入ってこないので
間近で接するのはこれが初めてだ。だが猫はこの謎の生物に対し完全にケンカ腰で
イカ衛門に襲い掛かった。前足の一撃を間一髪かわすとイカ衛門は驚いてそのまま子供の部屋へと
逃げ出した。が、猫の俊敏性に敵うわけも無くそのまま壁際へと追い詰められてしまう。
逃げてきた道は、恐怖で失禁脱糞した茶黒い汚物の痕跡が刻まれ、饐えた磯の臭いも立ち込めている。

『マーオ、マーーオ、マーーーオ!』
「ど、どうすればいいでゲソ…ハヮヮヮヮヮ…」

猫は威嚇しながらゆっくりと壁際のイカ衛門へと歩を進め、口を開き噛み付こうとした。

「今でゲソ!これでも喰らわなイカ!」

ブビビビビュー!猫の口めがけイカ衛門はイカスミを目一杯吐き出した。初めて体験する
磯の風味に加え、広範囲に吐き散らされたイカスミは目の周りにも付着し猫は身を捩じらせた。
目の前の侵入者どころでは無く、猫は顔をこすり、イカスミの風味に耐え切れず嘔吐も始まる。

「チャンスでゲソ!ンキキキギギギ…」
『フギィー、オアアアアー』

イカ衛門が前足の裏側に潜り込み噛み付くと、猫は激痛に堪らずそのまま横に倒れ悶絶した。
イカ衛門も加減しているとは言え足を噛み千切るまでは行かないが、足からは血が垂れている。
やがて猫が大人しくなるとイカ衛門は口を離し、壁に床にとイカスミを吐き散らした。

「ガチャ、バタン、トットットット…」

猫とイカの死闘が終わった頃、家人が帰ってきた。子供が2階にあがると、赤と黒の汚れが広がる
光景を目の当たりにし、悲鳴を上げ家族を呼んだ。イカ衛門はそれを呆然と、やや得意げな顔で
見送った。が…

「ビタン!ビタン!バシッ!ヒュッ!ビタン!」
「オ゛ヴゥッ!ギェッ!オギョッ!グギョッ…」

子供の男親はイカ衛門と猫を見るなり、顔を紅潮させイカ衛門を掴み床に何度も強かに投げつけた。
怒声を発し女親と子供に指示を出してるようだ。女親は猫を拭いてケージに入れ、家を出て車を出す。
子供は血の海の廊下をひたすらに拭いている。男親はイカ衛門を縛り上げ水槽に放り込むと
子供と一緒に掃除を始めた。雑巾も、それを絞るバケツも際限なく汚れていく。

 


「ヴッ…グゲゾッ…な、なんでこんな目にあうでゲソ…」
『だから言ったんでゲショ…ご主人様と一緒じゃないときは水槽の中が安全でゲショ』
「な、縄を解いてくれなイカ…きつく縛りすぎで苦しいでゲソ」
『嫌でゲショ、解いたらわたしもお仕置きされるでゲショ…大体きつくて解けないでゲショ!』
「お、お主それでも同胞でゲソか…」

掃除が終わり夕日も沈み始めた頃に、足に包帯を巻いた猫を抱いた女親が帰ってきた。
病院で手当をしてもらい、異常も無かった様だが覇気は無く、弱って元気が無い。
声も出ない丸まった猫を家族は囲み、心配そうに見つめ頭を撫でている。
夕食が終わると子供はエビを盛った皿を運んできた、が皿は1つしかない。
イカ太郎と書かれた海老柄の皿だ。その意味を悟ったイカ衛門は青ざめ呆然とする。
子供は皿を水槽に入れると、瞬きもせずに水槽を見つめている。

「エビ半分くれなイカ…猫と戦ってお腹ペコペコでゲソ…」
『その猫と戦ったせいでこうなってるんでゲショ、あげたらわたしもお仕置きでゲショ』

手の届く位置で水槽を監視する子供の目が、イカ太郎の推測の正しさを雄弁に物語る。
イカ衛門を尻目にエビを貪るイカ太郎がエビを完食すると、丸々と転がったイカ太郎を皿に乗せ
子供は部屋を出て風呂場へと向かう。30分後、イカ太郎はパジャマ姿の子供の肩に乗り
部屋へ帰ってきた。湯上りで湯気もちらつかせるピカピカの同胞は血と墨まみれで
縛り上げられた自分と対照的だ。子供の机で遊ぶ笑顔のイカ太郎を見つめる
イカ衛門は己の惨めさに涙を滲ませている。
イカ太郎が水槽に戻され消灯しても、イカ衛門は縛られたままだ。
窮屈なまま寝苦しい一夜を過ごすと、イカ衛門は戦いの疲れもあり筋肉痛に苛まれ朝を迎えた。

『いただきますでゲショー、ンマンマ♪』
「ウグググ…ンギギギギ」

今日もエビは一皿にしか盛られていない。もはや自分はこの家のペットではないのか。
イカ衛門は屈辱と悲しみで歯軋りをする。がイカ太郎が食事も終わらないうちに
子供はイカ衛門を水槽から出し、そのまま手に持ち外へと出かける。

「ゲッショー、久しぶりの外でゲソ!どこかご飯食べにいくでゲソか!?」

イカ衛門は見当違いな希望に目を輝かせ、行く先を思い浮かべ心躍らせている。
が、しばらくするとある事に気づいた。この道は子供の家に連れて来られた時の道だ。

「ゲソ…?」

訝しがるイカ衛門を尻目に子供はやがて砂浜へたどり着き、海辺へと向かう。

「ウギョオォォォォォー!」

子供は縛ったままのイカ衛門を離すと、海へ向かって蹴っ飛ばしそのまま帰ってしまった。
ただでさえ泳げないミニイカ娘が縄で縛られ、海で抗う道理など無く
イカ衛門は波打つままに身を弄ばれ気を失った。

「…ウ、グョ、ゲ、ゲジョォ…オグゥ…」

気がつくと、イカ衛門は波打ち際に打ち上げられていた。どうやら元いた浜辺に戻ってきたようだ。
子供の脚力では飛距離も知れていて、すぐ戻ってこれたのだろう。相変わらず縛られたままだが
ひとまず命は助かり、ほっと胸を撫で下ろす。がこのままでは身動きが取れず死は免れない。
それどころかもがいても立ち上がる事さえ出来ない。依然変わらぬ絶望にイカ衛門はピィピィ泣き出す。

『…お主何してるでゲソか?これは流行の遊びでゲソか』
「あ、遊びじゃないでゲソ…助けてくれなイカ」

通りがかった見知らぬミニイカ娘に声を掛けられイカ衛門は1も2も無く助けを求める。
よく見ればミニイカ娘は1匹や2匹ではなく、周りからもイカだかりを嗅ぎ付け次々ミニイカ娘が集まる。
皆いつも平和な笑顔のイカ太郎と比べると、一様に精悍な表情で、ワンピースも薄汚れている。
助けを乞われるとミニイカ娘は数匹で縄を齧り出し、暫くすると縄はバラバラに解けた。

 


『で、お主何者でゲソ、見るからに怪しいでゲソね』
「そ、その前にお腹すいたでゲソ…昨日から何も食べてないでゲソ、何かくれなイカ?」
『何言ってるでゲソ、自分の食い扶持は自分で取ってこなイカ!』

そう言いつつも、ミニイカ娘は齧っていた海草を千切ってイカ衛門に差し出した。
イカ衛門は何のことか分からず戸惑うが、どうやら食えと言う事らしい。
早速口へと運ぶがあまりの不味さにイカ衛門は口をすぼめ、海草を吐き出した。

『察しはついてたでゲソが、お主捨てミニイカ娘でゲソね。どうでゲソ野生の食事の味は』
「やせい…?お主ら砂浜に住んでるでゲソか?」
『それが当たり前でゲソ、お主まさか民家に住むのが当たり前とか思ってなイカ?』

ペット生活が、エビが当たり前と思っていたイカ衛門にはショッキングな事実だ。
そしてつまらない好奇心からそれを捨てた事を、今見に染みて思い知らされ体が打ち震える。
同時に何かどす黒い炎が腹の中で燃え上がる感覚も覚えた。

『ま、お主もこれからここで暮らすがいいでゲソ』
「そうさせてもらうでゲソ…」

こうしてイカ衛門は野生の仲間たちと共に暮らす事になった。と言っても普段は各自気ままに
ぶらついてはエサを取ったり砂遊びしたり、適当な物陰を住処にするだけで
共同体とは言えぬほど緩い繋がりに過ぎない。
望外の自由を得たイカ衛門だが、エサ拾いは思い通りいかず、水槽の中でエビを与えられるがままの
不自由を早くも恋しく思うようになった。これが自由か、こんなものが自由であってたまるか!

『お主もいい面構えになってきたでゲソね』

家での思い出を胸に日々イライラと不満を募らせ過ごしていると、ある日そう言葉を投げかけられる。
雨上がりの水溜りを覗き込むとなるほど、周りの仲間と同じ顔がそこにはあるではないか。
すっかり野生が板につきイカ衛門は苦笑した。イカ太郎は今頃どうしているだろうか…
それも一時の感傷で、すぐ忘却へと去って行く。これから厳しい冬支度が始まるのだ。
冬の寒さと重労働で、巣が完成する頃には仲間の半分は死に絶えた。野生としてはペーペーの
イカ衛門だが労働は厳しくとも、なぜか寒さは我慢出来た。腹の底が燃えるのを時々感じるのだ。

『では皆の衆、春までおやすみでゲソ』

ボスの宣言と共に、皆長い冬眠につく。直前に腹いっぱいのエサを食い夢見心地だ。
…家での極楽エビ生活を思い出さねばだが。
一様に丸々太った同胞は、さながら肉布団といった風情でポカポカと暖かい。
冬眠が終わる頃には元の姿に戻っているだろう。

『ゲッショゲッショ、キャハ♪』
『ピョーピョピョピョピョ、エショー』
『ェゥー、ャェー、ァェェ』

冬眠中、イカ衛門は夢を見た。ミニイカ娘が、更に小さい2cm足らずのミニイカ娘と遊んでいる夢を。
夢の中で遊びまわる親子らしきミニイカ娘の笑顔が広がると、イカ衛門は目が覚め起き上がる。
冬だというのに体が熱くなり、寝汗をかいていたのだ。巣に貯めてある水で体を洗うと
イカ衛門は再び眠りにつく。周りの同胞は既に萎んでいるが夢見心地で冬眠の真っ只中にいる。
萎んだ物的証拠の黒い糞まみれとも知らず。イカ衛門は途中で目が覚め気づいた自分の不幸を呪った。

『おはようでゲソ…今年も1年頑張るでゲソ』
『イカ衛門がいないでゲショね…誰か知らんでゲソか?』
『先に起きたんじゃなイカ?我々もここを引き払い解散するでゲソ』

ミニイカ娘が冬眠から目覚めるとそこにイカ衛門の姿は無かったが、それを気にする者はいなかった。
強固な団結を見せるのは冬眠中だけで、それが終われば次の冬まで皆それぞれ気ままな生活を送るのだ。

「今会いに行くでゲソイカ太郎…わたしは確かめに行かねばならんでゲソ」

野生生活から此の方、イカ衛門は何度も何度も体が燃えるような感覚に苛まれた。
家にいた時は決して無かった感覚だ。家に行けば、イカ太郎に会えば何か分かる。
そう確信しイカ衛門は一度往復した道を、今度は自分の足で歩む。

 


「やっとついたでゲソ…実に半年振りじゃなイカ。何もかも皆懐かしいでゲソ」

帰ってきたとは言っても捨てられた身で帰参出来る訳ではない。ここへ来る事自体と
出来ればイカ太郎に会えたらとイカ衛門は期待を胸に庭へと入る。が…

             -イカ太郎の墓-

そう書かれた十字の墓標を発見しイカ衛門は愕然とする。自分は野生で冬を越したというのに
イカ太郎は暖かく豊かな民家で1年を待たずに死んだというのか!
しかしイカ衛門は動揺すると言うよりは、心の中で何かが弾む様な感覚を覚えた。
家のほうを見ると、茶の間で親子が3人寛いでいる。自分を拾った子供とその両親だ。
だが親子は人間だけでは無かった。なんとミニイカ娘の親子も3匹いるではないか!

「ど、どういう事でゲソか…イカ太郎は死んでるはず」

イカ衛門はミニイカ娘の親子を草陰からまじまじと見つめる。小さい2匹は一先ずどうでも良い。
問題は大きいミニイカ娘だ、何者だろうか、また新しく拾ってきたのか?

「わ、忘れるものかでゲソ…あのボケ面と、何より足に巻いた包帯は!」

間違いない、あのミニイカ娘はイカ太郎だ。そしてイカ衛門は確信と同時にある事に気づいた。
イカ太郎とは、この家で最初飼われていたミニイカ娘の名前でもあったのだ。
そしてそれを与えられた現イカ太郎と、与えられなかった自分…1匹だけ捨てられた自分…
気がつくと体は熱を帯び、窓ガラスにうっすら映った紅潮した自分…
怒りと嫉妬が黒く渦巻き燃え盛る、衝動が身を焦がすのを自覚せずにはいられない
子供はミニイカ娘の親子を外に出すと台所へと消えていった。

『ゲッショゲッショ、キャハ♪』
『ピョーピョピョピョピョ、エショー』
『ェゥー、ャェー、ァェェ』

冬眠中の夢を思い出す、冬眠を妨げた不愉快な夢を。燃え盛る炎の正体を確認した
暖かい家でぬくぬくと、家族まで作ったコイツと自分の差は何なのか。
イカ衛門が成すべきはただ一つ。自分ひとり幸せを貪る目の前のブタとその仔の抹殺のみ。

「死ぬでゲソ!」

そう言い、弾ける笑顔で遊ぶイカ太郎を触手で捕え締め上げる。顔はたちまち毒々しい紫に変色し
苦悶の表情へと変わっていく。イカ衛門の足元では仔ミニイカ娘が2匹
ピョンピョン飛びはね鳴いている。まるで目の前の暴力に抗議でもするかのように。

『な、何をするでゲショ!』
「そんな事知らんでいいでゲソ、死ぬでゲソ!」
『お、お主は何者でゲショ…誰が何の目的でこんな…』
「それでもお主同胞でゲソか、半年もすれば忘れるモノでゲソかね」
『イ、イカ衛門はこんな悪い顔つきじゃないでゲショ…』
「お主が平和ボケしすぎなんでゲソ、さっさと死ぬでゲソ!」

トドメを刺そうと意を決した瞬間、イカ太郎のイカスミがイカ衛門の顔を直撃し
怯んで触手が緩むとイカ帽子に噛み付きを一撃見舞う。しかし渾身の一撃で力尽き
イカ太郎はそのまま地面に突っ伏し絶命した。イカ帽子への一撃も浅く致命傷にはならなかった。

 


『ャェー、ェョー、ァェー』
『ゥュュ、ゥィー、ゥィー』

足元の仔ミニイカ娘がイカ衛門のワンピースに飛びつき齧っている。
イカ衛門はそれに気づくと怒って仔ミニイカ娘を払いのけた。

『ゥィィ…ヮヮ…ヮヮ…』
『ゥュュ…ェゥゥ…』

払いのけた衝撃で小さく薄い触手は引きちぎれ、蛇足は明後日の方向に折れ曲がっている。
噛み付きの見本とばかり、イカ衛門は仔ミニイカ娘の帽子に噛み付き引きちぎると
仔ミニイカ娘はそのまま萎んだ風船のようにペシャンコになり、干からび絶命した。
もう1匹はへたり込み、足元には小さな水溜りが出来ている。イカ衛門は木の切れ端を
拾うと怯える仔ミニイカ娘に向かって振りかざし、叩き潰した。

「墓も自分のモノになってよかったじゃなイカ」

先代の墓の傍に親子3匹の死体を打ち捨て、イカ衛門は家を後にした。
少々手傷を負ったが全身に篭った熱は発散され、春の陽気が心地よく身に染みるのを噛み締めた。

『お、イカ衛門じゃなイカ。どこ行ってたでゲソ?』
「なんでもないでゲソ…疲れたし寝るでゲソ」

説明しても回りくどく、誰かに話したい事でもない。イカ衛門は気だるい様子で物陰へと向かう。

『待つでゲソ!悪いけどボディチェックさせてもらうでゲソ』

ミニイカ娘の口調と気配が突如険しいものとなる。空気の変化はイカ衛門に警報を鳴らす。
チェックを嫌がるイカ衛門だが、追求は厳しく拒否も危険と、しぶしぶチェックを受ける。

『何でゲソ、この頭の歯形は…傷口にイカスミまで染みこんでるじゃなイカ』
『ワンピースにも穴があいてるでゲソね、この歯形は…』
『ワンピースの穴に触手の切れ端が掛かってるでゲソね、こ、この触手は…』
『どう見ても同胞と争った痕にしか見えんでゲソ、それも小さい仔とまで』
『同胞殺しの罪は死んで償ってもらうでゲソ、皆の衆殺るでゲソ!』

厳しい追求で罪を問われ、イカ衛門は惨殺の憂き目にあった。
水槽を脱出したのが悪かったのか、思い出に囚われ復讐の炎に取り付かれたのが悪かったのか
それともイカ太郎という死神に取り付かれ、どの道死は免れなかったのか。
欲求に忠実な烏賊生に悔いは無いと言い切るにはあまりに短い1年足らずの生涯であった。
(終わりでゲソ)

