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ゲショゲショ!

切り貼り屋様
<ミニイカ娘誕生秘話>

ミニイカ娘はいわゆる単クローン生物とも考えられている。どのミニイカ娘も
遺伝情報はほぼ同じで、他の生物のような多様性を持たない。見た目、性格、
行動パターンはどいつもこいつも判で押したように同じであり、個性がない。
人間型という見た目の特異さと不器用な行動で、最初こそ人に気に入られる
ものの、脳容量の少なさ、つまりはアホさゆえ行動はワンパターンで直ぐに
飽きがくる。
また見た目とは裏腹な本能丸出しの下劣さには、ほとほと愛想を尽かされる
ことも多い。まるでたまたまヒットした粗悪なおもちゃの量産品そのもので、
ペットとして人気が廃れるのが早かったのも頷ける。

それでも未だに熱狂的な愛好家が存在するのは、自分に都合の良い妄想をミニ
イカに投影する、いわゆる歪んだ自慰行為に走る輩が居るという事実に過ぎない。
病んだ性格を持つ人の存在を示すだけであって、擁護派達が主張するような、
ミニイカ娘の人間性、深い精神性を示す証拠にはならないのだ。

こんなどうしようもない生物の寿命が150年もあるのは、まさに神様に魔が
差したとしか言いようがない。そもそも何でこんな不合理で妖怪じみた生物が
存在して、現在まで生きながらえているのだろうか?
その秘密を少し解き明かしてみよう。


************************************


あまり知られてはいないが、ミニイカ娘にも稀に突然変異が生じることがある。
突然変異の方向はまちまちだが、ミニイカ娘にはなぜか、飛び抜けて頭脳明晰
で優秀な個体がある確率で発生する。このようなミニイカ娘こそ、秘密を解き
明かす鍵になるのだ。

今回観察する、この上陸したてのミニイカ娘は、まさに突然変異体であった。
幼生の海遊期間を終え浜辺に上陸すると。何かに突き動かされるように内陸を
目指して歩み始めた。いわゆる「コロニー」に属する先輩ミニイカ達の必死の
勧誘には目もくれず、一目散に叢へと駆け込んだのだ。

ミニイカ娘は上陸すると、通常海岸のコロニーに参入する。この見た目不細工
な生物は機能的にも出来損ないであり、とても単独で生ながらえるほどの器用さ
は持たない。か弱い生物の宿命として、本能的に群れる事で危険を回避しようと
するのだ。ところがミニイカ娘のコロニーには多少の社会性は見られるものの、
規約は支離滅裂でとても効率的とは言えない代物であり、生物としての存在意義
さえ疑われる始末である。

よってミニイカ娘の生存率は集団生活してすら極めて低く、無暗に強靭な生命力
と、海から絶え間なく新座者が供給されるという力技によって、ある程度の個体
数を保っているに過ぎない。150年という寿命は宝くじで言えば1等賞-人に
飼われることで初めて達成する-のようなものであり、外れて当然平均寿命は
1年に満たない。遅かれ早かれ大部分は他の生物の餌となり、残りの大部分も
文字通り海の藻屑となる運命にある。

以上の理由からコロニー参加を拒絶するというのは、普通のミニイカ娘にとって
確実な死を意味する。群れることすらできない出来損ないは、どうしようもない
クズである。神様の気まぐれで生を受けたとしても、アホウに自分の気まぐれで
生きてゆける保証など与えられるはずがない。

さて話を元に戻そう。コロニー参加を拒否したこの優秀な個体は、この後どの
ように過ごしてゆくのだろうか。追跡してみよう。

叢に入り込んだミニイカ娘は海岸から十分な距離を離れると、触手を使って地面
に穴を掘る。草の根に近いところでは根が穴掘りの邪魔になり、草から遠ざかる
と捕食者から丸見えになる。それを心得たかのように、まさに絶妙な位置に穴を
掘る。さらに穴を掘りの途中で出てくる宝物、小型の昆虫やダンゴムシなどの
節足動物、ミミズなどの軟体動物を何躊躇うことなく捕食する。野生のミニイカ
娘は、フナムシ、ゴカイなども食べるというから今更に驚くこともないが、
分不相応な餌の選り好みなどこのミニイカ娘には全く縁の無い話である。
気に入らない餌をいちいち「ちっ」とか言って投げ捨てている間に、野生では

死が確実に迫ってくる。

30センチほど垂直に穴を掘り進むと、次に横方向に10センチほど穴を広げ、
ささやかなねぐらを造る。そして地中を掘り進む際に見つけた小石をねぐら全体
に満遍なく敷き詰める。この小石は土中の捕食者-モグラなど-の接近を感知し、
防御するためのものである。石は音をよく伝えるし、最後の盾ともなる。寝心地
はかなり悪くなるが、命の大事さに比べれば取るに足らないものだ。飼い主に守
られ柔らかい布団のなかで無防備に爆睡できる、寄生虫と一緒にしてはいけない。