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・ワンピース狩り大作戦


「ちっまたかよ…何とかなりませんかねぇミニイカ様はよぉ…」

最近認知度も高まりつつあり、海岸によっては観光名物ともなっている
ミニイカ娘だがその夏になるとある問題が大量発生する。
ミニイカ娘のワンピースは、その名前に反し-当然の事ながら-肩から生える体の器官の一つで
丈夫で消化しづらく撥水性が極めて高いという特徴を持ち、外敵からの捕食や雨水などから
身を守る大事な器官だ。また冬場は厚みを増し、ささやかながら防寒具の機能も果たす。
逆に夏場は暑さを凌ぐため、ワンピースは「脱皮」により古い層を脱ぎ捨て薄手の物に
衣替えされるのだが、浜辺に大量に散乱するこの抜け殻が問題として取り上げられているのだ。
抜け殻と言えど前述の機能は健在で、浜辺の生き物が飲み込んだり、抜け殻が海へ流され
魚が飲み込んだりする事例が発生し、最近では市場の魚の腹からワンピースが出て騒ぎになった。
ワンピースは燃えやすいので焼却処分すればいいのだが、海岸清掃も隅々までは手が回らない。

「観光名物だからって、ねえ…我々の立場ってもんもありましてね。」
「駆除…は最後の手段として、私にいい考えがある。近々実行に移しますよ。」
「その言葉、悪い予感しかしませんが、まあ頼みますよ。」

海の家組合ではミニイカ娘を積極的に保護、活用して集客効果を高めてきたのだが
漁業組合からは度々話し合いが持たれ、問題の解決を要請されていた。
海の家側としても抗議を抜きにしても問題の解決は避けては通れない道で、現に清掃を励行している。
差し引きで言えばプラスでも、ワンピースの残骸は景観を損なうデメリットであり環境にも優しくない。

「で、何ですいい考えって?私も薄ら寒い予感しかしないのですが」
「ワンピース狩り作戦だ」
「狩るって、今までの清掃とどう違うんです?」
「読んで字の如く、ミニイカ娘のワンピースを狩るんです、直接ね」
「それって…ミニイカを剥いちまうって事スか!?頭痛くなってきた…」

脱皮するのだからその「元」を取り去ってしまえという、驚くほど単純な話だが
ともかく抗議に応じて実行に移すしかない。海の家はまず近隣のミニイカ娘を捕える事にした。
と言っても市販の徳用ミニイカホイホイに小エビを追加して、巣の横に置くだけの簡単な作業だ。
そうして二十数箇所仕掛け、実に1500匹ものミニイカ娘を捕獲した。
しかしこれらを手作業でワンピースを除去し、再び浜へ放さねばならないのでここからが大変だ。

「じゃ、こんな感じでやってもらうので、実際見て確認しようか」
「はぁ…」

会長はミニイカ娘を1匹摘み上げるとワンピースの正面から下へ真っ直ぐ刃を通し前を開く。
開いて脱がすと肩の生え際へ刃を当てワンピースを外す。
外した跡にはんだごてを軽く当てて焼入れすると「イギョアッ!」と悲鳴をあげる。
こうして二度とワンピースが生えないようにして、肩に軟膏を塗り水槽へ放り込み終了。
大切な白い服を奪われたミニイカ娘は、肌を晒して蛇足と膝を着き「ピィィー、ピィィー!」と
悲しみ叫んでいる。外されたワンピースの内側は、茶黒く薄汚れ排泄の跡などもハッキリと見える。
しかしそれにしても除去済みのミニイカ娘はビャーギャー泣き喚き煩い。まだ1匹だからいいが
これが10匹100匹と増していけば支障が出るのは明らかだ。指摘を受けると会長はミニイカ娘を
洗濯機に放り込み運転する。「ゲショオォォォ~」と人工の渦潮に翻弄されたミニイカ娘が
目を廻し気絶すると作業が開始される。皆黙々と会長の示した手順通り除去を進めていく。
はんだごてを当てると目を覚まし「ビギィエッ!」と悲鳴をあげるが一時の事で、また気を失った。

「あーこりゃ酷いな。浜に出せないしこっちに撥ねといて」
「すいません、これ結構難しいですね…ちょっと押し付けすぎただけなんですが」

除去作業のキモは1も2も無く肩の生え際の部分が全てだ。肩から外すのも
はんだごてを当てるのも、集中力と加減を擁し、どうしてもミスは出る。
遠めに分かるほどの傷物は軟膏でも取り繕えず、観光客の前には出せない。
半分近くが終わると除去済みのミニイカ娘も目を覚まし、一斉にビャービャー泣き出す。
体力も消耗しているので水槽に小エビをばら撒き、食べ終わるとまた洗濯機で気絶させる。
そうして1500匹の除去作業が終わったが傷物は300にも上った。
洗濯機で溺死したものも入れると実に2割弱が失敗に終わった事になる。


『ビャーヤ!ビャーギャ!ピイイィィィィー!ゲェーッショ、エウゥゥゥィ…』

ワンピースの除去はミニイカ娘に多大なストレスをもたらすため、すぐ浜に還す訳にはいかず
しばらく海の家に置く事にした。一方、除去に失敗したミニイカ娘は人前にも出せないので
作業の打ち上げと称してそのまま食べる事にした。300匹もエサを与えて遊ばせておく理由など無い。
失敗も半ば織り込み済みで、既に漁業組合の者も数名食事に招待しており今し方到着した所だ。

『オゥグアアアアゲィャー!』『ミギャアャー!』『ィエギイッ!』

歯をへし折り腕輪を切り落とし次々フライに、鍋に、刺身にしていく。
海の家でもミニイカ料理を出せたらなあと冗談を言い合うが、流石に一般客には出せない。
海の家側も漁業組合もミニイカ料理に舌鼓を打ちビール片手に談笑し、作戦の成功を祈念する。
一番人気はやはり「ミニイカ湯豆腐」だ。豆腐でサッパリしつつも中のミニイカ娘がほっこり
茹で上がりコクのある味わいだが、熱湯から豆腐の中へ逃れる仕草も目に楽しく、人気の秘訣だ。
今日はミニイカ娘が大量にあるので、四方から突っ込ませた「ミニイカ湯豆腐特盛」仕様だ。
漁師が考案した、サザエの殻を利用した「ミニイカ娘の残酷焼き」も殻が管楽器の機能を
兼ねるのか刺々しい叫び声がまろやかになり、また殻から僅かに飛び出た触手の力無い抵抗も
切なさを醸し海の家側から好評を博している。難点は殻に押し込む手間だがその価値はある。

『ピィィィ…エショッ…ャァァ…ィエビィ…ゲショォォ…』

大切なワンピースを剥ぎ取られたミニイカ娘たちは、お互い抱き合い悲しみを分かち合っている。
これも織り込み済みだが、しかし元気になってもらわないと困る。
エビも与えつつ数日が経つと、やがて境遇に慣れ表情も明るくなり、肩の傷も癒えた。
また「仲間」が大勢いる事もあってか「ゲショゲショッ!」と元気に遊びまわるようになった。

「ミニイカ娘だ!でもなんかいつもと違くね?」
「やだー、裸んぼー、でもカワイイー」
『ゲッショッ!ゲッショッ!エッビィ~、ギェビィ~、ピャッピャッ!』

かくして海水浴シーズンが訪れ、ミニイカ娘は浜辺へ解放されたが客の評判は上々のようだ。
これが最後の関門だったが、完全に杞憂に終わり海の家も皆ほっと胸を撫で下ろす。
当初裸はまずかろうと、何着か特注で「水着」を仕立て着せてみたのだが
ミニイカ娘は悉くこれを嫌がり脱ぎ捨ててしまったので、仕方なくそのまま海へ放す事にした。
確かに垢抜けた白のワンピースに比べ、貧相な肌色は砂浜にも同化しやすく見劣りは否めないが
その分普段より快活に動き回るミニイカ娘の姿がそこにはあった。夏場に限ればワンピースは
邪魔なだけで事実「脱皮」するわけだが、結果的に理想を言えば除去してしまって良かったのだ。
見劣りする分は元気さでカバーし、客足はむしろ物珍しさの分微増した位だ。

『アグ、ング、ング、ゲッショ、エビィ~、プハァッ!』
「何この腹、オッサンかよwミニイカおやじwww」
「プニプニして可愛いー、コロコロ転がってるしw」

おひねりのエビも例年より沢山貰い、砂浜には丸々と膨らんだ腹を擦る満面のミニイカ娘が
そこらじゅうに横たわっていた。服を着ていないため見っとも無さもひとしおだが
逆に親しみが沸いたのか、海水浴客は指で突いて転がして楽しんでいる。
海水浴客が帰りだすとエビを喰らい丸々と肥えたミニイカ娘は、ゾロゾロ歩き海岸の隅に集まる。
すると掘られた穴を中心に円を描き背を向けると、しゃがんで歯を食いしばり一斉にいきり始めた。

『ンーッショ、ンキキキ、ンググギギ…フンッショッ!』
「ブポッ!ブリブリブリブリブリ!モモモモモモモ!ボト…ボト…ピチョ…」
『ゲショア~…ハヒィ~、ピャーッピャ!ンショッ!エヘッ♪』

爆音と共に、砂に埋められたバケツに用を足した。ここはミニイカ娘用に設えた排泄所だったのだ。
無尽蔵の胃袋のため、5cmの体の割りに物凄い量で、50匹足らずでバケツを黒で満たしている。
中には便通の悪いものもおり、海の家の者が腹を指で押したり、正○丸や浣腸などで促している。
そうして用足しが終わると、ミニイカ娘は浅く水を張ってあるタライで体を洗い
飛び跳ね体を揮い、同胞と手を繋いで笑顔でゲショゲショと走り出し、巣へ帰って行った。
こういった躾やその後始末と世話も、地味ながら組合の大事な仕事である。
ワンピース以前にも様々な努力と問題解決で、浜辺を切り盛りしているのだ。
ミニイカ娘の人気と可愛らしさも、それを支える人間あっての物と言う事を忘れてはならない。

 

「いやあ、大成功大成功、自分で自分を褒めたくなるね!」
「さっすがー、会長はレベルが違うっ!」
「誰かさん、私のいい考えを散々酷評してたよなあ…誰だったっけ?」
「カンベンして下さいよ、今までいい考えが上手く行った験しがなかったんだからw」

こうして大成功のうちにシーズンは幕を閉じた。ミニイカ娘のエサも飛ぶように売れ
売り上げは前年度を上回り、抗議の声も見事抑え文句のないフィニッシュだった。
ミニイカ娘もご褒美に海の家から沢山のエビを貰い、笑顔で巣へ帰って行った。
翌年以降も好調を維持し続ければ言う事は無いのだが、このいい考えには思わぬ落とし穴があった。
秋のある日、台風が到来し暴風雨が続き、数日間冷え込みが続いたのだが…

『ハヮヮヮヮ…さ、寒いでゲショ…ゲホッ、ゴホッ、ゴボッ、コン、コン…』
『体拭かないと寒くて死んじゃうでゲショ…誰か葉っぱ持ってきてくれなイカ…お布団も』
『この雨じゃ葉っぱも濡れてて拭いても無意味でゲショ…というか巣から出れないでゲショ』
『すきま風がピューピュー吹いて寒いでゲショ…ワンピース着たいでゲショ…』
『ピイイィーッ!ゲェソオォォォ~』
『ハヮヮヮヮヮ…同胞が風で飛ばされたでゲソ、皆隅っこに固まるでゲソ!』

台風でミニイカ娘はすぐ巣に避難したのだが、僅かな間にもずぶ濡れになってしまった。
ワンピースの表面は水を弾き、また内側は水分や汗を吸い取ってくれるのだがその器官を
喪失しているため、台風の影響をモロに受け、風邪を引いたり凍死する者が続出したのだ。
暑い夏場はむしろ快適でも気温が下がり始めると、徐々にワンピースの必要性が出始め
ミニイカ娘たちは台風が去るまでの数日間を葉っぱに包まり巣で震えて過ごした。

『みんな、外を見るでゲショ!雨が上がって虹が見えるでゲショ!』
『ピィィ…やっと過ごしやすくなったでゲソ…しかし』
『同胞が沢山死んじゃったでゲショ…また台風が来たら皆死んじゃうでゲショ』
『しかし、冬眠にはまだ早すぎるでゲソ…どうすればいいでゲソ!』

やがて台風は去り、嵐の後の日本晴れとなりミニイカ娘の淀んだ心に光が差し込んだ。
が今回の出来事でワンピースの重要性を痛感し、遠くない冬の到来を皆憂うようになった。
暴風雨とは言えたかが秋雨で凍え死んだという事実。これでは冬場は全滅必至だ。
そこで近隣の巣同士で海辺に大集合し「ミニイカ集会」が開かれた。
ゲソッ…ゲソッ…とざわつく中、1匹が前に出て仲間に話しかける。

『先の暴風雨で我々は多くの同胞を失ったでゲソ、この国難を乗り切るにはどうしたらいイカ!』
『族長、ここは遠征をしてみてはイカがでゲソか?』
『それしかないでゲショ、他所の同胞からワンピースを奪う以外生き残りはないでゲショ!』
『決まりでゲソ、今日はゆっくり休んで明日遠征しようじゃなイカ!』

要は他所の海岸へ略奪に行くのだが、満場一致で遠征する事に決まると
明日に備え皆エサの食い溜めに走り、集団で魚屋へ盗みに入る者たちもいた。
翌日集合すると、大行列を成して遠征が始まった。やがて砂浜で遊ぶ数匹の
ミニイカ娘-勿論白いワンピースを着ている-を目撃すると連合は多勢でそれを囲んだ。

『ええべべ着てるじゃなイカ、お主ら』
『なんでゲショかアンタたち大勢で?何で服着てないでゲショ?』
『お主らの着てるのを寄越さなイカ!殺してでも奪い取るでゲソ!』
『ビョッ!な、なにをするでゲショ、おぬしらー!』
『に、逃げて知らせないとでゲショ…』
『そうはイカんでゲソ!ビギョギョギョー!』

こうして戦争の火蓋は切って落とされた、が急な敵襲、それも同胞の大連合が相手では
ひとたまりも無く、情報が駆け巡る前に無防備のまま、次々各個撃破されていった。
戦争は攻撃側の一方的勝利に終わり、防御側のミニイカ娘の負傷者が山高く積み上げられた。
後はワンピースを奪うだけである、がここで次の問題が起きる。


『…で、どうやって脱がせるでゲショ?』

ワンピースはミニイカ娘の被服であり、肩から生えている体の一部でもあるが
何よりその異様にデカい頭から脱ぐ事はサイズ的に不可能で、勿論下からも脱げない。
せっかくの戦果を目の前にミニイカ娘は立ち往生した。ワンピースを奪わなければ意味が無い。

『…首を狩るでゲソ皆の衆。頭が邪魔なら狩ってしまえばいいじゃなイカ』
『ピィッ!?し、しかしそれはあまりに…』
『じょ、冗談はやめなイカ!?こ、殺さないで欲しいでゲショ…』
『問答無用でゲソ。ワンピースが無ければ我々が凍死するでゲソ。1-1=0で推定無罪でゲソ』
『そ、そんな理屈で納得するめイカ!』

海の家では前から開いて除去したが、着衣として奪う場合そうもいかないので
やむを得ず同胞の首狩りが始まる。エビの殻も食い破る丈夫な歯を同胞の首に突き立て
次々首を落とし、ワンピースを脱がしていった。砂浜はミニイカ娘の首が無数に転がり
その返り墨を浴びた真っ黒なミニイカ娘が、死体から服を引き剥がす地獄にに成り果てた。
そうして同胞の首を刎ね、ワンピースを引き剥がしたが、ここでまた問題が発生した。

『…で、どうやって着るでゲショ?』

頭が異様にデカいのは自分たちも一緒だ、勿論下から履くのも少々無理がある。
戦利品を獲たミニイカ娘の目標に立ちはだかる、最後にして最大の難関。
結局自分たちは凍死するしかないのか、そう諦め掛けた時大将の号令が掛かる。

『ダイエットでゲソ!エビ断ちでゲソ!ミニイカブートキャンプでゲソ!』
『ゲショオオオオオオオオオオオーーーー!!』

要は痩せて下から履こうという算段だ。頭から着るのは絶望的で、まだマシな下に賭けるしかない。
こうしてミニイカ娘たちは早速、駆け足で遠征地を後にした。
いつもならダラダラ散歩や砂遊びをするだけのミニイカ娘が、イカ帽子に汗してゲッソゲッソと
砂浜を駆け巡り、二匹一組でエクササイズに必死で取り組み月日は巡る。
過酷な目標に音を上げ斃れる者も続出したが、それでも冬に向けての取り組みは続いた。そして…

『み、皆の衆…見るでゲジョ…は、入った…でゲ…ジョ…』
『や、やった…でゲ…ゾォ…』

体はゲッソりとやつれ、それでも無理やりながら何とかワンピースを履く事に成功したのだ。
生き残ったミニイカ娘は皆沸き起こる元気もないが、未来へと希望を繋ぐ出来事を祝福した。
これで冬も何とか乗り切れる。だがここで、またしても予想だにしない問題に見舞われた。

『…ブカブカでゲジョ』

人間であれば上着は頭から着るが、今回ミニイカ娘は痩せて下から上着を履いたため
そのままでは当然下へ脱げてしまう。触手を腰に巻いたがやはり上はブカブカで脱げてしまい
腰から上は何も着てないのと一緒だ。しかしここさえ乗り越えればもう心配事はないだろう。