ここを根城に、ミニイカ娘は文字通りモグラのような地中生活を送る。来る日も
来る日も触手でトンネルを掘り虫などを捕食する。地味な生活だが地上に比べれ
ば遥かに安全だ。捕食者も少ないし食料も豊富、温度差も少なく風雨に晒される
こともない。唯一の天敵はモグラだが、充分に賢く用心深いミニイカ娘にとって、
モグラが地面を掘る際のガサツな振動を捉えるのは児戯に等しい。当然、少し
でも用心を怠ったり賢さに欠けるミニイカ娘はこの時点で淘汰される。無用心で
アホな態度が可愛いとされ、ペットの必須条件となる御目出度い世界とは程遠い、
過酷な現実である。

地中生活の際には、驚くべきことに、ミニイカ娘の漫画チックな体型が役に立つ。
頭にある触手は穴掘りには最適だし、捕食者に襲われた際にはトカゲの尻尾よろ
しく囮として切り離せる。一見バカげて見えるイカ帽子も流線型かつ摩擦係数が
小さく、土砂を掘り進む際の抵抗を下げている。土の中では役に立たない貧弱な
体は、その貧弱さゆえに邪魔にもならず、さらに丈夫なワンピースが土砂との
摩擦を小さくしている。であればイカの姿のままでも良さそうなものだが、胴
は食料の貯蔵室であるし、足は内陸まで素早く移動するのに必須、手の効用に
ついては後に明らかになる。

ミニイカ娘はこうした地中生活を20年ほど続ける。とても地味な生活である。
この間には時折地上に出ることもある。最初は地面から顔を覗かせる程度だが、
そのうちに地上に出て歩き回るようになる。地上で過ごす時間、回数が次第に
増えていくとついには草木にしがみついて登り出す。何かと煙の例えではない。
ここまで生き残るミニイカ娘の知能は、人で言うと小学校高学年にも匹敵する。
150年の寿命をまっとうしてなお、アホの子から脱却できない並みのミニイカ
娘とは違うのだ。

草木に登ることを覚えたミニイカ娘には、大きな変化が現れる。
体の色や形を好きなように変えることができるのだ。驚くことはない。元々は
イカの仲間である。このような能力を発揮できない普通のミニイカ娘の出来が
悪いだけである。初めのころ、ミニイカ娘は登った草木に似た変身、すなわち
擬態や保護色を呈する。地中より遥かに捕食者の多い、地上に対する適応だ。
もちろん、変身能力の不十分な個体、用心の足りない個体はこの時点でも容赦
なく淘汰される。人の気を引こうと、大きな鳴き声や可愛い踊りで目立とうと
するミニバカ娘とは真逆の生き様である。

変身を学んだミニイカ娘には、最後の劇的な変化が待っている。草木の天辺まで
登ってしっかり蛇足でしがみつき、最終形態を取るのだ。蛇足は本来「蛇足」
ではなくこの時のために存在する。短いが骨の入った(実際は軟骨だが)手足は、
身体をしっかり固定するためにある。

変身する最終形態は何と「花」である。触手や前髪を様々な形に変形し、色も
鮮やかに変え花弁とする。中心に位置する顔も、花らしく変化させることは
言うまでもない。貧弱な体、蛇足は既に登った草木と同化させてあり、花への
変身は完了する。このような最終形態に変身できるミニイカ娘を、特別に
「ハナミニイカ娘」と呼ぼう。ハナミニイカ娘は何も少女趣味で花に変身して
いるわけではない。今までの生活からわかるように、彼女らは常に生きること
に真剣であり必死である。意味なく花で着飾り、それを可愛いと勘違いする
人の気まぐれで生かされているわけではない。

それでは、なんのために変身するのだろうか?

花に成りすましたハナミニイカ娘に、そのうち訪問者が訪れる。訪問者はブーン
という羽音と共にやって来る。そう、蜂である。蜜を求めてハナミニイカ娘の
花に止まる。その途端、この美しい花はイソギンチャクよろしく獰猛な捕食者に
変貌を遂げる。花弁の触手で金縛りにされ、止めにイカスミをたっぷり浴びせ
かけられて蜂は絶命する。針での反撃など無意味である。だいたい蜂に刺される
ような鈍臭いミニイカ娘が、ここまで生き残っているはずがない。その後ハナ
ミニイカ娘は、花弁を蕾のように閉ざし、捕えた鉢をゆっくり味わう。

地上の節足動物は海洋節足動物の末裔であり、乱暴に言えば似たものである。
そのためか両者は似たような味がするらしい。蛋白質摂取のためだけでなく、
ご馳走として節足動物を食べる民族も存在する。ちなみに日本でも蜂の子だけで
なく蜂を食べる習慣もあり、なんとエビに似た味がするという。
そうである。ミニイカ娘はハナミニイカ娘になって初めて、やっとエビを味わう
権利を得ることができるのだ。ここで当然疑問が湧くはずだ。地中の昆虫でも
同じではないのか。なぜ幾多の危険を冒してまで蜂を狙うのか、と。