『リバウンドを制する者は海を制す、でゲジョ…』

痩せた分は食って戻すという、あまりに単純な理屈だ。しかしヘロヘロのスタミナで
ブカブカのワンピースを触手で抑えながらの捕食活動はいつもの半分以下の能率で
食い戻すどころか、糊口を凌ぐのがやっとだ。懸命にエサを拾い続けるが
体は中々戻らず、徒に時は過ぎた。そしてある日、ささめ雪が降り冬の到来を
ミニイカ娘にも告げた。今のミニイカ娘にとって、死の宣告にも等しい冬の到来を。

『も、もう一発逆転に賭けるしかないでゲジョ…魚屋へエサを獲りに行くでゲジョ…』
『我と思わん者は一緒についてくるでゲジョ…』

冬が到来し冬眠の巣作りに入らねばならないが、過酷な作業に備え腹いっぱいのエサが必要だ。
だがヒョロヒョロの体を維持するのがやっとの食事では、とても作業には耐えられない。
ミニイカ娘は捲土重来を期し、魚屋へ忍び込むべく道路を渡った。


『ゲッショ~♪エビがたくさんあるでゲショ!魚も!』
『これを全部食えば元気モリモリ、冬眠も楽勝でゲソ…』
『魚屋を前に散った同胞の供養のためにも、食って食って食いまくるでゲソ!』
『ボス、こっちを見るでゲショ!この倉庫にはエビばかりがあるでゲショ!』

魚屋の隅っこにはエビの入った小さい小屋があり、人間の目からは完全に死角になっていた。
ミニイカ娘は一斉に小屋の中へ飛び掛り、エビを貪った。

『ゲショー♪ンマンマッ、ピイィー♪』
『ンショッ!ンギギギギギ…か、体がくっ付いて動けないでゲショ!』
「やれやれ、ほんとエビ仕掛けると簡単に引っかかるのな、拍子抜けしたぜ」
「おめーら秋口にも店荒らしてくれたよな?そう何度も同じ事させっかよクソが」

小屋は魚屋が仕掛けたミニイカホイホイだった。まんまと引っかかりミニイカ娘は囚われの身となった。

『ハヮヮヮヮヮ…ゆ、許してくれでゲショ…もうしませんでゲショ』
「殺しゃしねーけどな、二度と舐めた真似出来ないように見せしめになってもらおうじゃねーか」
「ってか何だこのダボダボの服。邪魔だこんなもん」

そう言い、魚屋はワンピースを引き裂き、ボコボコに殴ると針金を短く切ると火で軽く熱し
ミニイカ娘の両腕を広げ右から左へと針金を差し込んだ。

『ミギイィィィィー!!!』
「腕輪に通す感じでやると上手くいくのな、二度と悪さできねー様に触手にも針金通すからな」

魚屋は針金を10本に切り、1本1本針金を通していく。触手は痛覚も鈍いのか悲鳴は上がらなかった。
が針金のせいで両腕は広がったまま、触手も自在の動きを阻害され用を為さない蛇足と化した。
行きは6匹もの犠牲者を出した道路だが、帰りは魚屋に送られ安全に浜に帰る事が出来た。

「そーら、帰ってお仲間にも見せてやんな、おニューの触手をよ!ハハハハハハッ!」
『ピイィィ…痛いでゲショ、触手動かないでゲショ…どうしたらいいでゲショ…』

魚屋はミニイカ娘を浜に打ち棄て蹴り飛ばすと、そのまま店へと帰っていった。
巣へ返るとワンピースを失い、両腕を広げたままの変わり果てた同胞に皆動揺を隠せない様子だ。

『さ、作戦は失敗でゲソ…無念でゲソ、人間どもめ…』
『こんな酷い仕打ちあんまりでゲショ…私たちが何をしたというでゲショ!』
『奥まで刺さって針金抜けないでゲショ、これじゃ何も出来ないじゃなイカ…』

せっかく手に入れたワンピースも奪われ、満足な食事も得られず巣の工事も全く進まず
物陰に軽く穴を掘って葉っぱを被せただけの巣で冬眠を強いられたミニイカ娘は
結局冬の寒さに耐えられず年も越せずに全滅した。最後は共食いにまで手を出したのか
針金の刺さった死体も野ざらしで浜辺の風に流されていた。
翌年、観光名物を失った海の家組合が大赤字を出したのはまた別の話である…
(終わりでゲソ)

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・侵略!ミニイカ娘


『ゲッショ、ゲッショ、ンッショ、ピヒィー…ひっふっはっひっは…』
『お主ら、もう一息で巣も完成でゲソよ、後少し頑張るでゲソ』
「ゲッショ、ゲッショ、ンッショ、ゲッショ…」
『チッ、他所の巣の者もこの餌場にいるでゲソか、皆の者追っ払うでゲソ!』

今年も冬が訪れ、ミニイカ娘の冬支度が始まる。適温が人間に近いミニイカ娘も
流石に冬の寒さには耐えられない為、寒気の入りにくい巣を掘り春まで冬眠するのだが
その営巣も気の抜けない命懸けのものだ。労働力不足で建設が間に合わなかったり
途中で外敵に巣を破壊されたり、完成しても弱い個体は餓えや寒さに耐えられずに死んだり
手抜き工事の為崩落して生き埋めになったり、冬眠中に襲撃を受け全滅する事も少なくない。
この時期だけはたとえ同胞でも、他所の巣とは敵対に近い中立関係になり資源戦争も起きる。
ここはそれほどまでに厳しい野生なのだ。生存戦略に絶対など、絶対に無い!

『ゲッショッショショ、おとといきやがれでゲショ~!』
「ピイィィー、ビャワアアアアアー!」
『プヒィー、今年は不漁でゲソ…と言っても去年を生き延びた同胞は10匹足らずでゲソが』
『センパイ、ワタシもフユをこせるでゲショか?フユもトウミンもコワイでゲショ…』
『しっかりしなイカ!お主ならやれるでゲソ!今だって敵を追っ払ったじゃなイカ!』
『センパイのおともだちのぶんもワタシ、セイイッパイいきるでゲショ!』
『そしてらいねんになったら、いっぱいいっぱいタマゴをうむでゲショ!』

毎年、多数のミニイカ娘が死んでは海から新しいミニイカ娘が上陸する。一度の産卵で
孵化する300匹も、海から陸へ戻ってこれるのはその1割、その1割も上陸直後の昼寝中に
半数近くが外敵の餌食になると言う。そうして陸の仲間の巣へ転がり込んでも冬を越せずに
やはり半数は死んでしまう。150年の寿命もそれを全うする個体は野生では稀である。
今年やってきた新ミニイカ娘も、一冬乗り越えた古参のミニイカ娘も次の春を迎えられる
保障はどこにも無い。生き延びたければ今出来る事を必死にやるしか無いのだ。
そうして作業を続けていると、この時期滅多に見ないはずの人影が3つ、こちらへ近づいて来た。

『ビョッ!こ、こんな時期になぜ人間が…と、とりあえず隠れるでゲソ!』
『セ、センパイ、コワイでゲショー!タスケテでゲショー!おうちカエリタイでゲショー!』
『し、静かにしなイカ!見つかったらどうするでゲソ!』

砂浜で餌を集めていると子供が3人足元を見ながらうろついている。魚屋の親父に入れ知恵され
ミニイカ娘で遊ぼうとしているのだ。ミニイカ娘は集めた餌を撒き散らしながらも物陰に隠れた。
ミニイカ娘のファンシーな外見と、人に媚を売るかのような豊かな感情表現からは
野生の厳しさを感じ取るのは確かに難しい、ましてや義務教育も終えていない子供には。
しかしミニイカ娘も、冬の寒さから自分たちの生活を守るため必死に戦っているのだ。
大人や生き物の苦労を知らない子供は、時にどこまでも残酷になれる悪魔の様な存在でもある。
子供たちは、撒き散らされた餌を追跡すると、物陰からのミニイカ娘の声に感づいた。

『み、みつかったでゲショー!イヤでゲショしにたくないでゲショ!ビャアアアアア!!』
『お、お主ら落ち着かなイカ!私が逃げたらお主らは反対側へ逃げるでゲソ。いいでゲソね』

古参のミニイカ娘が外へ走り出すと、新ミニイカ娘は3匹一緒に反対側へ逃げ出した。
しかしこれがいけなかった。ミニイカ娘と言えど野生で組織を形成する場合
ある程度の組織プレーを身に着けずして生き残りは覚束ない。外敵に襲われた場合
共倒れを防ぐため散開して逃げる事と、巣へは絶対に逃げない、という鉄則があるのだが
未熟な新ミニイカ娘たちは思わず自分たちの巣へと逃げ帰ってしまったのだ。

『ピィー、ハヒィー、タスケテでゲショー』
『お、お主ら何やってるでゲソか!』
『ボ、ボス…外に人間がきたでゲソ…』
『何尾行けられてるでゲソか、この下足野郎!』
『もうこの巣は終わったでゲソ…皆解散でゲソ、息災を祈るでゲソ!』

 


子供二人は新ミニイカ娘を追いかけ巣にまで行き着いた。穴からはゲソゲソと争うような
声が聞こえてくるが、子供の手が入るほど大きくはない。子供たちが巣に爆竹を放り込むと
中から炸裂音と「ギョワーギャワー!」とミニイカ娘の叫び声がが響いてくる。
次はバケツに汲んできた海水を巣に注水する。巣の中を満たそうとする海水に危機感を覚えた
ミニイカ娘は堪らず外に逃げ出すが、最後は小エビと粘着シートの出番だ。

『ゲッショー♪ピャッピャッピャ♪』
『ピョッ!ンギギギギギ…ンーショ、ンーッショ、グギョギョギョギョギョ!』

小エビに誘導されたミニイカ娘は目を輝かせ、次々と粘着シートに飛び掛りバタバタと
ミニイカ娘の山を築き全員捕獲された。捕獲が終わり子供たちが巣をスコップで掘り返しすと
大きく膨らんだミニイカ娘の溺死体が5体ほど出土した。子供たちはしばし巣の内部を観察し
嘆息を漏らすとスコップで破壊し溺死体ごと跡形もなく埋めてしまった。

『巣が…私たちの巣があああああ~あんな頑張ったのに何で、何ででゲソォーーーーー!』
『もうイマからつくりなおしてもまにあわないでゲショ…サムクてしんじゃうでゲショ…』
『お、お主らが巣に逃げてくるからじゃなイカ!死んで償えでゲソ!』

2週間もの間、死者も出しながら皆で必死に掘り続けた巣。それを理不尽に奪われた絶望は大きい。
だが冬の心配など無用かも知れない、早くも粘着シートで口を塞がれ窒息死したミニイカ娘もいる。
子供たちは粘着シートにくっついたミニイカ娘を無理やり引き剥がし、テトラポッドに投げつけたり
爪楊枝で目を抉ったり、蛇足を引きちぎったり、海水を無理やり飲ませ破裂させたり
ライターで炙ったり、触手やワンピースを切り刻んだりとイタズラの限りを尽くした。
粘着シートにはミニイカ娘の皮膚やイカ帽子がそこかしこに張り付いており、粘着力を物語る。

『ハヒィー!た、助けてくれでゲソー!ギョワアアアアア!は、離さなイカ!』

その頃、一人反対側へ逃げた古参のミニイカ娘ももう一人の子供に捕らわれていた。
そこは偶然か、他所のミニイカ娘の巣が目の前にあり、穴からはゲッショゲッショと歓声が聞こえる。

「皆よく頑張ったでゲソ、地下室の完成を祝い3本締めで締めようじゃなイカ!」
「ピョーオッ!ゲソソッゲソソッゲソソッソ、ピョ!」
「ゲソソッゲソソッゲソソッソ!ピョ!」
「ゲソソッゲソソッゲソソッソ!!」
「やったでゲショー!これでこの冬も安心でゲショ!」
「安心するのはまだ早いでゲソ、水汲みとエサ拾いと寝藁集めがもう少し残ってるでゲソ」
「それが終わったら後は入り口に鎌倉を作り、冬眠に入ろうじゃなイカ!」

どこの巣も工事が先行し、物資がやや不足気味だ。イカスミと泥で汚れたミニイカ娘たちは
休憩が終わったら再び物資の調達へと発ち、終わればいよいよ冬眠に入るであろう。
子供がミニイカ娘を握ったまま巣に近づくと、ミニイカ娘の拒絶反応が一層勢いを増した。
それに気づいた子供はある仮説を立て、一案を思いつく。

『ま、まさかこいつ…それはヤバイでゲソ、よそ者が巣に入り込んだら大事でゲソ…』
『こうなったら奥の手でゲソ…悪魔の子よ、正義の鉄槌を受けるがいいでゲソ!』

ミニイカ娘も気配の変化を感じたのか、出し抜けに子供の顔にイカスミを吐き掛け脱出を図った。
がその浅慮な行動は結実せず子供の怒りを買い、また仮説の確信を深める結果に終わるだけだった。
ミニイカ娘は普段は巣など関係無しに交流したり、自由に集合離散もするが、冬眠に際しては
巣単位で団結して建設に従事するため、この間は冬支度に集中し他所と交流を断つ習性がある。
それもボスの方針次第ではあるが、要は建設に従事しない者を巣には受け入れないと言う事だ。

『ピィィ…そ、それはマジでやめなイカ、戦争になるでゲソ!ゲ、ゲショオオオォォォォ~』

ミニイカ娘は巣穴へ投げ込まれ、階段をゴロゴロ転がり貯水槽に突っ込み水しぶきをあげる。
巣で宴会中のミニイカ娘たちだが野生動物のカンは健在で、この異常事態を即座に察知した。

「お主何者でゲソか!…シバエビ巣の者が一体何の用でゲソ」
『ハヮヮヮヮ…こ、これはその…に、人間がやって来たのを教えようとしたのでゲソ!』
「ウソつくなでゲソ!大方作業が遅れて盗みに入っただけじゃなイカ?」
「同胞よ、不埒な侵略者を血祭りに上げるでゲソ!」
『ピィー、や、やめなイカ!ギョヤアアアアビャガアアアア!』

 


皆で懸命の作業の末作り上げた巣に侵入され、怒り心頭のクルマエビ巣のミニイカ娘たちは
侵略者を触手で締め上げバラバラに引き裂き殺してしまった。クルマエビ巣のボスは
死骸を手に側近を連れて、シバエビ巣へと抗議に出掛けるが、そこにはある筈の巣が無く
代わりに巣の跡地で手を突き途方に暮れる、傷だらけのミニイカ娘たちがビャービャー泣いていた。

『ピイィィ…、この先生きのこるにはどうすればいいでゲショか…』
「2週間ぶりでゲソねシバエビ巣の者ども。所で何してるでゲソか、巣は完成しなかったでゲソか?」
『ピュィィ…に、人間に巣を壊されたでゲショ…助けてくれなイカ?』
「フンッ、盗みに入った挙句助けを求めるとは侵略者の風上にも置けないクズイカどもじゃなイカ」
『ピョッ!しょ、しょんにゃ…セ、センパイが他所に盗みに入るなんて何かの間違いでゲショ!』
「現行犯逮捕でゲソよ、使者ならエビ1尾を手土産にという慣例を知らないとは言わせないでゲソ」
「お主らの事情など知らんでゲソ、それより3日以内にエビ3尾持って詫びに来なイカ!」

そう吐き捨て、クルマエビ巣のボスは死骸を投げつけ巣へ帰っていった。
人間たちのあまりに気まぐれで残酷で仕打ちに加え、同胞に突きつけられた
無理難題にシバエビ巣のミニイカ娘は膝をつき、再びビャービャーと泣き続ける。
絶望に打ちひしがれていても時は進まないのだが、現実問題今から2週間の作業に耐え
且つ3尾のエビを確保する根拠は何も無い。とりあえず穴を掘りチラシで上を覆ったが
これでは今は良くても本格的な冬が訪れたらとても耐えられない。
ミニイカ娘は途方に暮れたまま一夜を明かした。残された猶予も手段も、決して多くは無い…

『皆の衆、もはや我々にはクルマエビ巣への侵略以外、残された道は無いでゲソ』
『ボ、ボス!外に来てくれなイカ、凄い物があるでゲショ!』
『これは…武器でゲソか?食料もあるではなイカ!それにしばらくならこの建物で休めるでゲソ』
『決まりでゲソ!これから英気を養い昼にクルマエビ巣を侵略しようじゃなイカ!』

朝になると巣の前にはダンボールハウスが置いてあった。中にはラジコンに定規
輪ゴムに待ち針、スーパーボール、ライター、そして少々のエビが入っていた。
魚屋の親父の入れ知恵で、子供たちが用意したものだ。
思わぬ僥倖にミニイカ娘たちは大いに沸き、生来の侵略者魂に火がつき戦争の機運が高まる。
そして正午、ミニイカ娘たちはダンボールハウスに火をつけ背水の戦いを挑むべく陣を敷いた。
ラジコン戦車1両、輪ゴム砲4門、待ち針槍兵4騎、スーパーボール10発、火炎放射器1丁が全戦力だ。
子供たちが双眼鏡越しに見守る中、いよいよ生存を賭けた侵略戦争が始まる。

『クルマエビ巣の同胞よ、よく聞くでゲソ。我々はお主らに巣の割譲を要求するでゲソ』
『我々は人間のために巣を失ったでゲソ、この非常時に助け合うのが同胞の務めと心得るでゲソ』
『もし我々の要求が受け入れられない場合、軟体動物門頭足綱十腕形上目…』
『シンリャクイカ目の端くれとして、この巣を侵略してやるでゲソ!』

クルマエビ巣は100匹の大所帯だが、そこから更に40余匹を今から受け入れる余裕はどこにもない。
戦争になろうがなるまいが、どのみちあぶれた40余匹は死、あるいは放逐を余儀なくされるのだ。
シバエビ巣の余りに身勝手な要求を受け入れる道理は無く、これが両巣間の戦争の合図となった。

『ボールと槍兵、火炎放射器で敵を巣の外にいぶり出すでゲソ!』
『そこを輪ゴム砲で蜂の巣にし、このイカ戦車ハイベリオンで伸しイカにしてやるでゲソ!』

巣にボールを投げ込み、槍兵が突入しライターで威嚇するとクルマエビ巣のミニイカ娘は
たまらず外へ逃げ出す。巣から出てきた敵も待ち伏せして定規で引き絞った輪ゴム砲で狙撃すると
早くも10匹ほどに命中し、満を持してラジコン戦車が次々とミニイカ娘を踏み潰して行く。
戦車の威力は圧倒的でクルマエビ巣はこの超近代兵器の前になす術も無いかのように見えた、が…

 


「ピイィィー、たすけてゲショー!」「ピギョッ!」「ブギャッ!」「ギェビッ!」
『ゲッショッショショ、圧倒的ではなイカ、我が軍は!』
「ガガ…ギギギギギ…シュンッ…」
『ハイベリオン、動かなイカハイベリオン、なぜ動かんでゲソ!』
「お主らにはわからんでゲソか、戦車に染み付いたイカスミを通して出る同胞の怨念が」
「お主らのようなイカはクズイカでゲソ!生きてちゃいけないイカでゲソ!!」

20匹ものミニイカ娘を轢き殺した結果、故障しただけだがともかくシバエビ軍は戦車を失い
残り80匹を相手にせねばならなくなった。槍兵とライターは健在も、輪ゴム砲も払底し
倍の相手を倒すほどの決め手に欠け、数で圧倒されライター以外全ての武器を奪われ
撤退しなければならかった。結局、シバエビ軍は5匹を残して全滅し敗走した。

「ウギギギギ…い、痛いでゲショ。め、目が見えないでゲショ…」
「触手が動かないでゲショ…戦車に撥ねられてから体が言う事利かないでゲショ…」
「ピイィィィー、ママがしんじゃったでゲショー!なんでセンソウなんかするんでゲショ…」
「し、死ぬ前にエビ…たべたいでゲ…ジョ…」
「うっぶ…オーゲロゲロ、オーゲボゲビョ」
「ゲェジョ…く、臭いでゲジョ…こんな所で冬眠とか無理でゲジョ…オゥップ」

一方クルマエビ軍も死者35匹、負傷者50匹と多大な被害を被り追撃どころではなかった。
追撃を諦め冬眠に入るが、団子になって寝静まる例年と違い、負傷者たちがのた打ち回る
野戦病院さながらの様相を呈している。内臓をさらけ出す者や、嘔吐や失禁する者も
多数いて、通気の悪い巣内は強烈な腐臭と磯の臭いが入り口からも立ち込める有様だ。
数日後、結局元気な15匹は死傷者を巣ごと放棄し、鹵獲した武器を手に新天地を求め
侵略戦争に繰り出した。ミニイカ娘の歴史は繰り返される…

『うう…侵略も失敗していよいよ住む所にも事欠くありさまでゲソ…』
『で、でもボス。この火炎放射器で火を熾せば暖かいでゲショよ』
『そ、その手があったでゲソね!今から突貫で鎌倉を作り冬を凌ごうじゃなイカ!』

一方、敗走したミニイカ娘は掘り起こされた巣の跡地に鎌倉を作った。
鎌倉の中には簡単な囲炉裏も作って火を熾し、5匹で暖を取る。
燃料の調達は骨が折れたが頑張って一冬分なんとか集めた。
火をつけたまま冬眠は出来ないので食糧問題が発生したが、そこは自切した触手に火を通し
食べる事で解決を図った。共食いは消化の問題もあり基本的にできないが
触手は火を通せば何とか食べられるのだ。急造の巣だが火のおかげで思いの外快適で
ミニイカ娘は惨事の後にも拘らず、思わずゲソゲソと笑顔で喜んだ。

『普通の巣よりポッカポカでゲショ~♪私たちは幸せ者でゲショ!』
『触手も火を通せば食えなくも無いでゲソね』
「ドサッ、ドサッ、ペタッ、ペタッ、ゾリッ、ゾリッ…」

ミニイカ戦争の見物から戻った子供たちは、巣の跡地に新しく出来た鎌倉に気づくと
土で入り口を固め塞ぎ、鎌倉の上に穴を開け油を注いだ。
瞬く間に火は燃え広がり中は文字通り火の海となり、穴からは煙がモクモクと舞い上がった。

『ビギョー!な、何でゲソか、敵襲でゲソか!!』
『ボ、ボス!入り口が塞がれてるでゲショ…どこにも逃げられないでゲショ』
『ヴァッチャッチャチャビギェー、ウギョギョギャソオオオオー!!』
『し、死にたくないでゲショー!何で火がこんなに燃えてるでゲショ!』
『あ、ああ、ワンピースに火が燃え移ったでゲソ!アジャジャギャィェー!』
『け、煙で息が出来ないで…ゲ…ジョ』

煙が止み、鎌倉を壊すとそこには触手の先が切れたミニイカ娘の焼死体が5つ出来上がっていた。
火という文明の力を得たミニイカ娘だが、その恩恵は長くは続かず、逆に自分の身を焼かれた。
冬の寒さ、他所の巣との資源争い、気まぐれな人間、それらに翻弄されるミニイカ娘は
余りに小さく、無力だ。ミニイカ娘が生きて行く上で一番必要なものは
ほんの僅かの「運」だけなのかも知れない。(終わりでゲソ)

 

 

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・殉葬

ミニイカ娘の寿命はおよそ150年、人間よりもよほど長生きする…
だが厳しい野生で寿命を全うする例は極めて稀である。生まれるとすぐ海へ旅立つが
無事陸へと戻れるのは僅か1割、上陸後も様々な試練が襲い掛かり一冬を越すまでに大半が死滅する。

「私はもう長くは無いでゲジョ…お主ら最後の私の墓を立ててはくれなイカ…」
『長老!しっかりして下さいでゲソ!お気を確かにでゲソ!』
「皆の者…後は頼んだ…でゲ…ジョ…」ガクッ
『長老が亡くなられたでゲソ…近隣の巣にも知らせねばでゲソ』

野生で長寿のものは長老と呼ばれ、ミニイカ娘たちの羨望の的となり、その死に際しては
近隣の巣も総出で盛大な葬儀が執り行われる。今年で129歳の長老の死はそれほどの事件と言えよう。

『これから墓を作るでゲソ、日差しは強いでゲソが皆頑張るでゲソ!』

葬儀に際し、ミニイカ娘たちは前方後烏賊墳を作る。所謂前方後円墳の後円にヒレをつけ
左右に2本の触手を添えた物だ。土を積み上げ丘陵を作り、頂上に死体を埋葬するだけのものだが
ミニイカ娘にとって過酷な公共事業だ。猛暑の真夏だろうが厳寒の真冬だろうが構わず行われる
と言うより大概長老は厳しい夏冬に没するため、労働環境は概して過酷を極め、多数の労働者が力尽きる。

「アヅイでゲジョ…腹減ったでゲ…ジョ…」
『ゲソゲソー!働けでゲソー!』
「(葬儀終わったらぶっ殺してやるでゲジョ…)」

葬儀の指揮監督は長老の巣の者が務め、暴虐な振る舞いは同胞の怒りを買う。
指揮する方も復讐を恐れ、葬儀が終わるまでにある程度同胞の数を減らしておきたいのが実情だ。
そうまでして長老を弔う理由は全くの謎だが、これも異常な繁殖力の抑制の一環かも知れない。
1週間に渡る過酷な作業の末、墳墓は完成。500匹が従事したが半数を超える350匹が死に絶えた。
砂浜は斃れたミニイカ娘の死体が散乱し、腐敗臭も漂ってくる有様だ。
墳墓の頂上に長老の死体が埋葬されるが、葬儀はまだ終わっていない。
殉葬するミニイカ娘の調達が残っている。が労働者は通常殉葬に用いない。

『今夜ミニイカ狩りを実施するでゲソ、海から上陸した同胞を1匹でも多く捕まえるでゲソ』

夏場は海から多数のミニイカ娘が上陸する時期だ。通常であれば巣に手引きし迎え入れ
生活を共にするのだが、葬儀の期間は生贄の調達へと変貌する。
夜、砂浜で待ち構えていると早速海から同胞が上陸を始める。
上陸してそのままミニイカ娘が眠りにつくと、労働者たちが担いでそのまま墳墓へと向かう。
大半は眠ったまま埋葬されるのだが、中には途中で起きる者もいる。

「ピョッ!な、なんでゲショかアンタたちは!」
『うるさいでゲソ、お前はこれから殉葬するんでゲソ』
「なんでゲショかジュンソウって」
『生きたまま埋葬するんでゲソ』
「そ、そんなのイヤイヤでゲショ!だれかーたすけてでゲショー!ピギョギョギョー!」

生命の危機を感じ抵抗するミニイカ娘だが、上陸直後はまだ成長途中で3cmしかなく
2cmも大きい成体、しかも2匹相手にはなす術もない。結局生き埋めにされ苦悶の内に死んだ。
こうして100匹を殉葬し、葬儀には生き残った150匹が参列し、長老を弔った。
葬儀が終わると長老の巣と他所の巣が戦争に突入し、1匹を残して全滅。
海岸ではしばらく誰もミニイカ娘を見ることはなかった。

「なんだこれー、誰か砂で作ったの?邪魔だし崩しちゃうか」
「うわっ何だこりゃ!ミニイカが一杯出てきた…ってか何か臭ぇ!ヌルヌルしてキモチわりぃ!」

たまたま前方後烏賊墳を目にした子供が、面白がって蹴り崩してしまった。
ミニイカ娘の血と汗と涙の結晶だが、それも長くは続かなかった。
ミニイカ娘の寿命はおよそ150年、人間よりもよほど長生きするが
厳しい野生で寿命を全うする例は極めて稀である。
その墓が後世へ受け継がれる事は更に稀である…
(終わりでゲソ)

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・野良と元ペット


『クカー、スピー、ゲゲゲゲショ…ン、エビィ…』

ミニイカ娘は生後3ヶ月までを海で過ごすと、海へ別れを告げ上陸して以後を過ごす。
この時期から水中での呼吸が出来なくなり、また睡眠も取る様になるのだが
上陸して最初にするのがこの睡眠だ。巣も探さない内に浜辺で眠り、無防備を長期間晒し
多数が外敵の餌食になる。このミニイカ娘はたまたま上陸直後に捨ててあった
瓶を目にし、旺盛な好奇心からその中に入り、そのまま眠っていたのだが…

「なんだこれ?おもちゃかな。なんか頭がウネウネしてて面白ーい」

子供が面白がって瓶を拾ったのだ。やがて目覚めると生物だと分かり驚くのだが
家で飼いたくなり家族を説得、多少余裕のある家でもあったので、そのまま飼う事になる。
人のような顔に白いイカ帽子、そこから生える10本の青い触手、野生動物らしからぬ
両の腕輪に、青い模様のあしらわれた白いワンピースという垢抜けた出で立ちは
とにかく人目を惹く。最も嗜虐心も喚起するのか、虐待に走る者も少なくは無いが
その点このミニイカ娘は幸運だ。絵に描いたような健全な家庭の子に拾われたのだから
150年と言わないまでも数十年の安寧は約束されたようなものだ。
まだ小学生の子供も好奇心の盛りで、ミニイカ娘をとても気に入った。

「今日からお前の名前はイカ太郎だ、イカ太郎お手!」
『わたしはミニイカむすめでゲショ!なまえをかえなイカ!』
「ははは、なんか怒ってるー、でももうイカ太郎に決まりな」
『ううう…わかったでゲショ、そのかわりエビをたくさんよこすでゲショ』

こうしてイカ太郎と名づけられたミニイカ娘は、子供にもその親にもとても可愛がられ
たっぷりのエビと、柔らかく暖かい寝床に、沢山のおもちゃを与えられ、また家だけでなく
夏休みの祭りや旅行などにも一緒に出かけたりして、とても幸せな時を過ごした。
時々エビのつまみ食いをしても、布団でイカスミを吐いても、笑って許してくれた。
浜辺で厳しい野良生活を営む同胞たちの事など露とも知らず、それが当たり前かのように…
そんなある日、佐竹一家は庭で花火をしていた。目の前で初めて見る花火にミニイカ娘は
最初本能で怖がるが、慣れると棒の先から激しく飛び散る火花に、空高く飛翔するロケットに
シュルシュル回るねずみ花火に、宴の終わりを告げる儚い線香花火に感動を覚える。

『ごしゅじんさま、わたしもはなびしたいでゲショ』
「ん、イカ太郎も花火したいのか?ダメ、ダメだよ。しまうから離せって」
『はなびー!はなびー!ビャービィー、ワアアアン!』

結局ミニイカ娘のわがままは聞き入れられなかった。
しかしミニイカ娘は、花火への欲求と感動をどうしても忘れられなかった…
数日後、佐竹家は家族4人でレストランへと出かけた。ミニイカ娘も連れて行こうと
思ったのだが、家中呼んでも出てこないので、そのまま置いて行ってしまったのだ。
どうしても花火を自分でやりたいミニイカ娘は、箪笥の裏に隠れてこの機を窺っていたのだ。
今なら自分を止めるものは誰もいない。あの夜空に煌く感動を自分の手でもう一度!
目を星のように輝かせ、ミニイカ娘は花火を袋から出すと、ロウソクと柄付きライターも
取り出した。子供がやっていた様にロウソクを立たせようとするが上手く行かない。
ロウを溶かせて足元を安定させる、という手順までは理解の外だった様で結局諦め
ロウソクを寝かせたまま点火すると、花火の先を火に近づける。忘れられないあの夜の
感動が自分の手で再現されるこの瞬間を、ミニイカ娘は心の底から待ち望んでいたのだ。

『ピギョッ!ビェーギャショオオオー!ビャッチャッチャチャエャアー!』

しかし訪れたのは幻想的なロマンスでは無く、猛り狂う火の恐怖でしかなかった。
人がやるのと自分の触手で持つ感覚の違いを思い知り、ミニイカ娘は心から後悔するが
体は恐怖に支配され、10本の触手で抱えられた1本の花火を狂った様に右へ左へ振り回す。
これだけなら、この後の惨事には直結しなかっただろうが、振り回した花火がテーブルの
ロウソクに当たり、床に転がり座布団に火が燃え移る。火の勢いは加速度的に増して
茶の間を火の海へと変えていく。極楽生活でのん気なミニイカ娘もこれには流石に
生命の危機を感じ、開いてる窓を運良く見つけると脱兎の如く避難した。
ミニイカ娘の頭は恐怖で一杯で、もはや花火への幻想は勿論
火事を起こした罪悪感などありはしなかった。ただ助かりたい一心だった。

 


「家が…燃え…てる」

外食から帰ってきた、茫然自失の佐竹一家。玄関の前ではミニイカ娘がピィピィ泣いていた。
放火犯とも知らずに子供は抱きかかえ、愛するペットの無事を噛み締めるが
父と母は声も無く立ち尽くす。隣家に飛び火まではせず、また保険にも入っていたのが
不幸中の幸いとは言えショックは大きい。一家はひとまず母の実家へと転がり込んだ。

「出火原因ですが…どうやらこれの様です」
「そんな…留守なのに花火だなんて、ありえない…」
「今後はお気をつけください、子供は大人が思うよりも想像力豊かなのですから」

一家全員で出かけていたため我が子の仕業たり得ない。放火犯の仕業にしては不自然で
何より不法侵入の痕跡などどこにも無かった。あの花火の夜の激しい感情表現と
普段見せる子供たちにも引けを取らないイタズラ振りを思い出し、両親は事の真相を
確信する。だが子供に責任は問うまい、結局飼育を承認したのは自分たちなのだから。
事実を告げても子供の心に傷をつけるだけだと、口を噛み締め真実を胸にしまい込んだ。
しかし真相を解明すると、例え自分たちの責任とは言え、ミニイカ娘への悪感情は
日増しに募り、また急遽転がり込んでも暖かくもてなしてくれる実家に放火犯まで
そうと知らせず居候させている申し訳なさにも良心が痛み、一家はアパートへ移る事にした。

「今日からしばらく、ここが私たちのお家ね…」
「布団で寝るの初めてー、お母さんのお布団入ってもいい?」
『わーい、あたらしいおうちでゲショー!わーい!』

環境が変わり、少々やつれ気味の父母に対し子供たちはある程度、子供らしい前向きさを見せる。
あるいは両親の心の傷を慮った、いじらしい気遣いなのかも知れない。
だが、余りにも天真爛漫なミニイカ娘の態度は自分の事しか頭に無い、能天気そのものだ。
目の前の憂いも見えずはしゃぐミニイカ娘だが、その日のうちに生活ランクの低下を思い知った。