ハナミニイカは小さな体格にしては異常なほど優れた頭脳を持ち、その活動を
維持するために、超高カロリーを必要とする。蜂といえば何かを連想しないだ
ろうか。

そう、蜂蜜である。意外かもしれないが、蜂蜜はハナミニイカ娘の大好物なのだ。
高カロリ―、高栄養、かつ美味と実は非常に理にかなった好みなのである。
地上に出てわざわざ蜂を狙うのも、「蜂蜜入りのエビ」を味わいたいがため、と
解釈してもよかろう。これを我儘と呼んではいけない。自分の力で勝ち取った
ご馳走である。泳ぐことすらできないくせにエビに命をかけるほど執着する、
身の程知らずのドアホウとは天と地ほどの差がある。

ハナミニイカ娘に話を戻そう。
彼女はその後何匹かの獲物をモノにして一日を終える。そして夜になると、
大きな花の中に忍び込み眠るのだ。花は夜閉じるので、捕食者から身を守るにも
好都合だ。同時に花をねぐらにすることで、花の蜜という夜食も手に入る。

花の中で眠るミニハナイカ娘は、発光することがある。イカは発光機能を持つ種
があり、ミニイカ娘もそれに属するからだ。なぜわざわざ目立ってしまうのか、
捕食者から狙われやすくなるではないか、と不思議に思うかもしれない。ここ
まで完璧につつましく生きてきたミニハナイカ娘にとって、あるまじき失態に
見えるだろう。ところが、発光は危険を示す証でもあるのだ。ハナミニイカ娘は
蜂を捕食すると針と毒液袋を取り除き、ワンピース内に蓄えている。綺麗な花
にはトゲがあり、光る花には手痛い針と毒がある。

蜂何匹分もの針と毒を持つ生物を、わざわざ狙う酔狂な捕食者はいない。


************************************


人里離れた森の中、夜静かに光る花。そして、その中に住む小人。
どこかで聞いたような話ではないだろうか?

ハナミニイカ娘は、昔、森の妖精と呼ばれたものなのである。
とても小さな人型のもの。人知れずひっそり暮らし、花の中に住んでいる。
長寿であり賢明であり、極稀に人に接することもあるが好意的でもない。
その一生の殆どを一人で暮らし、決して他のものを頼ろうとはしない。

このような妖精伝説は世界各地で、海から遠く離れた大陸内陸部まで存在する。
ハナミニイカ娘の並外れた長寿と賢明さ故、生活圏を拡大した結果であろう。
ただしいくら優秀な突然変異体といえども、ミニハナイカ娘にまで生き残れる
可能性は極めて僅かでしかないのだ。

ところでその他大勢、現在蔓延る普通のミニイカは何ものなのか?
賢明な妖精とは程遠い、妖怪と呼ぶにふさわしいクズどもである。
こいつらは、単なる脱落組なのであろうか?
実はこの出来損ないどもは、ハナミニイカ娘の囮として生まれたものなのだ。
ミニイカ娘が海から上陸する光景を思い出してみよう。一目散に内陸へと向かう
のは特別に優秀な個体、即ちハナミニイカ娘候補生であった。
「種としてのミニイカ娘」は是が非でもこいつを生かしたい。この最も危険な
上陸に際してハナミニイカ娘候補生から捕食者の目を逸らすこと、わらわらと
海岸近くに群れ、捕食者を引きつけ自らを餌食となすこと。これこそが普通の
ミニイカ娘に与えられた使命なのだ。

では、囮としてとしての最適な特徴とは何か。
まず目立ち、ちょこまか動き回ること。捕食者は動くものを狙い、その動きが
稚拙であるほどより狙われやすくなる。そして適度に鈍臭いこと。簡単に捕まる
ようでは時間稼ぎにならないし、あまりに捕まり難ければ囮にならない。加えて
生命力が強いこと。襲われて直ぐに死んでもらっては困る。頭が千切れても
蠢き続けるほどの生命力は欲しい。そして最後に襲われた時のリアクションの
大きさ。これは特に知能の高い捕食者相手に有効である。捕食者の狩りの本能を
満たすためには、囮が真剣に逃げ回り必死で抵抗し続けること、つまりは真の
恐怖、怪我の痛みを強烈に感じる必要がある。恐れおののき苦しみ悶えて殺され、
初めて囮としての本懐を遂げられるのだ。

この推定が正しいとすると、ミニイカ娘のあまりにも人に似た姿と豊かな表情、
そして何よりも人の心を掻き乱すような-嗜虐性を駆り立てる-態度と振る舞い
は、彼女達にとって人が最も危険な捕食者であった可能性が高いのである。
思わず捉えて嬲り殺しにしたくなる獲物。普通のミニイカ娘は囮として儚く消え
去ることを願われ、生を受けた哀れな連中なのである。

極僅かな長寿の妖精と、儚く消え去る多数の妖怪。
神は「種としてのミニイカ娘」になぜこのような両極端の、それも過酷な試練を
与えたのだろうか。それは永遠の謎でしかない。