「それがイカちゃんの今日のご飯よ」
『ごはんって、かんじで「海老」とかくんでゲショ、ごはんなどどこにもないじゃなイカ!』

火事が起きて生活が向上する道理などどこにもない。ペットの、それも放火犯の食事など
真っ先に仕分け対象になって当然だ。まだペットでいられる辺りが、佐竹夫妻の甘さ加減の
最たるものだが、もはや逆さに振ってもミニイカ娘だけの為のエビなど出てこない。
受け入れがたい惨状に、自身の過失も棚に上げミニイカ娘はジタバタ暴れる。

『エビー!エビー!エビたべたいでゲショ~オ~ォ~、たべないとしんじゃうでゲショ!』
「分からない事言わないで頂戴!」

お前が火事さえ起こさなければ、と喉まで出掛かり母は言葉を飲み込む。
だがこんなやり取りを続けて数日、隣人からそれとなく苦言を呈され、渋々ミニイカ娘に折れる。
5cmのペットだから大目に見て貰ってはいるが、それも無制限にとは行かない。
わがままな小動物に神経と財布を削られ、さりとて捨てれば子供はきっと悲しむ。
多少は妥協もさせるものの、エビを与えればご機嫌のミニイカ娘。しかし両親の憎しみと心労は
消化されずに募る一方だ。何か切欠があれば、ミニイカ娘を追い出しに掛かるのも時間の問題だ。
一方ミニイカ娘も妥協はしているものの、エビを腹いっぱい食べるとは行かずに
フラストレーションは募って行く。佐竹家の厳しい事情も分かってはいるのだが
時々思う存分エビ欲を発散したい。やがてそんなミニイカ娘に、そして両親にチャンスが巡る。

「まいどー、鳳寿司ですー、出前お持ちしました」

隣の住人が寿司の出前を注文したのだ。今日は父親の誕生日で、家族で祝うのだろう。
大きな寿司桶の中央には、エビのお造りが圧倒的存在感を醸し出している。
寿司ネタもエビの比率が多く半分弱と言った所だ。子供の肩に乗ったミニイカ娘は
それを目の当たりにして、これまでの禁欲が爆発した。会計が終わり寿司屋が
玄関を閉める前に、隙間から一気に侵入し、寿司桶のラップを破り中央のエビにダイビング。
獰猛とも言うべき勢いで一気に平らげ、寿司もネタのエビだけをきれいに攫ってしまった。
火事が起きる前の佐竹家でも、これほどのエビを堪能した記憶は無い。
ミニイカ娘は元の4倍5倍の大きさに膨れ上がり、幸せそうにその場で横になった。

 


「な、な、なんじゃこりゃー!」

あっけに取られる隣人は、怒りとか悲しみとかそんな所ではない、まさに茫然自失と
いった感じで目の前の怪奇現象の一部始終を見収めた。頭を整理し状況を理解すると
即座に佐竹家に怒鳴り込み、事の顛末を告げ弁済を要求した。

「何なんだ一体、これは…ええ、おい…」
「本当、申し訳ございません」
「ペット飼うのはいいけどエサとしつけくらい…ああもう何も言う気もしない」
「申し訳ありません、二度と起きないよう注意しますので」
「反省はいいから具体的に頼みますよ、具体的に。それで今回はおしまい、ね」
「こんな生き物の為にこれ以上は、バカバカしいですし、ね」

風船のように膨れ上がったミニイカ娘を突き返し、隣人は外食へと出かけていった。
目の前で幸せそうに寝転がるミニイカ娘に、放火、窃盗と二度の犯罪行為を起こされ
愕然とする両親。隣人との約束も「具体的に」果たさねばならない…
たとえ子供の手前でも、もうこれ以上は限界だ。子供たちもこれ以上わがままは言えない。
目の前で必死に頭を下げる両親は、子供たちの心にも深い傷を刻んだのだ。

「残念だけど、元いた場所へ還しましょう…義一、明日捨ててらっしゃい」
「ごめんね、イカ太郎。これ以上お父さんとお母さんに迷惑かけれないよ…」
『ホュゥッ?みんなどうしたでゲソか』

佐竹義一は、ミニイカ娘と初めて出会った砂浜へ、愛したペットを解き放った。
季節は12月も半ばで、雪がチラチラと降り始めている。これ以上面倒は見れないが
せめてもの餞別と思い、家庭科の教師に頼んだ編み物をミニイカ娘の手に嵌めた。

「じゃあねイカ太郎、達者で暮らせよ」
『なにいってるかわからないでゲショ、サムイでゲショ、おなかへったでゲショ』
「じゃあね、さようなら。無理やり家連れてきてごめんよ。自然が一番だよな」
『あったかいおうちにかえるでゲショ、こんなところイヤイヤでゲショ』

義一は、ミニイカ娘が追いついてこれない様に遠くの物陰に放し、走り去った。
ミニイカ娘は何故こうなったかは分からないが、事態は把握し途方にくれた。
いきなり自然に放されても、当ても無く何をしたらいいのかわからない。
だが捨てる神あれば拾う神あり、ミニイカ娘は在来の同胞と出合った。

「お主、どうしたでゲソ。どこの巣の者でゲソか」
『わたし、おうちナイナイでゲショ…アンタはダレでゲショ?』
「私はサクラエビ巣のボスでゲソ、ここらでは巣にエビの名前をつけるでゲソよ」
「ちょっと人手も足りないでゲソから、お主も一緒にこなイカ?」
『ゲショ!あたらしいおうちでゲショか!つれてってほしいでゲショ!』
「勿論、営巣は手伝ってもらうでゲソ、まだ途中でゲソから頑張るでゲソよ」
『(エイ…ソウ…?)』

そうしてミニイカ娘は野良のボスについていった。冬を向かえ遮蔽物だけでは寒さを
凌げないので、冬眠に適した巣を掘り進めている最中だと言う。裕福な民家で育った
ミニイカ娘には、その概念すら浮かんでこないが、巣に着くとその実体が見えてきた。
穴を掘り地下室を作り、イカスミで壁を塗装しスミと泥で汚れたミニイカ娘たちが
せっせと作業を続けている。黒くそびえ立つ山が食事の様で、作業を終えた者が
休憩を取りめいめいに摘んでいくが、饐えた臭いに不快感を感じる。
自分とは余りに違う同胞の暮らし振りに眩暈も覚えるが、違うのは生活環境だけではない。
体のあちこちが欠損した者が沢山いるのだ、これは一体どういう事か、

『なんでおててナイナイでゲショ?アンヨも、ピコピコも、オメメもナイナイでゲショ』
「それはでゲソね…」

厳しい野生では外敵に襲われ、命こそ助かれど体の一部を失う事は時として起こる。
ミニイカ娘の最も機能的な部位、触手がその際たるものだが、これは再生能力が高く
切られてもすぐ再生するため、身を守る盾としても使われる。だがそれでもカバーできず
怪我を負う事も勿論少なくは無い。だが…

「この巣はかつて飼い主に虐待された者も少なくないんでゲソよ…」
『ギャクタイ?』

飼い主が皆佐竹家のような者ばかりとも限らない。人間に酷似したこの小動物をいたぶる
不逞の輩も中にはいるのだ。そういった残酷さも人間の一面性である事は否定できない。
だが触手は焼き入れでもしない限り健在で、皆傷を抱えながらも作業に精を出している。

 


「私たちは飼い主に可愛がられ幸せに過ごす同胞が大嫌いでゲソ。」
「自分ひとりだけ惰眠を貪り我々の苦難を省みない豚が嫌いでゲソ、豚は敵でゲソ!」
「実は私はかつてその豚だったでゲソよ…でも必死で働いて皆の信頼を勝ち得たのでゲソ」
『(ピュイィ…バレたらころされるでゲショ…でもわたしもじょうずにエイソウすれば…)』
「お主は元ペットでゲソか?それとも巣からはぐれたはぐれミニイカ娘でゲソか?」
『わ、わたしはそのメタルミニイk…じゃなくてはぐれミニイカむすめでゲショ!』
「ま、きちんと営巣手伝えばいてもいいでゲソよ」

こうしてミニイカ娘は、冬の巣作りを条件にサクラエビ巣に身を寄せる事になったのだが…
蝶よ花よと育てられたペットが過酷な作業、貧しい食事、淀んだ空気の中
イカ並みの仕事が出来るほど野生は甘くない。ボスの指導が今日も飛び交う。

「もっとガンガン掘らなイカ!ああそこ掘ると崩れるでゲソ!気をつけなイカ!」
「イカスミの塗りが甘いでゲソ!生き埋めになりたイカ!?」
「ガラクタ拾ってきてどうするでゲソか!貝や小魚拾ってこなイカ!」
「もっと腹を膨らませて水を運ばなイカ!エビだと思って目一杯飲み込むでゲソ!」
「またウチワエビ巣の奴にエサ持ってかれたでゲソか、いい加減仲間の顔覚えなイカ!」
「(なーんか怪しいでゲソね…)」

日々失態を重ねると共に皆の関心も薄れていく。このままではまた居場所が無くなる
かも知れない。ミニイカ娘は焦りを覚える一方で、佐竹家での幸せな日々にも思いを馳せる。
だがそれを表に出したら一巻の終わりだ。涙を堪え、上手く行かない作業を必死に続けるが
水汲みの最中に運命を左右する出来事に遭遇する。飼い主の義一が目の前に現れたのだ。
ミニイカ娘の心の秤が揺れ動く。野生での辛い生活を耐えていくか、それとも暖かく
豊かな佐竹家への帰還を夢見るか。いずれにせよ選択を外したら死に直結するだろう。
ミニイカ娘は究極の二択を迫られ頭脳が硬直する。どちらを取るべきか…
結局自分の頭で判断を下せずその場に立ち尽くし、なるがままに事は進んでいく。

「イカ太郎!探したよ、会いたかったよ!」
『(チラッ、チラッ、まわりにはだれもいないでゲショね…)』
「(お主の真価、今ここで確かめさせて貰うでゲソ!)」
『ごしゅじんさま~むかえにきてくれたでゲショか、おうちにかえりたいでゲショォ~』
「イカ太郎、良い物を持ってきたんだ、ジャン!」
「家庭科の先生が作ってくれたんだ、暖かいコートにマフラー、くつと毛糸のイカ帽子」
『ごしゅじんさま~はやくおうちにつれてくでゲショ、サムイサムイでゲショ』
「もう何もしてやれないけど、じゃあ元気でね!」
『ゲェショォ~、おいてかないでゲショー、いっしょにかえるでゲショー』

ミニイカ娘はかつての主人がくれた防寒具を着けたままその場に立ち尽くした。
手袋くらいならともかく、こんなものを着て帰ったら弁解の余地は無い。
しかしそれなりに寒さも凌げる良い物でもある。ミニイカ娘はまたも究極の二択を
突きつけられ、涙を溜めて座り込んだ。が、今度は選択の余地など無かった。
営巣も半ば終わり、部下に仕上げを任せたボスが、たまたま物陰から現場を見ていたのだ。

「話は全て聞かせてもらったでゲソ…この愚か者めが!」
『ボ、ボスっ…ピュイィィ…ち、ちがうんでゲショよあれは…その…』
「怪しいとは思ったでゲソが、お主やはり元ペットでゲソね…まあそんな事はいいでゲソ」
「お主もボンクラなりに頑張って働いていたから、私も目をかけていたのでゲソが…」
「自分を捨てた人間に、よくも媚を売れたものでゲソね、この下足野郎が!」
「この事は巣の仲間にも伝えるでゲソ、他所の巣へも使いを出して触れ回るでゲソ」
「その防寒具は私が貰うでゲソよ、仲間や他所の巣に自慢するでゲソー♪」
「こいつはそのお礼でゲソよ、裏切り者よさらばでゲソ!」

そう言い、ボスはミニイカ娘の眉間に斜めに走る、裏切り者の刻印をつけ
防寒具を着込んで帰っていった。ボスは宣言どおり、使いの者を近隣の巣へと走らせ
ミニイカ娘の出入り禁止を要請した。飼い主には見捨てられ、巣からは追い出され
防寒具も奪われるという最悪の結末に終わりミニイカ娘は凍死を待つのみとなった。
破れかぶれでサクラエビ巣へ戻ると、完成した巣の入り口には門番が立っていた。

 


『おねがいがあるでゲショ、ボスにあわせてほしいでゲショ…』
「只今冬眠中でゲソ、御用の方は春になったらお越し下さいでゲソ」
『ふゆのおそとはサムイでゲショ、あたたかいおへやにはいりたいでゲショ』
「只今冬眠中でゲソ、御用の方は春になったらお越し下さいでゲソ」
『さむくてしんじゃうでゲショ、はるになったらいっぱいはたらくでゲショ』
「只今冬眠中でゲソ、御用の方は春になったらお越し下さいでゲソ」
『なんでもするからたすけてでゲショ!サムイのいやでゲショ!おなかすいたでゲショ!』
「只今冬眠中でゲソ、御用の方は春になったらお越し下さいでゲソ」
『エビたべたいでゲショ!エビたべたいでゲショ!ゴハンたべたいでゲショ!ウワアーン!』
「只今冬眠中でゲソ、御用の方は春になったらお越し下さいでゲソ」

壊れたスピーカーのように同じ文言を繰り返す仏頂面の門番に、ミニイカ娘に対する
一切の感情は感じられない。他の巣でも一言一句違わず文言を告げる門番が立っていた。
実力行使にも出るが、軟弱な元ペットが、しかも寒さと徒労で疲弊し門番に勝てるわけも無い。
飼い主も、仲間も、防寒具も、気力も体力も全て失ったミニイカ娘は、選択を誤った事への
後悔を断ち切れないかの様に、2日後巣の入り口の横に寄り掛かり、凍えて朽ち果てていた。
(終わりでゲソ)

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・ミニイカ娘の真価2
「さあひものをたべよう。なにぃっミニイカがいない!」 吊るしておいた干物が消えた…強風が吹いたわけでも、泥棒が入ったわけでもないのだが。 しかしその答えはそのすぐ足元にあった。また性懲りも無く現れたのだ、黒いミニイカ娘が。 そうと知ってか知らずか、椅子の上で同胞の干物を美味しそうに頬張っているではなイカ。 頬を赤く染めた、その幸せそうな笑顔に僕は怒る気も失せるが、しかし全部は譲れない。 穏便に話しかけて何とか残りを返してもらおうとする。 以下は黒いミニイカ娘の気持ちを身振り手振りと表情から想像した、僕との会話である。 「それ美味しいかい?でも僕も楽しみにしてたんだ。食べた分は怒らないから残り返してよ」 「これ、お主が作ったでゲソか?褒めて遣わすでゲソ、これは一体なんでゲソか?」 「それ…同胞だよアンタの。白い方のだけどな。干物にしたんだよ」 「何と、それは驚きでゲソ。同胞がこんな美味しいとは。しかし生では食えないのでゲソよ」 「お主も初めてなら一緒に食うでゲソ。そしたらまた作るでゲソ。もっと食いたいでゲソ」 「ありがと。でも飼い慣らしたのは全部食っちゃったから無理だよ、ごめんな」 「なんだ、そんな事でゲソか。それならそこに幾らでもあるじゃなイカ」 「家の敷地に巣を作られて気づかないとは、全く人間どもは愚かでゲソね」 「教えてあげたでゲソから、干物でお礼をしなイカ。吊るしとけば勝手に1つ貰うでゲソ」 「こないだは悪かったでゲソよ。これからはギブアンドテイクで行こうじゃなイカ」 「頼むからもう民家に入らないでくれよ、知り合いの家が大変だったんだぞ」 「なら干物をくれなイカ。エビでもいいでゲソよ。イカ語で同胞に注意してやるでゲソ」 干物の残りをちぎり、黒いミニイカ娘の持っていた風呂敷に包むと、ビャーッビャッビャと 嬉しそうに飛び跳ね、こちらに手を振り去っていった。極めて凶暴なのはその一面に過ぎず 強者の余裕があるからだろうが、こうして人と話し合う余地もあるのだ。 イカと対等に接するくらいの心の余裕はあってもいいんじゃなイカ? だが普通のミニイカ娘は別だ。他者からの享受の一方通行を当然と履き違える下等生物を あるがまま受け入れるのは余裕ではない、馬鹿かお人よし、葱背負ったカモでしかないのだ。 戦う時は戦おう。家宅にまで侵入してくる限りミニイカ娘は生かしては置かない! 罠を仕掛けたいが冷蔵庫にはもうエビが無いので、僕は早速近所のスーパーへと出かけた。 (終わりでゲソ)
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・ミニイカ娘の真価1


「ただいまぁ~、っとぉ」

買い物を済ませ僕は帰宅した、両親はしばらく旅行から帰ってこないので家は僕ひとりだ。
返事が無いのは分かっていても、習慣で僕は帰宅を告げる。まだ夕方で外も家の中も暑い。
とりあえず麦茶だ、冷蔵庫にはまだ半分以上残ったピッチャーがあるはずだ。
食料品も早く入れてしまわないと。ああ喉が渇いた麦茶麦茶麦麦Mugyyyyy!!、と。
………家は無人のはずなのに冷蔵庫が半開きになってる。家は鍵を掛けておいたのに
僕の落ち度か?いやそれとも泥棒が二階から入ったのか?
僕は目の前の冷蔵庫より家の通帳やカードの方が気になり、青ざめながら先に引き出しを開けた。
しかし杞憂に終わった、通帳は無事だしよく見れば人が侵入したような跡は何も無い。
ただ一つ冷蔵庫を除けば…事の真相は冷蔵庫が物語ってくれるだろう。僕は冷蔵庫を開いてみた。