ところが現代社会は「種としてのミニイカ娘」に、皮肉な運命をもたらす。
ハナミニイカ娘が、生きてゆけない状況になっているのだ。
海から上陸した途端防波堤に阻まれ、内陸に進むことすらままならぬ。よしんば
内陸に辿り着けたとしても、地面は到ところアスファルトやコンクリートで覆わ
れている。どこで地下生活を送れば良いのか。そもそも妖精になったとしても、
地表で暮らせる森やお花畑がどれだけ残されているというのか?
現代にはもうミニハナイカ娘の住む場所はない。妖精は今や幻になってしまった。

では普通のミニイカ娘にとってはどうなのか。
護岸工事された浜辺は、こんなバカでも生き残れるほど至る所隠れ家が存在する。
富栄養化が進み生活排水が流れ込む浜辺には生ゴミが散在し、乞食イカの食料
には事欠かない。囮のウスノロがたむろしても、人を恐れて他の捕食者は浜辺に
近寄ることを躊躇っている。

最大の誤算は、囮のミニイカ娘に感じるはずの嗜虐感を可愛いと取り違える人の
多かったことにある。ロリコンアニメの影響か、はたまた博愛主義の成れの

果てか。人はなぜか、ぶち殺される為に生まれた出来損ないを、争って手に入れ
飼育し可愛がった。不完全ゆえ保護が必要な、子供に対する愛情とは全く別物の
はずなのに、である。

かくして巷には「普通の」ミニイカ娘が、蔓延することになった・・・。

「種としてのミニイカ娘」は、ストイックな妖精を目指していただけである。
そんなミニイカ娘を妖怪に仕立て上げたのは、人の気まぐれな愛情だった。
本来永らえさせるはずのものを断ち切り、儚く消え去るはずのものをしぶとく
生きながらせてしまった人の罪。
現代社会が妖精ではなく妖怪を好んだというのが事の顛末、ミニイカ娘誕生
秘話である。


(完)

 

edited by切り貼り屋 at
<ボテバラミニイカとの接し方>


 あなたの飼っているミニイカが、性懲りも無くエビを馬鹿ほど食い漁って、
 ボテバラを抱えて苦しんでいます。
 あなたは、このミニイカに対して、どのように接してあげますか?
 お好みに応じてお選びください。


(1)食べすぎで二度と苦しまないように、優しく諭してあげる

 

 

 

 


   「意地汚く食べるのは、この口か~!」


(2)腹痛を治すために、正露弾をあげる


 

  

 

 

 

    「それっ!」  バチン!!  「・・・あ、外れた。」


(3)景気付けに「迎え酒」ならぬ「迎え鮫」をあげる

 

 

 

 

    「これでも喰らわんかい!」



(完)

 

 

edited by切り貼り屋 at
「ヤクルトの容器を使って」

 ~ゲショゲショ! ネタ広場より 
  「ヤクルトの容器を使って」(byアドミニイカさん)~


イカ帽子内のイカミソは、ミニイカ娘の中でも最も美味しいところです。
できれば生で味わいたい。もうひとつ欲張りを言えば、ミニイカ娘の
「今はの際の表情」を調味料に、さらにおいしく味わいたい。
そんなあなたの我が侭な願いを適えます。
用意するものは、活の良いミニイカ娘の他、ヤクルトの容器、細長い風船、
セロテープ、ナイフ、空気ポンプに、スプーン、たったこれだけです。

(1)下ごしらえ
 1.ヤクルトの容器の底をナイフでくりぬきます。
 2.容器側面の上の膨らみ部分を、直径1.5センチ程度にくりぬいて
   おきます。
 3.その穴の反対側、容器の内側に、上下に細長い風船を這わせておきます。
   風船の先は容器の口からはみ出さないように。また下端の空気の吹き
   入れ口のほうは、くりぬいた底から外に出しておきます。風船と容器は、
   セロテープで仮止めして置けばよいでしょう。あくまで仮止めですので、
   強く固定しないように。
 4.最後に、風船の空気吹き入れ口には、空気ポンプをつないでおきます。



 (2)配膳
 1.(1)で用意したヤクルトの容器を、ミニイカに頭からすっぽり被せて

   ください。
   エサを与える振りをすれば、簡単に騙せます。
 2.容器を被せられたミニイカは、大慌てで容器の側面の穴に顔を押し付け
   脱出をはかりますが、頭が大きすぎて逃げ出すことはできません。
   イカ帽子の先をヤクルト容器の口からはみ出させて、ミニイカは途方に
   くれるはずです。
 3.頃合を見計らって、一気に風船へ空気を注入します。
   風船に、むぎゅっと押し付けられ、ミニイカは身動きできなくなります。
 4.十分に空気を入れ、ミニイカが動けないことを確認したら、風船の口を
   縛って、ポンプをはずしてください。

(3)食事
 1.(2)で用意したミニイカ入りヤクルト容器を、ミニイカの顔が見える

   ようにして手で持ちます。
 2.この際、ミニイカの顔にデコピンを一発食らわせれば、洒落た前菜と

   なります。
 3.次にヤクルト容器の口に沿って、ナイフを滑らせます。
   こうすれば切り口に気をとられることなく、ミニイカの表情に集中して

   イカ帽子の先を切断できます。切り代は小さいので、ミニイカが死ぬことは 

   ありません。
   一気に切って悶絶の表情を楽しむもよし、じわじわ切って泣き喚くさまを
   楽しむもよし、です。
 4.イカ帽子の切断がすんだら、切り口にスプーンを差し込んで、中味を

   すくってお食べください。スプーンを使わず、爪楊枝等で少しずつ突っつき

   ながら頂くのも、粋な食べ方です。
   いずれの場合でも、ミニイカの「今はの際」の壮絶な表情、断末魔が最高の
   調味料になること請け合いです。
 5.風船の空気を抜けば、「食べ残し」を容器から簡単に取り出すことが

   できます。
   食べ物を粗末にすることなく、「残り」もおいしく頂きましょう。


  (完)

edited by切り貼り屋 at
<冷たい目>


いつものように、ミニイカ娘を捌いている時だった。
俺はようやく、違和感の原因を突き止めたのだ。
それはいままで執拗に悩まされてきた、違和感だった。

違和感の原因は、捌かれる際のミニイカの眼差しだった。
包丁が自分の体に入る瞬間、ミニイカは「冷たい」目で俺の顔をじっと
見つめていたのだ。

俺はミニイカ娘専門の料亭で、板前をしている。
毎日おびただしい量のミニイカ娘を捌いて、調理するのが仕事だ。
ここで働き始めてもう3年になるのだが、最近仕事中に何か違和感を
感じるようになった。その「違和感」はだんだん強くなり、今では
仕事に集中できないほどになっていた。

今回、俺はようやく、違和感の原因を突き止めたのだ。

動物の体に包丁を入れる場合、知能の優れた生き物ほど、包丁が刺さる
寸前に目を背ける。次に起こる激しい苦痛を、悲しいほど予測できるからだ。

ミニイカのように知的レベルが高く、加えて神経質で臆病なものなら
なおさらのことである。

板前の経験上、ミニイカ娘は例外なく包丁を見てぎゃーぎゃーと喚き立て、
助けを求めるように俺を見つめる。
ところが、いざ包丁が体に近づくと固く目を瞑るのが常だ。

ところが最近のミニイカは、少し様子がおかしいのだ。
女々しく、騒がしく泣き喚く様子は相変わらずだか、包丁が入る瞬間に
ほんの一瞬静かになる。

そしてその一瞬に、ミニイカ娘は自分を捌く相手-つまり俺-の顔を
「冷たく」見つめる、という不可解な行動をしていたのだ。

見つめるといっても、怨みを込めて非難がましく見るのではない。
「冷たく」と表したとおり、単に相手を確認するかのように無表情に見るのだ。

もちろんそれはほんの一瞬であり、そのあと盛大に絶叫し、苦しみ悶える
無様なさまは、今までのミニイカとまったく変わらない。

原因を突き止めた俺は、早速対策を講じようとした。
理由は分かったものの、殺す相手に見つめられるという違和感には、
到底慣れることはできなかったからだ。

ところがミニイカの目を手や布巾で隠そうとしても、隠される直前、
ミニイカは「冷たく」俺の顔を一瞥する。目を先に刳り貫こうとしても同様だ。
結局どこかの瞬間で、俺はミニイカに見つめられることになるのだ。

防ぐ手立てもなく、ミニイカ娘の冷たい眼差は、俺の神経を次第に追い詰めて
いく。俺はミニイカ娘の顔から目をそむけて捌くことで、何とか平静を保ち
続けようとしていた。

そんなある日、いつものようにミニイカ娘を捌こうとした俺は、
気が緩んだのか、ふとミニイカ娘と目を合わしてしまった。
ミニイカ娘は真っ黒な瞳で、「冷たく」俺の目を覗き込んでいる。

うわっ

取り乱した俺は、包丁の扱いを誤り、人差し指を切ってしまった。
するとまるでその瞬間を待っていたかのように、ミニイカ娘が俺の傷口に
墨を吐きかける。

痛い!

濃い塩分と何か他の刺激を傷口に感じ、俺は思わず小さく叫んだ。
ただでさえいらいらが募っていた俺は、このミニイカ娘の行為に逆上し、
包丁でミニイカ娘をめった切りにする。

・・・びえっ・・・

ミニイカ娘は「普通」の臆病な小動物に戻り、哀れな声を上げて絶命した。
俺は傷口についたイカ墨を水で洗い流す。イカ墨が傷にしみてじくじくした。

この事件があった次の日、俺は板場の仕事から離れていた。
指を深く切ってしまったのが直接の原因だが、もうミニイカの視線に耐えられなく
なった、というのが本音だ。口実もできたので、しばらく気を休ませてもらおう。

俺は板場の補助-生簀からミニイカ娘を取り出したり、料理を運んだり-を
していた。流石にこの状況では、ミニイカ娘は俺を「冷たく」見つめることはない。

俺は客の注文に応じて、生簀のミニイカ娘を取り出す。よく知られているように、
ミニイカ娘の歯は侮れないので、軍手をしっかりはめて捕まえにかかる。

注文のミニイカ娘は、捕まえようとすると、びぇーっと泣きながら
ちょこまかと逃げ回る。とても臆病な個体のようだ。
俺は生簀の隅に追い詰めると、涙を流し震えるミニイカ娘を両手でしっかり
捕まえた。

そのときだった。怯え震えていたミニイカ娘は、一瞬無表情になると、軍手の
上から、俺の指の傷の部分に噛み付いた。

ぐっ!