「ピョッ!ピョピョピョー、ゲッゲソソソ…」

中にはミニイカ娘が何匹も入っていた。ピッチャーは口が開き横倒しに、ミニイカ娘が飲んだのか。
夏の日差しにミニイカ娘も喉が渇いた事だろう。イカなんだし水分だって必要とするに違いない。
などと感心している場合ではない。冷蔵庫の被害状況を確認しなければ。
幸い犯行からあまり時間は経っていないのだろう、食料品が根こそぎ食い尽くされている訳ではない。
だが麦茶以外にもやはり被害があった。残り物のエビフライにエビチリ、桜えびは全滅だ。
冷凍のエビグラタンにエビ餃子、ブラックタイガーは流石に無事だったが解凍されたら
ミニイカ娘の胃袋に収まったであろう事は確定的に明らかだ。

「ゲッショゲッショ、ンマンマ、ンピィー♪」

しかし腹立たしいのはミニイカ娘のこの態度。僕と言う敵が今正に目の前にいるのに
注意は完全にエビに向いている。眼中に無いとはこの事を言うんだろう。犯行を物語る
口の周りのチリソースも憎らしさを一層掻き立てる。色が黒でイカ帽子が唐草模様なら
まるで絵に描いた泥棒に見える事だろう。なんてボケをかましている場合ではないが
冷静に考えれば今なら捕獲は容易だ、ひとまずこの不届きな盗人を縛り上げてしまおう。
ミニイカ娘を背後から手掴みで捕まえエコバックに放り込む。御用となった袋のイカは6匹だ。
とりあえず麦茶やチリソースで汚れた冷蔵庫を掃除しないと…こいつらの力で冷蔵庫を
開けたとは思えないので僕の閉め忘れもあるのだろう、親に知れたらえらい事だ。
とりあえずミニイカ娘を外の水槽に放り込み、掃除を始めた。熱帯魚を飼っていたのだが
以前僕の不手際で死んでしまい、今は何も飼っていない。水槽を水で満たし蓋をして台所へと急いだ。
チリソースでベタベタの麦茶で水浸しの…結局食害を受けていない物も何品か捨てるハメに。
掃除が終わったので、食事の前に一度外に戻る。ミニイカ娘め、この恨みはらさで置くべきか…

「ビャバババゴブブボバ!」「オーゲボゲボ!オーゲボベボ!」

水槽を見ると水面がバシャバシャ荒れている。ミニイカ娘が暴れて溺れかけているのだ。
イカの分際で泳げないとは知らないものだから、とりあえず水槽に入れておいたのが仇となった。
1匹は底に沈んで腹も膨らんでいる、かなり水を呑んだのだろう。ともかく全部引き揚げねば。
バタバタ暴れるものだから蓋を開けるとこちらにも水が飛んでくる。手で掴もうとすると
触手で叩かれる形にもなり、イライラが募ってくる。しかし水責めで殺すつもりで
こうしたわけではないので、ここで死なれても釈然としない。モニョモニョしながらも
全員水槽から引き揚げタオルで拭いてやる。水を呑んで気を失った1匹は腹を押して
水を吐かせてやる。しかし意識が戻らないので、ストローを持ってきて人工呼吸をしてみた。
水で溺れるくらいだし肺呼吸だよなあ…ストローで軽く息を吹き込むと腹がポコンと膨らみ
またしぼむがまだ意識は戻らない。小さく吸っては吐きを繰り返すがまだ覚醒しない。
目一杯吹き込まないとダメなのだろうか。僕は大きく息を吸い込み目一杯ストローを吹き込む。
するとミニイカ娘は風船のように大きく膨らみ、眉間にしわが寄り一瞬ピクッとなった。
それにしてもよく膨らむ。ざっと見ても野球の球くらいの大きさはあるだろう。

 


「フェフョオォォォォ~」

ミニイカ娘は口を開いた風船のように吹き飛び空を舞った。どうやら意識は戻ったらしい。
同胞も復活を喜び風船ミニイカ娘の周りへ駆け寄り「げーっしょい!げーっしょい!」と
触手で胴上げを始めた。微笑ましい光景だが、こいつらはそもそも泥棒に入ったのだ。
祝宴に水を差すようだが、もう一度エコバックにミニイカ娘を放り込み、水槽の水を落として
改めて水槽に放り込む。状況は理解しているようで皆三角座りでシクシク泣いている。
バタバタしていたらもう9時前だ。いい加減腹も減ったし水槽を部屋に運んで食事にしよう。
ブラックタイガーを冷凍庫から出されそうになったのを見て、今日もエビフライに決めたのだ。
解凍も終わっているので、パン粉をつけ油で揚げた。今日はうまく揚がり美味しそうだ。
普段は部屋で食べるお行儀悪はしないが、今日だけは別だ、お盆に夕食を乗せ階段を上がる。

「ゲショオオオオ!ゲショオオオオ~!ピィーッピャッピャッピャ!」

思ったとおりの反応だ、水槽越しにエビフライを見て中は騒がしくミニイカ娘がはしゃぎ回る。
お前らは夕方エビチリとか食ったでしょ…これは僕の夕食だっつーの。
彼我の関係を相対化出来ないのだろうか、ミニイカに追い銭なんてするかよアホが。
エビフライにソースをドボドボかけ、キャベツと一緒にシャクシャク頬張る。
熱々のご飯も続いて食べる。水槽越しのミニイカ娘も目のおかずでメシがウマイ!!
残りのエビが2本1本と減って行くと、見る見る落ち込むミニイカ娘。
最後の1本をこれ見よがしに水槽の真ん前で食べ切ると、希望を断たれたミニイカ娘は
全員へたり込みピィピィ泣き出す。泣き止み気が済むと、6匹の視線は再び皿へと注がれる。
皿にはエビの尻尾が6本あるだけだが、これももしかしたら食べるのだろうか。
尻尾に残った身もつまみ出して食べると、ミニイカ娘の表情は更に暗く落ち込む。
しかし殻だけになった尻尾を放り込むと、ギラギラした表情で触手を上に伸ばし
各自1本ずつ殻をキャッチし物凄い勢いで咀嚼する。
ミニイカ娘のエビ好きは有名だが、頭からケツまで余す事無く食い尽くすようだ。

「ピャーッピャッピャッピャ!ゲソー!エー、ビィー!」

水槽越しに触手と蛇足でバンザイし、6匹揃ってピョンピョン飛び跳ねるミニイカ娘。
もっともっとと言わんばかりだが調子に乗るな。僕は水槽を手のひらでバンッ!と叩き
返答するとミニイカ娘はバンザイしたまま後ろに倒れこみ、そのままビャービャー泣き喚く。
それにしても野生動物とはとても覚えない感情表現だ。もしかして他人のペットなのだろうか。
それともこの数時間のやり取りで野良からペット化したと言うのだろうか。
もし後者だとしたら余りの馬鹿馬鹿しさに眩暈がしそうになるが…
せっかくの夏休みだし、動物の観察なんかもして見ていいな。しばらく飼って見よう。
今までの経歴も分からないし、エビの油でベタベタ汚れてるし、一緒に風呂でも入るか。
エビの臭いで分かりにくいが、なんとなく饐えた臭いもするようだ。
野生であれば仕方ないが、白いパーソナルカラーに反して結構汚いのかも知れない。

「ぴょ~ぴょぴょ~ぴょ~ぴょ♪ぴょ~ぴょぴょ~ぴょ~ぴょ♪」

ミニイカ娘を水槽から風呂桶に移し、風呂場へと向かう。ワンピースを脱がせようとするが
体の一部なのだろうか、脱げそうに無い。無理に引っ張ると体ごと破けそうなので止めておこう。
流石に浴槽に入れると溺れるのは目に見えているので、風呂桶に浅く湯を張ってみる。
イカの癖に泳げないが溺れる心配が無ければ入浴は大好きなで、風呂桶の中で6匹仲良く鼻歌を歌う。
シャワーを浴びせると怯むだろうかと思い試してみるが、降ってくるぬるま湯に大はしゃぎだ。
少しくらいは脅かさないと面白くないので、湯温を45度にしてみる。

 


「アビャビャビャビャビャ、ギョワアアアアア!」

人間でも堪らない温度だ、普通の湯船ですら熱がるミニイカ娘には相当堪えたようで
風呂桶の中で苦しそうな様子で泣きながらグルグル走り回る。触手やイカ帽子は
ヒリヒリと赤くなっている。涙目で触手の端をフーフー吹きイカ帽子を擦っているので
水をかけてあげるといくらか落ち着いたようだ。氷水でもなければ逆に冷たくても問題ないらしい。
そのまま水のシャワーをかけ続けると風呂桶は水かさを増し、ミニイカ娘の肩の高さを超えた。
ミニイカ娘の表情に危機感が募るが、そのまま水位が頭の高さを超えると案の定溺れだした。
たかだか7~8cmくらいで溺れるとは情けないが、ふざけるのは終わりにして
そろそろ体を洗ってやることに。ワンピースを上に捲くって頭を覆うと茶巾のようで笑える。
ワンピースの下は何もつけてなく、貧相な体と蛇足が丸見えだ。ぬるま湯に漬け指で揉み洗うと
「カハハハ」とくすぐったそう。腋から手の先、膝の裏、足の裏に指の間、そして股間と
汚れやすい部分を念入りに擦ると風呂桶は濁り垢も浮いてきた。野良に違いないと僕は確信した。
ワンピースも見た目は服だが体の一部なので同じくぬるま湯で洗う。
表面より実は裏側が汚く、茶黒く汚れている。表も裏も石鹸で洗うと光るような白い輝きを放った。
ミニイカ娘のあらゆる動作を司る触手もやはり汚い。人間の髪に相当する部位なので
洗髪のつもりでわしわし洗う。大きく伸縮するためか細かい汚れが所々挟まっていたようだ。
顔やイカ帽子も綺麗に洗い、しばし湯船に漬かって風呂を上がった。

「ピャー、キャッキャッキャ、ピャキーン!ゲソッ!」

何だかんだ30分以上は風呂に入っていただろう。自分の事もそっちのけで野良生活で汚れきった
ミニイカ娘のケアをしていたものだから、浮世の垢を落とす、などと寛げはしなかった。
タオルで拭いてドライヤーで乾かし、綿棒で耳掃除もしてやるが、これまた物凄い耳垢だ。
ついでにそろそろ廃棄する予定の歯ブラシで歯磨きもし、糸楊枝で歯の隙間も掃除する。
よく見れば舌も白く汚れてるので舌苔もごっそり落としてあげた。
本当に汚いが、これだけ汚れが落ちるとある意味気持ちいい。ちまちました作業は割りと好きだ。
隅々まで洗われたミニイカ娘は色つやを増し、何だか神々しくも見える。
腹は減ってるかも知れないが、きれい好きなのか風呂上りで機嫌も上々のようだ。
時間も随分遅くなったので、ミニイカ娘の事は翌日にして今日はそろそろ寝よう。

「ぴぇっぴょ!ぴぇっぴょ!げっしょ!」

電気を消そうとするとミニイカ娘がこちらを指差し、何かを訴えている。
僕を見つめると言うより、ちょっと下の方を見ているようだ。
ああ、寝るからベッドを寄越せと言ってるのか。あるわけ無いでしょんなモン…
とは言え殺風景な水槽でそのまま雑魚寝も寒々しい。とりあえずタオルを放り込むが
まだ物足りないのか水槽をバンバン叩く。図々しさに殺意も覚えるが、ハンカチや巾着袋
ティッシュ箱などを続けて放り込むと渋々ながらも寝静まる。電気を消し自分も床についた。
巾着袋に入り頭だけだすミニイカ娘は、なんだか照る照る坊主の様にも見える。

「しかし一体、何なんだこのミニイカ娘という生き物は、何のための存在なんだろうか」

すぐに寝付けず自分は天井のしみを見ながらそんな事を考える。
ペットと言えば犬や猫などがまず思いつくが、元を辿れば単なる愛玩動物なんかではない。
特に犬はわざわざ歴史を辿るまでも無く、現在でも警察犬や猟犬など特殊な職能を備えたものも多い。
シェパードという名も牧羊犬と言う意味だし、番犬と言う語句からも有史以前からの関係性は伺える。
牛馬や伝書鳩、羊、ミツバチなどそれぞれの特性を以って人間に仕えてきた動物は多い。
では、ミニイカ娘とは一体なんだろうか?単なるペットとしてではないミニイカ娘の真価は?
犬や牛馬のように人間と切っても切れない繋がりはあったのだろうか?

「やっぱあの触手だろうなあ、最大の特徴は」

10本の触手はミニイカ娘の行動の殆どを支える重要な器官だ。人間の手足に相当する部位を
「蛇足」と呼ばわる事からもそれは伺える。僕から見れば住居侵入、窃盗という
最悪のファーストコンタクトだが、もしかしたら牛馬のように人類の生活を支えるほどの
能力を有しているのかも知れない。この夏休みはその真相に迫ってみたいと思う。
色々試せば目を見張る能力を発揮するかも知れない、明日からが楽しみだ。

 


「ぴょっぴょぴょっぴょー、ぴょっぴょぴょっぴょー!」

あああー、うるせえ!今何時だ。まだ5時半じゃあねーか!死ねクソムシが!
夏休みだと言うのに、ミニイカ娘の泣き声で随分早い時間に起こされる。
早速のご挨拶に夕べの期待感は早くも挫かれる。知能はあまり期待できないかも知れない…
ミニイカ娘はそのまま朝鳴きを続け、ピョンピョン跳んで餌をねだる。
毎日エビやってたら我が家の財政は破綻するぞ…んー、エビと言えば。
○っぱえびせんって食べるかなあ、エビはエビだし、まあ捨てたら水責めにでもしてやろう。
とりあえず2本ずつ、12本のえびせんを水槽に放り込むとミニイカ娘は目を輝かせ
触手でクルッと掴み取り、蛇足で大事そうに抱えあっという間にムシャムシャと2本平らげた。
ゲッショゲッショとまた飛び跳ね催促するが、冗談ではない。水槽をバシっと叩き張り倒す。
無尽蔵の胃袋はそれこそ何袋でも際限無く飲み込むのは、ネットの経験談で学習済みだ。
餌の与奪は人間が掌握するのだ。自分が2本と決めたらそれ以上はひと欠けも罷りならん!

「アーエ、アーエ、エー、ビィー、ビャアアアア」

泣き喚こうがお前らに自治権など無いわ盗人が、何なら海に還すぞ!そう怒鳴り
水槽をバシっと叩くとミニイカ娘は涙目でしょぼくれる。人間にも比肩する
感情表現もミニイカ娘の特徴だが、逆に人間のそれもある程度読み取るようだ。
こういう所にも昨日の推論の根拠があるのだ。ともあれ少し観察を続けてから
仕事を与えてみよう。ただ待たせるのも何なので、水槽に適当な物を放り込んでみる。
ピンポン球を放り込むと、しげしげと見つめ触手で突き転がした。
対面のミニイカ娘が触手で拾うと、今度は触手でキャッチボールを始めた。
最初は6匹で1つの球を投げ合っていたが、1対1で投げたくなったのだろう
球をあと2つ要求し始めた。減るものでは無いのでもう2つ投げ入れると
3箇所に分かれてキャッチボールを続けた。
今度は毛糸を放り込むと、6匹で輪の中に入り電車ごっこを始めた。
ミニイカ列車の出来上がりだ。水槽におもちゃの線路を置くと
げーっそげそげそげーそー、げーそそーげーそー!と鼻歌交じりにその上をグルグル行進する。
次は水槽に水を張り、小さい浮き輪を嵌めると最初は怖がり震えるが、浮き輪の性質を
理解したのだろうか、プカプカ浮かびながらご機嫌の様子だ。触手で漕いで泳ごうとするが
前のめりになりバランスを崩し転覆。ミニイカ娘は水没してしまったので慌てて引き揚げた。

「うーん、意外と器用なんだがただのバカの様にも見える…」

物を道具のように使ったのは驚いたが、浮き輪を見るにただ心の趣くままに
動いているだけのようでもある。危機回避能力は正直皆無だろう。
まあぼちぼち仕事でもさせて見よう。とりあえず雑巾がけからしてもらうか。
僕は身振り手振りで指示をする。言葉こそ通じないものの話者のジェスチャーと
感情の変化である程度は意思疎通出来る様だ。うんうん頷いたので後はミニイカ娘に任せた。

「ン~ッショ、ン~ッショ、ゲソッ、ゲソッ、ヒィ~、ヒィ~」

分かりきった事だが雑巾を絞るのは不可能だ。せめて6匹掛かりで左右に分かれて絞れたら…
仕方ないので雑巾だけ絞って渡す。しかし水を吸った雑巾の重量はミニイカ娘には
中々堪えるようで、雑巾がけどころか引きずるのもままならない。少し引きずってはへたり込み
ヒィヒィ言いながら休むを繰り返す。もうやるだけ無駄だとは思うが、もう少し様子を見よう。
餌も少し足りなかったのかも知れない。そう思い幾許かの期待も込め、えびせんを2本支給すると
ひったくる様に触手でクルリと掴み口元へ運びバリバリと貪る。さっきまでへたり込んでいた
生き物とは別人のような鋭敏な動きだ。えびせんを2本ずつ食うと寝転がり5秒で寝息を立てる。
余りの都合の良さに怒りを覚え床をバシっと叩き怒鳴りつけると、ミニイカ娘は飛び起き
涙目でノソノソ雑巾がけを続けた。結局30分かけてたったの1往復の結果に終わる。
そもそも雑巾を引きずっただけなので雑巾がけと言うのも憚られる様なものだが。
ともかく最初の目論見は失敗に終わってしまった。触手を活用すればもっと効率的に
出来ると思ったのだが、どうやらその知能は無いらしい。