あまりの痛さに俺は唸った。ミニイカ娘をはずそうとするが、すごい力で
噛み付いており、簡単には外せない。その間にも傷口から出血し、軍手が
赤く染まってゆく。

俺は軍手を裏返し脱ぐことで、ようやくミニイカ娘を外すことができた。
傷口にはしっかり絆創膏を張っていたのだが、軍手とともにミニイカ娘に
くわえ込まれ、剥がれてしまった。

傷口から溢れる血を見て、腹に据えかねたものが爆発した。

この野郎!

裏返しの軍手に包み込まれていたミニイカ娘を、軍手ごと床に叩きつける。
間髪おかず、上から足で何度も執拗に踏みつけた。


  ぐちゃっ! ぐちゅっ、きゅっ・・・

軍手から黒いイカ墨が滲み出て、ミニイカ娘は全く動かない。
まだ収まらない俺は、無残な屍骸を確認すべく、ミニイカ娘を軍手から
取り出した。ミニイカ娘の帽子は破裂し、四肢は捻じ曲がって死んでいる。

  ざまあみろ。

俺は最後の仕上げに、ミニイカ娘を両手で引き裂こうと、血の吹き出る
指で、ミニイカ娘の頭を掴もうとした。
その時、死んだはずのミニイカ娘が、いきなり目を開き俺を見つめた。
あの「冷たい」目で、だ。

  ぷふーっ

そして俺がひるんだ隙に、指の傷口にイカ墨を吹きかけてきたのだ。

  ぎぇっ!

イカ墨が強烈に傷に染みる。我に返った俺はミニイカ娘を投げ捨てると、
近くの蛇口に駆け寄り、イカ墨を洗い流した。

指を洗いながら先ほどのミニイカ娘を見ると、もう微動だにしていない。
完全に息絶えているようだ。

さっきの、あの一瞬の行動は何だったんだ?

俺は傷の痛みに耐えながら、2度まで傷口にイカ墨をかけられたことに、
腑に落ちないものを感じていた。

傷の具合は結構ひどかった。血が止まらず医者に行くと、何針か縫われる
有様だった。また、ミニイカに噛み付かれた一部始終を、店の者たちが見て
いたため、俺は傷病休暇という名目で、しばらく休めることになった。

丁度いい、この際十分休んで、すっきりしよう。
神経が苛立ち寝不足気味だった俺は、自宅でゆっくり休むとに決めた。


傷口は順調に塞がっていた。いや順調すぎるほど治りが早かった。
しかし、「脹れ」というか「しこり」というか、指は膨れたままだ。
早々に抜糸が済んで、傷は癒えたかに見えたが、指の膨れは収まらなかった。

ある晩指の膨れを確認すると、膨れはいくつかの細かい膨れに分かれていた。
特に痛みはないが、所々青っぽく変色しているようだ。
数日前から風邪気味の俺は、咳が酷いせいか気が滅入っており、この様子が
少し心配になってきた。
とりあえず明日は医者で診てもらおう、俺はそう決め眠りについた。

次の朝指の膨れを確認すると、さらに酷いことになっていた。
膨れは上下2つに別れ、白っぽくなっている。そしてその間からは青白い筋が
何本も下の膨れに向かって走っているのだ。

早く医者に行こう。そう思ったが、俺はその「膨れ」から目を離せずにいた。
何かが心に引っかかる。どこかで見たような覚えがあるのだ。

ぼんやりとした心の中の「何か」のイメージが、徐々に鮮明になる。

  ・・・・・・ うああああああっつ!

俺は狂ったように暴れた。膨れた指を壁や床に強く叩きつけながら、
目茶目茶に叫びながら暴れまわった。すると、僅かに残った理性が俺に囁いた。

  指を切り離せ!

そう、指の膨れはあの「ミニイカ娘」の後姿そっくりだったのだ!
俺は暴れてよろめきながらも、必死に台所に向かった。
台所で包丁を取り出し、指を叩き切ろうとした・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

指を叩ききる寸前、俺は駆けつけた家人達に取り押さえられた。
そして、暴れないように縛りあげられた上、救急車で病院に搬送された。
病院でたっぷりと鎮静剤を注射された後、医者の診断を受ける。

  これがミニイカ娘だ、と言われるのですね。

医者は俺に質問した。俺はゆっくり頷いた。どこか遠い所から声が聞こえる。
心が動かない。寒さでかじかんだ指の感覚のように、どうにもならない状態だ。

  X線撮影、組織検査等、総合的な診断の結果、これは単なる皮膚の
  炎症です。いわゆる水疱というものですね。貴方の心配するような、
  そんな生物ではありませんよ。分かりますね。

医者は優しく諭すように話しかける。
その言葉は、ゆっくり俺の中にしみこんでゆく。

  ・・・そうだったのか。

おれの心の一部分が、どうやら安堵感を覚えたようだ。

   貴方は随分と疲れが溜まっておられるようだ。
   仕事とはいえ、人に似たミニイカ娘を毎日大量に調理することは、精神に
   相当な負担が掛かる場合があります。
   お店と相談して、しばらく担当を変えてもらうように、話をしたほうが
   良いかもしれません。取りあえず、今日は何も心配せず、ゆっくり
   眠ってください。

医者が微笑みながら、ゆっくりと話している。

  ・・・眠れるのか、安心して良いのか。

おれはその言葉を、動かぬ心の中で反芻する。
帰りのタクシーの中でも、俺はその言葉を繰り返し繰り返し、呟き続けた。
ぼんやりだが心が軽い。なにか、突っかえていたものが取れたようだ。

家に帰り、ベットに寝かされた俺は、朝まで目を覚ますことなく、久々に
ぐっすり眠ることができた。
もちろん、鎮静剤の作用は大いにあったのだろう。

次の朝、俺は爽快な気分だった。
しかし、胸に少し苦しさを感じ、こほこほと咳をする。

  そういえば、ずっと風邪気味だったしな。
  昨日はさすがに、風邪を診てもらうほどの余裕はなかったし。
  今日一日ゆっくり寝れば、直るか。

俺は再び、布団を頭からかぶって寝に入った。徹底的に眠ろうと決めたのだ。
ところが、咳は止まらない。ますます酷くなってゆく。
シーツを口に当て咳を抑えようとしたが、胸苦しさは増し、俺はとうとう
大量の痰をシーツに吐いた。

  しまった、汚ないことをしてしまった・・・。
  明日にでも、また医者に行くか。

おれはシーツを口から外して、汚れ-痰-を確認する。

・・・痰ではなかった。

それは、真っ黒などろっとしたもので、強い潮の臭いがした。
夥しい数の数ミリほどの生き物-頭に十本の触手を持つ人型の生物-が
その中で蠢いてる。

そして、無数の目が「冷たく」俺を見つめていた。


(完)

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<ハバネロを与えました>
巷ではミニイカ娘にまつわる、色々なうわさが出回っている。
タバスコにまつわる噂もそのひとつだ。

タバスコを与えると死ぬ、聞いたこともない面白い声をあげて静かになる、
という穏やかなものから、新陳代謝が異常に活性化するため、スーパー
ミニイカに変身する、という興味深いものまで揃っている。

これはぜひとも確かめねばなるまい。追試だけでは面白くないので、もっと
辛いものを与えればどうなるのか、調べてみることにした。

まず、ハバネロ調味料なるものを手に入れた。これはタバスコの10倍の
辛さを誇るという。どろどろの液体で、確かに危険な刺激臭がする。
これをたっぷりミニイカに与えてみるとしよう。

試験用のミニイカ娘は、知り合いのペットショップから人を怖がり懐かない
ものを手に入れてある。

それではミニイカを捕まえよう。

確かに嫌がって怯えている。


なんかムカツクので、お約束のデコピンを。

衝撃で目を回しているので、この間にハバネロ調味料をスポイドに吸い込む。

ミニイカ娘の頭を上に向け、スポイドを口に突っ込み、直接胃に注入。


手に持っていると危険かもしれないので、水槽の中に放り込む。


しばらくすると、いきなりミニイカ娘がムクッと起き上がる。
顔は真っ赤だ。


ミニイカ娘の全身がどんどん赤く染まり、顔はみるみる苦痛に歪んでゆく。

 げしゃぁぁぁぁぁぁぁ~っ!!!

突然絶叫すると、20センチ以上も跳ね上がった。


さらに驚くことに、口から火を吐き出した。と同時に尻からも、火花を
撒き散らしている。これは危険だ。

ミニイカ娘は、上下の口から火を撒き散らしながらの大ジャンプを
数回繰り返した後、力尽きて水槽の底にばたりと倒れこんだ。

真っ白になり、文字通り燃え尽きた、というところか。
すでに息はない。


後日、このミニイカ娘を解剖してみると、胃腸が焼け焦げていた。
ハバネロの刺激で異常活性化し、オーバーロードしたようだ。

活性化した胃腸が超高温になり、破れた血管から血が噴出、
これが発火し消化管の上下(口と肛門)から炎を噴出したらしい。


*教訓
 物事を確かめるのはほどほどに。
 危うく火炎ミニイカ娘で、家を火事にするところだった。

(完)