 

 
「うーん…まあ小さいし狭い場所での活用に賭けるか」

と言っても掃除はなあ…うーん狭い場所でして貰いたい事もパッと思い浮かばない。
とりあえず怒鳴って喉もカラカラなので、麦茶でも飲みながら考えよう。
しかし考える必要などなかった。台所に降りたら生まれて初めての恐怖に晒されたのだ。
茶黒く平べったいあの、地を這い空を舞う悪魔、Gが現れたのだ。
やばい、冷蔵庫開きっぱなしだ。それだけは絶対に阻止せねばならぬ。
僕は急いで冷蔵庫を閉じた。Gは飛行をやめ、冷蔵庫の下へ潜り込んだ。
何としても捕らえなければ、今こそその真価を発揮するのだ。行け、ミニイカ娘!
僕はミニイカ娘にGの捕獲を促す、しかし明らかに嫌がる様子のミニイカ娘。
こんな時くらい役に立ったらどうだ…床を叩き怒気を強め更に促すと
ミニイカ娘は渋々と冷蔵庫の下へと潜り込み、茶黒い侵略者の追跡を始める。

「カサササササ…」「ピャー!ゲショショショショショー、イヒャー!」

Gがミニイカ娘に迫るとあからさまに嫌がり、触手と蛇足で体を抱え丸くなり突進を避ける。
怯えるばかりで捕獲する気は全く感じられない。自分も直に触るのは絶対に御免だが…
お前ら野生の底力を少しは見せたらどうなのよ。
しかしGもミニイカ娘を警戒するのか、突進はするが避けながらの様にも見える。
そうしてとうとう隙間から出て、再び飛翔を始めようと翅を広げる。
飛び上がった瞬間の軌道を見事に読み、僕は虫取り網でGを捕獲した、やった!
とりあえずGを虫かごに監禁すると、僕はミニイカ娘に戻るよう指示をする。
軍手越しでも本当に気持ち悪い…もう二度と出てきませんように
ミニイカ娘は丸まったままガタガタ震え、出てこない。よほど怖かったようだが
いつまでもそうしていられても困る。僕は虫取り網の柄を隙間に突っ込み
ミニイカ娘を叩き出した。ミニイカ娘を集めると、虫かごの中で飛び回るGに殺虫剤を
ひっくり返るまで念入りに浴びせ、絶命を確認するとゴミ袋に捨て、そのまま集積所へ捨てた。

「しかし、本当役に立たないね。野生動物の癖に変にデリケートだし」

結果的には網を構えるいいコースへとGを誘導してくれたが、僕が期待したのは
積極的な捕獲である。丸く縮こまるだけで、失敗ならともかく自身より小さい獲物の捕獲を
試みもしなかったミニイカ娘に、前向きな評価を下す事も感謝する事も出来ない。
僕もミニイカ娘もGと接触したので気持ち悪い。朝だが風呂に入り石鹸で念入りに体を洗った。
Gとの格闘では怯えて丸くなってただけだが、ほんと風呂では楽しそうだねこいつらは…
ピャッピャピャッピャと風呂桶でグルグル走り回ってるよまったく…
少しは反省して貰いたいので、水かさを増してグルグル風呂桶の中をかき回してやる。
ゲソォォォォ~、と両手を挙げて渦に翻弄され目を回すミニイカ娘。
渦が止まりお湯を捨てると千鳥足でその場にパタリと倒れる。

「さてちょっと遅い朝ごはんにしよう」

僕はまたエビフライを揚げる。またかよ、などとツッコまないで欲しい。これもミニイカ娘に
対する意思表示を兼ねているのだ。Gを捕らえる時何ら働きを見せなかった事に対する叱責だ。
もし満足いく仕事をしたら、その時はエビをやろう。とこんこんと言い聞かせ目の前で
エビフライを食す。最後の1本を食べ終った時の表情は、目に涙を溜めとても悲しそうだ。
食事が終わると、今度は体力測定をしてみる。まずは100m走…は無理なので身長の100倍の
5m走をやってみる事に。要領を教えるのにも手間取ったが、準備が終わりさっそくタイムを計る。
ミニイカ娘は5m先で待つ僕目掛け走るが、勢いが良かったのは半分くらいまでで
後半は見る見るペースが落ちた。ゴール手前50cmで、足を止めハーハー呼吸を乱す。
結局ゴールにたどり着くのに35秒も掛かった。途中でバテて休むのは論外なので見せしめで殴り
もう1匹に再度実施させるが、それでも23秒掛かった。アンバランスな2頭身だから仕方ないかも
知れないが、まったく情けない生き物だ。だが一つ思う所があったので、少し休憩させて
もう一度5m走を実施した。今度は一つ仕掛けをする事にした。スタートラインにミニイカ娘を
待機させ、僕は皿を置きタッパーを開き中身を皿にあけた、これがスタートの合図だ。

 


「ゲッショオ~、エー、ビィー!、ビィ~♪」

その瞬間、ミニイカ娘は猛然とゴール目指して突き進む。さっきとはまるで違う疾風の如き
勢いで廊下を駆け抜ける。ゴール目前まで迫るとミニイカ娘はゴール目掛けてダイブする。
いや、ゴールなど眼中に無く、その眼差しは皿の一点にのみ集中されている。
皿を高く上げると、ミニイカ娘は廊下にぶっ倒れるが、僕の体をよじ登り皿目指して突き進む。
5m走のタイムはジャスト6秒、さっきの4倍弱だ。皿にはエビフライを盛ってあるのだ。
ここまでの様子を見てもしやと思ったが、どうやらエビを絡めると人参をぶら下げた
馬どころではない馬力を発揮するようだ。もっとも自らの働きの報酬として見るのではなく
ただ遮二無二エビ目指しまっしぐらに突き進むだけなのだが。

「潜在能力は高いんだよねえ…でもまるで役に立たないしどうしたものか」

仮にだが、これが泳げて且つ勝手にエビを食べない様調教出来るとしたら
優秀なエビ漁師として活躍出来ただろう。例えば長良川の鵜の様に。
ただ都合の良い仮定で補正しても、エビに限定されると言う使い勝手の悪さで
実際には調教は不可能と言わないまでも現実的ではない。ミニイカ娘を研究している
機関もあるそうだが数十匹単位で調教して、粗相をしては見せしめで殺し、を幾度も
繰り返してようやくモノになるかどうかだと言う。水泳の訓練も事故死はザラではない
過酷を極めたものだといい、両方を兼ね備えた個体は、国士無双と言っても差し支えない。
そもそもエビの我慢を教えた個体は、あまりフィジカル系の訓練には向かないのだけども。
言っちゃ何だがそこまで手間隙を掛け、幾重もの幸運に恵まれ出来上がるのが
たかだかエビ獲り名人と言うのも、明らかに間尺に合わないような気がする。

「ピィーッソ、ピィーッソ、ピャーッピャ!」

ミニイカ娘は触手で外を指差す。散歩にでも連れて行けと言う事だろうか。
僕は何の因果でこんな生き物の存在価値に頭を悩ませてるのだろうか。
まあ外へ行けば何か見つかるかも知れない。簡素なリードを6つこしらえ
外へと繰り出す事にしよう。周りの目は気になるがこの際気にしない方向で行こう。

「ぴょぴょっぴょぴょぴょっぴょ、ぴょぴょぴょぴょぴょ~♪」

リードで繋がれてるとは言えご機嫌のミニイカ娘は、鼻歌交じりに歩き出す。
5m進むのに40秒とか掛かるから、こっちとしては1歩歩いては止まり、といった感じだ。
散歩に飽きたらこっちのペースで引きずれば良いだけの事。早く飽きてくれ…
50mほど進むと、近所の藤田さんの奥さんとばったり出会う。
僕と同級生の子供がいて、以前は時々遊びに行く事があった。僕は専らお邪魔する側だ。

「あら、ユウくんお久しぶり」
「こんにちわおばさん、お出かけですか」
「ウォーキングね、もう半年も続け…ってちょっ何連れてんのアナタ!」
「ああこれ?ミニイカ娘ですよ」
「ミニイカ娘!や、やだ早くしまいなさいよそれ、ギャー!」
「そ、そいつこないだ家に入ってきてゴキブリホイホイに沢山掛かって死んでたのよ」
「で、腐敗臭したと思ったら床が真っ黒で沢山ウジや虫が沸い…あああ早くしまって頂戴!」
「まさか、アンタん家のミニイカ娘が入ってきたんじゃ無いでしょうね!」
「い、いや…おばさんとりあえず落ち着いてください、しまいますから!」
「ほんと、大変だったんだから!帽子の外れたのもいて、ああもう思い出したくも無い」

 


おばさんは見るからに顔面蒼白で、凄まじいうろたえぶりでへたりこむ。
とりあえずミニイカ娘を手づかみでエコバックにしまうが、おばさんの顔は更に引きつる。
藤田家ではよほどの事態に見舞われたのだろう…とりあえず近くの公園のベンチで事情を聞き
こちらの事情も伝える。どうやら藤田家にもミニイカ娘が侵入して台所を物色されたらしい。
我が家よりも長期間忍び込み被害もより大きかったのだが、食害以上にゴキブリホイホイに
掛かったミニイカ娘の夥しい死体は無理やり脱出を図ったのか、イカ帽子が外れたものも多く
イカ帽子から流れ出るミソと腐敗臭、それに集るウジや小虫が鮮烈なトラウマを刻んだそうだ。
床もイカスミで汚れ、他にも黒いミニイカ娘が台所を飛び跳ねていて、Gの権化の様に見えたとか。
黒いミニイカ娘はそのまま窓から逃げたが、撒き散らされたイカスミも何やらモゾモゾ蠢いていた。
恐らく産卵の跡で、孵化を迎えた瞬間なのだろう。
ともかく藤田家の惨状は筆舌に尽くし難く、ミニイカ娘は家族単位で恐怖の対象として記憶された。
紐をつけ散歩する僕におばさんが悪寒を覚えるのも無理は無い。僕ももしそんな巡り合わせなら…
こちらの事情も話すと、おばさんはやや落ち着きを取り戻すが、これ以上一緒にいても不毛だ。
おばさんが別れを告げると、僕は公園からおばさんの帰りを見送った。

「はぁ…役に立たない所か、多少大げさとは言えああもキモがられるとかちょっと…」

正直これは想定外だった、憎らしいながらも愛嬌はあると思っていたのだが
Gと同列の嫌悪の対象になった過程と、その現実を見るとちょっとね…流石に擁護も出来んし。
ウジを利用したマゴットセラピーなんて裏技も、世の中にはあるそうだがミニイカ娘が食うのは
エビばっかですしおすし…実際気分的な問題は個人の個性に左右されるものだが
エビの食害という客観的な要素に関しては相当悪質だしね、役畜どころかぶっちぎりの害虫では?
何気にイカスミの汚れも頑固で、これも中々に悪質である。我が家ではエビに夢中でオスの侵入も
無かったのでイカスミの被害は0だったが、藤田家では掃除に大わらわで、結局業者を呼んだのだ。
孵化したミニイカ娘の幼虫?も結構な数が台所を這い回っており、イカスミまみれの黒く蠢く
5mmほどのミニイカ娘の集団を見た藤田家の旦那さんは、元々繊細な人柄で気を悪くし
バタンとぶっ倒れて入院してしまったのだ。そういえば旅行前に両親も見舞いに行ってたな…

「結局役畜どころか害虫でFAかしら…」

こんな話を聞いてなければ、僕は今頃公園でミニイカ娘を遊ばせていただろう。
おばさんと似たような被害にあった他人が、今頃大騒ぎしていたかも知れないと思うと
ゾッとする。僕は冴えない表情のまま気だるそうに立ち上がり、そのまま家に帰った。
…家に帰ると黒い何かが飛び跳ねていた。冷蔵庫は開けられ、中のエビは全滅だ。
あれ以来冷蔵庫の開け閉めには体がピクっと反応するようになったので、閉め忘れは無い。
エビだけを綺麗に攫うといえば、奴らしかいない…黒いミニイカ娘!

「ビャービャビャービャービャー、ゲショッ!」

何てこった、我が家にも侵入していたのか!まさか二階から侵入したのか…
下は全部締め切っているしそれしか考えられない。余りの出来事に眩暈がしてくる。
ともかく捕まえなければ、こいつも飼い慣らしてやる!僕は虫取り網を手に持ち
黒いミニイカ娘へとふりかざす。しかし普通のミニイカ娘とは運動性も獰猛さも知性も
何もかも違う。細い網の柄を触手で軽々へし折られると、僕は触手で一撃打たれ倒れる。
父さんにもぶたれた事無いのに…黒いミニイカ娘は閉じた冷蔵庫をまた開け物色する。
逃げるどころか僕の事など、どうにでも出来ると言わんばかりの不敵な態度だ。
悔しい…でも、手も足も出ずにやられちゃう…ビクンビクン!
結局捕まえるどころか、冷凍エビのパックまで奪われ逃走を許してしまう。

 


「ちくしょう…ちくしょおおおー!!」

追跡は出来たかも知れない、でも深追いすれば殺されると僕の本能は体を揺すり訴える。
台所は強風が通り過ぎたような乱雑さだが、幸いイカスミで汚された様子は無い。
藤田家の様な惨状に至らなかった事にほっとする自分を心から恥じ、悔しさがこみ上げてくる。
ミニイカ娘は敵に対してイカスミで威嚇する事があるが、黒いミニイカ娘はそれをしなかった。
要は僕の事などエサか何かとしてしか見ていなかったのだ。恥辱に涙が赤く腫れた頬を濡らす。
水槽にミニイカ娘を戻しえびせんを与えると、蒸し暑い8月の頭に僕は窓を閉め、泣いた。

「ぴぃーぴゃー、ぴぃーぴゃー」

ミニイカ娘が僕に声を掛ける、うるせえなあ…一丁前に心配してくれてるのか?
と思ったがミニイカ娘の視線は部屋の右隅のクーラーに注がれている。
暑いからつけろってか…お前らはほんと、こういう所だけは気が回るのね。
そんな事を契機に僕は泣くのを止め、クーラーをつけた。ミニイカ娘は大喜びだ。
目の前で無抵抗のまま家を荒らされたかと思えば、今度はその出来損ないどもが
分不相応な要求を突きつける。腹立たしさに我慢ももう限界かもしれない…
部屋の明かりもつけると、ミニイカ娘の腹は大きく膨らんでいる。
投げやりにえびせんを袋ごと開けもせずに放り込んだからだろうか。
しかし6等分でここまでにはならないと思うのだが…答えは別の理由だった。
ミニイカ娘は一斉にイカスミを水槽に吐くとバッタリ倒れた。エサもたらふく食って
上機嫌のはずなのに僕が何かしたからか?だがよく見るとイカスミには粒々が含まれている。
もしかして産卵か?まさか死闘と物色の合間を縫って超スピードで交尾…はねーわ流石に。
しかし卵は間違いなく4桁には上るであろう物凄い数だ。こんなものが孵化しては堪らないが
一方では観察の好機でもある。不測の事態に備えつつ観察を続ける事にした。

「20分ほどで孵化するそうだな…10分くらいでモゾモゾ動き出すのが孵化の兆候、か」

しかし待てども一向に孵化の兆候は見せない。20分が経過するが卵はピクリとも動かない。
どうやらミニイカ娘は交接するのではなく、メスが産卵した卵にオスがイカスミをかけると
孵化が始まるという仕組みらしい。野生での産卵の時期は春先から晩夏にかけてであり
その間オスを感知すると、産気づいて腹が膨らみ産卵が始まるのだと言う。
要はこれは無精卵という奴だ。産卵は多大な体力を消耗するため十分な栄養が必要で
産卵し終わるとバタリとぶっ倒れる。30分ほどで起き上がるがその間に孵化が終わり
仔ミニイカ娘たちは母なる海へと向かい、3ヵ月後に上陸するという生活史の様だ。
あと5分もすればミニイカ娘は目を覚ますだろう、その前に卵はとりあえず隠してしまおう。
僕は卵を掬い取りタッパーに入れる。水槽はとにかくイカスミで汚れているので
外へ持って行き注水し、ミニイカ娘ごと水洗いする。水洗いしたからでは無いだろうが
30分が経ち、ミニイカ娘が起き上がると大洪水に驚きビャービャー騒ぎ出した。

「ビャビャビャビャー、ハワワワワワ、ビエー!」

ここはどこ私は誰とでも言ってるのだろうか。心配せずともここはお前らが元いた水槽だ。
水槽自体は移動してるがな!水槽を濯ぎ黒くなった水を何度も捨て、水槽は元通り綺麗になった。
いい加減汗だくで疲れたので、風呂に入ろう。ミニイカ娘も今日は特に念入りに洗わねば…
ワンピースをまくり、体とワンピースをモコモコと泡立て洗い、顔とイカ帽子へと移る。
触手も1本1本裏側と触手の間までブラシを通し、丹念に洗うとミニイカ娘は大変幸せそうな顔で
「ゲショ~」と微笑む。風呂桶に湯を張り湯船に浮かべると、浮遊感にも興奮気味で目を輝かせる。
今日は心行くまで入浴を楽しむと良い、風呂上りのケアも丹念に行おう。

「ピャキーン!ピョッ!」

至れり尽くせりの全身ケアでミニイカ娘はピカー!と光り輝く。
比喩表現でもあるが、文字通り全身から発光してるのだ。うおっまぶしっ!
余りの嬉しさだろうか、本来暗闇の中でのみ気まぐれで発する発光機能を
照明のついた民家で、しかも点滅までさせているのだ。
光の点滅もミニイカ娘特有の感情表現の一つで、最大級の喜びの表現だそうだ。
野生では通常、発光を持続するがこれは威嚇目的と、見たまま照明としても使う。
さて、今日もそろそろ夕食にしよう…一生の思い出になるような、とびっきりの夕食に。
散々観察したが、結局こいつらは食う寝る遊ぶ、しか頭に無いらしい。
エビを感知した時だけは持てる力を全て発揮するし、自分の遊びたい時も積極的な試みに出る。
だが人間の言いつけに対し、そうした前向きさを示す事は終ぞ無かった。時既に時間切れだ。

 


「ごめんな、無い知恵絞って頑張ったけど…やっぱこれしか思いつかんわ、サーセンwww」

ネットで調べたりもしたが、現状ミニイカ娘の利用価値は食品関係しかないそうだ。
他国では軍用に訓練された、凄まじく有能なミニイカ娘もいるそうで、日本も近年研究に
取り掛かったそうだが、まだまだ成果は芳しくなく、夥しい死体の山を築くだけだと言う。
調理法は様々なので、6匹いるし全部使って試してみようじゃなイカ!
では共通の下ごしらえから始めよう、まずは抜歯。ミニイカ娘の食事を支える器官だが
伊勢海老の殻すら食い破る歯は硬くて食べられないので、全てペンチで抜歯してしまう。
噛まれると危険なので注意が必要だが、歯を全部抜かれると丸くなって悶絶するので
以降の作業は楽になる。だからといって最初にイカ帽子を刺して〆てはいけない。
生きたまま調理するのが食味の上では好ましい。要は苦痛とストレスを与えるのが
ミニイカ娘の下準備のコツなのだ。と言っても身を叩くのは良くない。
身がグズグズになり食感も味も落ちるからだ。
話が逸れたが抜歯を始めよう。軍手をつけ右手にペンチを、左手にミニイカ娘を持つ。
極楽浄土から一転、僕の邪気に当てられたミニイカ娘は手の中でガタガタ震える。
なかなか口を開かないが素人では開くのは難しい。しかしエビを吊るして顔を近づけると
いとも簡単に開いてくれる。先人の知恵に感謝し、僕はペンチで歯を挟んで手前へと捻る。

「ウグオオオオオオー、オウゥゥゥゥゥゥー」

口を押さえ苦しそうな悲鳴を上げるミニイカ娘。1本抜けば後は簡単、奥歯も残さず全て捻り抜く。
無残な目に会い悶絶するミニイカ娘を水槽に投げ込むと、同胞が駆け寄りピィーピィー泣き叫び
水槽を叩き僕に抗議のポーズを取るが知った事ではない。2匹目を手に持つとブルブル振動が伝わる。
頑なに歯を食い縛るが吊るしたエビにかざすとお茶の子さいさい。またも口を開いて歯を毟られる。
知能も学習能力も低いがそれ以上に、エビを前にすると白痴化するのもミニイカ娘の特徴だ。
6匹全て抜歯を終え、第一工程は終了。抜歯してしまうと逃がしても餓死を待つだけなので
もう後には引けない。キチンと調理して供養するのが人間の業というものだろう。
次は腕輪の除去だ。腕輪は非常に硬く、間違えて思い切り噛むと人間の歯など容易く折れてしまう。
また小さい部位ながらアイデンティティの喪失は、大きなストレスを与えるため、重要な工程だ。
だがこの工程は、まったくかんたんだ。単に手首から切り落とすだけだから僕でも容易い。
一応コツを言えば、少し腕を引っ張ると緊張してより切れやすくなる。
余談だが腕輪は手首に癒着しているため、引っこ抜くのは不可能だ。最悪肩から千切れてしまう。

「ピィ…ビャアアアアー!エーソォ、エーッソオオオオオ!」

手首を切ると、肘と膝を着き滝のような涙を流す。苦痛より腕輪の喪失の方が堪えるようだ。
コツを一つ忘れていたが、切ったらそのまま放置をするのがいい。それがアイデンティティの
喪失を一番深く味わえるからだ。放って置けば終日呆けるであろう、逃亡の心配は全くの無用だ。
数がいれば同胞にしっかり見せ付けるのも勿論推奨される。しばし放置すればお互い抱き合い
慰めあうがこれも非常に効果的である。ともあれ簡単な作業で滞りなく第二工程は終了した。
次はワンピースの除去だ。これも当然食べられず、誤って飲み込むと気道や食道、腸を塞がれ
死に至る危険な代物だ。食味の観点からも腕輪同様、アイデンティティ喪失の効果が期待できる。
上手く刃を立てないとグズグズになるので注意が必要だ。首周りと肩に直接癒着しているので
この部分に全神経を集中しよう。割り切って肩ごと多少抉ってしまってもいいだろう。
中途半端に失敗すると、皮ごと剥がれてしまい悲惨な光景になってしまう。
もっとも、意図的にそれを狙うのもまた一つの技法だが、これはこれで高等技術だ。

 

 
「ウエエエエエ…ヒィー、ヒェヒョォォォ…ヒャアアアア、ャェー」

腕輪に続き、パーソナルカラーの白を失い、肌色を晒すミニイカ娘の姿は矮小で貧相だ。
ワンピースを剥ぎ取られた本人以上に、それを目の当たりにした同胞のショックの方が大きい。
先ほどより力ない悲鳴が、逆により深い悲しみを物語る。何匹かは上手く行きそうに無いので
肩から抉ったので「ギイヤアアアァァァァ!」とけたたましく泣き叫ぶ。
最後は、当たり前だが水洗いだ。浴槽で心を込めて洗ったとは言え、改めて食材として台所で
洗うのは当然の話だ。第一ここまでの処理でイカスミまみれだ、キチンと洗わなければ。
普通はボールで洗うものだが、今回は敢えて水槽も使おうと思う。思う所が僕にもあるのだ。
まずは表面を水洗い。これといった事は無く。ただ表面を水で洗うだけだ。
今度は内側を洗う。ミニイカ娘の胃袋の伸張性はご存知の通りだが
何度もたらふく水を飲ませては吐き出させれば良い。ちょっとやってみたい事があったので
僕はわざわざ大きい水槽に水を張ったのだ。といっても他愛の無い事ではあるが(笑)

「ゴボボボボブエー、ボビョオオオオー」

ミニイカ娘を掴み水槽に手を突っ込み、そのまま右から左へ腕を流す。するとミニイカ娘は
水を吸い込み見る見る大きく膨らんだ。水面から手を出し下へ向けるとドボドボ水を吐き出し
萎むミニイカ娘。あー面白かった。ほんと童心を揺り起こすギミック満載の生き物だ。
水は少し汚れたが、その分腹の中は綺麗になった事だろう。
そのまま続けて水槽の中でシャカシャカ濯いだり、蛇口からたらふく水を注いで上下に振って
シェイクしたりして、ミニイカ娘の腹の中を綺麗に洗った。これで下準備は完了。
身も心も弄ばれたミニイカ娘の表情はいい感じに諦めと悲しみに覆われて、味の方も楽しみだ。

「ピエェェェェ…ハワワワワワ、ピュゥゥゥ…」

いい加減調理にかかろう。藤田家の話を思い出すと食欲を殺がれるが、食材としては定評のある
ミニイカ娘だ、その点に関しての悪印象を直接被ってない自分は、まだ運のいい方だろうか。
まずはフライだ、小麦粉卵にパン粉をまぶして、熱した油に放り込む。が、あっさり揚げても
つまらないので、コーヒーの空き瓶で一工夫。3匹を空き瓶に放り込み、ゆっくり下へ傾ける。
すると瓶の口で触手と手首のない蛇足で踏ん張りミニイカトライアングルを形成し、必死に堪える。
下で煮えたぎる油の熱気もミニイカ娘の集中力を削いでいく。6本のもみ上げ部分の触手が
垂れ下がっているので高度を落とすと、もみ上げだけ油に浸る。「イギョエッ!」と
触手を跳ね苦しがるミニイカ娘。今の苦痛に神経が集中し、瓶口での踏ん張りも少し緩んだか
ブルブル悶え必死にしがみ付くが、陥落は時間の問題か。だがそろそろ諦めてもいい頃だ。
トドメに爪楊枝で目を一突きすると「ギョイィ~」と触手と蛇足でイカスミの滲む目を押さえる。

「アギャギャギャギャグワアアアアアア、ギョビャアアアアアェー!」

とうとう瓶口を支える力が足りなくなり、煮えたぎる油へまっさかさまのミニイカ娘。
低温でじっくり揚げるので、絶命まで少し間はあるか、その間ミニイカ地獄絵図を楽しもう。
しかしまだまだ元気はあり、水面でバタバタもがく音とミニイカ娘の悲鳴が油の音を掻き消す。
水槽に残った3匹もビャービャー泣き叫び壁を叩いている。この期に及んで命乞いか。
「ビャーギョ!ビャーギョオ!」と叫ぶ揚げミニイカ娘はまるで助けて!と言わんばかりだ。

 


「…助けるって、何?具体的にどうしろって事?」

ここで引き揚げればとりあえず、まだ命は助かるだろう。だが引き揚げた後どうすると言うのだ?
下準備の段階で、既に歯は失われ餌の咀嚼は出来ない、貝などを叩き割るのに使う腕輪ももう無い。
手首から先にせよ、蛇足と呼ばわり短いながらも多少は触手以外での動作を支える部分だ。
ワンピースも再生するはずもなく、唯一の防寒具なくして秋口はまだしも冬眠は乗り越えられない。
触手の動きも弱まってる、恐らくは壊死しはじめているのだろう。仮定よりも現実は非情である。
このまま野生へ還しても、野垂れ死にか捕食されるかの二択は免れない。
助けろ!とは油から引き揚げろと言う意味では無い。引き揚げた後も、ずっと身の回りの世話を
続けろと言う事だ。歯で噛めないので毎日剥き身のエビをすり鉢ですり潰して与え
歩けないので肩に乗せて散歩し、服も無いのでワンピースの代わりを、特注で四季に合わせて
種々取り揃えろと言う事だ。それも僕だけでなく存在するかも分からない
子、孫…4、5代先の子孫まで150年間ずっと、ずっと、ずっと…

「冗談ではない!」

お前らは本来、海辺が生息地の筈だろ。人工物の隙間に住み着いて、身を寄せ合っているだろ。
エビだけではない貧しい食事でも汚い体でも、そうして生きて行くのが本来あるべき姿だろ。
それを民家まで侵入してきて、分不相応な要求だけを泣き喚き繰り返す。
その癖Gの駆除も協力せず、黒いミニイカ娘の略奪からも我が家を守ろうともせず。
以前猫を飼っていたが、敷地に野良猫が入ってくると威嚇し追い出そうとしていたぞ。
勿論人間のためではなく、自分の縄張りを守る為だが、お前らミニイカ娘にはそれすらも無い。
最後にもう一度言うが、お前らに自治権など無い!ここは井沢家だ!二度と間違えるな!

「ギョ…ァェ…ッギィィェ…ソ…」

そうしている内にカラリと揚がり、ミニイカ娘は絶命した。5cmのフライが3つ
苦悶に満ちた身を捩るポーズだが、一方イカ帽子の形が食卓に楽しさを添える。
触手が一層それを強調、食欲はいや増す。下調べ済みとは言え始めての生き物という事で
やや念入りに揚げすぎた感はあるが、期せずして完璧な仕上がり具合だ。そのまま口へと運ぶ。
「サクッ!モシュッ!」まさしく外はサクサク中はふんわり、身は引き締まり歯ごたえも上々。
調理での心身の苦痛が身を締め食味が増す、というのが定説だ。また旨みを分泌する効果もある。
頭にはミソが、首から下には墨袋が詰まっており、旨みの源だ。トロリと濃厚な味が口中を巡る。
触手と全身の軟骨も、コリコリクニクニと食感が楽しい。軟骨がうめーんだよ軟骨が。
ソースをつけるなんて勿体無い、これはこのまま食べるべきで、瞬く間に3匹完食した。

「アアアアアェェェェ…ウアワアアアィ…イャァァァソォォォ…」

目の前で同胞を調理され食われた残りのミニイカ娘は、あまりのショックにへたり込む。
いよいよ死は確実、もはや明日の朝日は拝めないだろうと、ペタンと腰をつく。
だが、最後に心行くまで運動はさせてあげようじゃなイカ。1匹を取り出すとサラダ油をまぶし
フライパンを熱すると、透明な蓋を閉じる。すると中でミニイカエクササイズが始まる。

「アッチャッチャッチャッチャッピィッピョッピョワアアアギャアアー!」

踊る、走る、飛び跳ねる!少しでも接地時間を減らそうと必死のミニイカ娘。
ドーム型の蓋で高さは少しあるので、ピョンピョン飛び跳ねる様が可愛らしい。
中々粘るが、しかしこれでは足ばかりが熱せられそこだけ火が通り過ぎ焦げてしまう。
それはいけないので、仕方なく僕はヘラでミニイカ娘をフライパンに押し付ける。
諦めかけた瞬間なのか、ミニイカ娘は手首と膝をついていた。上からグググと押すが
必死に抵抗を続けるミニイカ娘、もはや心に残るのは意地だけなのだろう。
額をつき尻の上がった土下座というか礼拝のような格好が、深刻な状況に笑いを巻き起こす。
結局、礼拝したままミニイカ娘は絶命。奇しくもその方角は、エルサレムを向いていた、多分。
残念ながら調理の方は大失敗だ。火の通りはバラつき滅茶苦茶、子供の使いでもこうはならない。
調理という観点からみて、これは反省せざるを得ない。ホイル焼きにするべきだったか。 

 

 
「ピョッ、ヒャッ、ヒェッ、ヒョッ、ヒキィィィィー!」

ミニイカ娘は発狂手前だ、次は茹でて見ようか。小さな鍋に昆布と葱、エノキを入れ
出し汁を沸騰させるとミニイカ娘を1匹つまみ上げ、鍋に投入し蓋をする。
「ビギョギョギョギャアー!アエーギャソオオオー!」と溺れて熱がり大暴れ。
イカスミを撒き散らすがこれも出し汁の味を豊かにする、人気の調理法の秘密だ。
ややあって冷蔵庫に豆腐があったのを思い出し、僕は慌てて投入した。
すると面白い事が起きる。ミニイカ娘が豆腐に頭から突っ込み、中に逃げ込んだのだ。
そして尻を振り足をバタつかせ、ニュルリと入り込み豆腐の中へと消えていった。
不意の事態に僕は大爆笑した、しばらくすればまた面白いものが見られるだろう。

「オグゥゥゥゥゥオウアグワアアギイヤアアー!」

豆腐の中から篭った悲鳴が轟く。豆腐にも熱が浸透してきた証拠だ。しかし逃げ場は
どこにもない。外の方が遥かに熱いのだ。ミニイカ娘は既にチェックメイトで
そのまま豆腐の中で茹で上がり絶命。豆腐の反対側から僅かにイカ帽子が突き出ている。
食味の方は…最高、いや完璧だ。満遍なく火が通り、ほっこりと優しく滋味豊かな味わいだ。
豆腐の中で熱が通ったからか、過不足無く完全な茹で上がりで余りの旨さに涙が出る。
これは新しい調理法かも知れない、食事が終わったらネットで紹介してみようじゃなイカ。
あと1匹だけ残っているが、これは今日は食べない。ミニイカ娘は別腹なのだが
別に逃がそうという訳ではない。干物にしてみようと思う。

「少々面倒くさいが…」

ミニイカ娘を包丁で切るのは少々難しい。弾力があるため調理人の腕と業物の包丁が
揃わないとグズグズになり、見た目が悪い。アンコウのような感じだろうか。
そのアンコウを切りやすくするのが吊るし切りという技法で、ミニイカ娘にも応用出来る。
ミニイカ娘の上口に釣り針を通し、上から吊るし上げる。パンパンになるまで
注水したら一気に腹を包丁で割く。するとスパっと綺麗に切れるのだ。
頭はイカ帽子を切り取ってしまえば割と容易く処理できるので、後は問題ない。

「グギョゲアガガアアオ/Ψ∇ヤギャ#★Д∀ゲж↓¥ビзё♪☆」

腹を割いて身を開き、皮を剥いで内臓を取り、水洗いして塩をする。頭はまだ暫くこのまま。
包丁を入れた瞬間凄まじい悲鳴が響くが、流石に体を開いたらもはや声は出ない。
内臓を取ったのにまだ生きているから驚きだ。頭に重要器官が集中しているのか。
とは言え絶命は時間の問題。ここが重要なのだが、必ず死ぬ前に頭を開くのが鉄則だ。
イカ帽子を継ぎ目に沿って落とし、あとは適当に横から包丁を入れて開けばOK。
前もって手順を頭に入れておけば、間に合わない事も無いので落ち着いて頭を開いた。
内臓はしゃぶしゃぶにでもして食べればよい。ミソは最高に旨い部位なので捨てられない。
頭も同じ要領で塩までしたら、あとは数日吊るすだけだ。
ミニイカ娘の観察を続けてきて、その挙動には辟易するばかりだったが、その味わいは本物。
何の存在意義もない生き物と言ったのは撤回する。食べ物としては一級品だ。
干物も、もちもちと弾力があり、噛むほど味わいが深くなるそうだ。4日後が楽しみである。

edited byアドミニイカ at