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<私を見て>


俺の掌で寝転がっている3cmほどのミニイカ娘は、俺が卵から孵して
育てたものだ。この大きさに育つまでは約3か月かかった。幼生は水棲の
ため、人工海水で満たした水槽の中で飼育し、今日上陸を遂げたのだ。
まだ重力に離れておらず、掌で寝転がるのが精一杯のようだ。

最初に全部で数百個もの卵を入手し孵化させたが、最後にこの一匹だけを
残しあとは間引いたのだ。そもそも孵化しないものあるし、孵化したとしても
不完全な固体-身体の部分の欠落、運動・精神能力の著しい欠如-は直ぐに
間引いてある。飼育中には頻繁にスキンシップを行って、個体の特徴を常に
把握した。あまりに臆病すぎるもの、攻撃性の強いものは、途中でどんどん
間引いた。ある程度成長してからの間引きは、孵化直後の間引きとは違い
反応が生々しいだけ面白い。ミニイカ娘の成長が進むに連れて、間引く回数は
減るものの、「質」は向上するので、最後まで楽しませてくれるのだ。

こうして最後に残った一匹は、活動的であり、知的であり特別に感情豊かで
人懐っこい個体である。孵化以来、毎日頻繁に手で触れて可愛がり、愛情を
たっぷり与えて育ててある。また当然のことだが、こいつには他の個体を
間引く様子は見せていない。毛の先ほども俺を疑うことなく、完璧に懐いて
いる。もし間引きの様子をしたなら、この信頼と愛情は一転、恐怖と絶望に
変わるだろうが・・・。

俺はニコニコ笑いながら、寝転がるミニイカをそっと撫でてやる。

 「げそー」

まだ肺呼吸に慣れていないため、小さな泣き声しか上げられないものの、
喜びを精一杯声に出している。俺はミニイカほどの大きさのエビの剥き身を
取り出し、ミニイカに見せる。

 「あえーっ、げそ、げそっ。」

ミニイカ娘は目をきらきら輝かせると、掌で何とか立ち上がりエビねだる。
エビを与えると、はむーっ、はうはうっ と満面の笑みでエビをほおばる。
食べ終わると、ふわーっ と一息はいて再び寝転がった。
そして、腹をさすって、幸せいっぱいの表情を見せている。

そうかよしよし。いい子だね。はやく陸に慣れるんだよ。俺は優しく微笑み
かける。
このミニイカ娘には、もっと感情豊かに、もっと俺に信頼と愛情を寄せて
育って貰わねばならないのだ。

この娘が存在する真の目的、来るべきそのときに備えて。

その後半年あまり、俺はこのミニイカ娘に文字通り愛情を惜しみなく注ぎ込み
育てた。毎日掌に載せて遊んでやり、時には外出していろいろな場所に連れ
出し散歩させる。飼育水槽は常に清潔に保ち、砂場と水場を用意して、温度
湿度管理にも気を使う。エサは決して与えすぎず、心身両面での健康管理にも
注意してやる。清潔に保つため、毎日ぬるま湯で丁寧に身体を洗ってやる、
お風呂も欠かさない。

こうして成体になったミニイカ娘の肌の色艶は、一段と輝きを増し、絶対的な
愛情を俺に示すことになった。俺の帰りを待ちわび、俺の顔を見て、俺に
触れられることが至上の喜びとなる。俺を見つめる表情には、愛情の他、
知性と気品すら感じさせるようになった。一般的なミニイカ娘のように、下劣
な獣性丸出しの、我儘し放題で下品なものになる兆候など微塵も見せず、
理想的な成長を遂げたのである。

さて、ようやくその時が来たようだ。
俺が待ちわびていた至高の時間の始まりだ。

*********************************************************************


ミニイカ娘がいつもの朝を迎えた。主人が部屋に入ってくる。
満面の笑みを湛えて、ミニイカ娘が出迎える。
主人は「いつものように」ミニイカ娘に微笑みかけて頭を撫ぜてくれる、と
待っていたが、一向にその気配はない。

淡々と水槽の状態-温度・湿度、そして水場の状況などを-確認している。

 えっ?

ミニイカ娘は驚いた。でも直ぐに気を取り直して待ち続ける。
ミニイカ娘にとっては、主人は絶対であり、疑う余地などないのだ。

主人は持ってきたケースをあけ、見事な剥きエビを取り出した。
ミニイカ娘はいつものように水槽の中央にお座りして、主人が掌に
乗せてエサをくれるのを待っていた。

ところが主人は剥きエビを皿に載せると、水場の横に置いた。
そこは主人が数日不在のとき、まとめてエサを置く場所である。

ミニイカ娘は一瞬がっかりした表情をになるが、直ぐに笑顔を取り戻し
エサの皿へと向かう。そして主人に笑顔を向け、一声「げしょ」と
鳴いて挨拶すると、食事に入った。ゆっくりと丁寧にエビを平らげた後、
ミニイカ娘は再び水槽の中央にぺたんと座り、主人を見つめる。

日課では、食事の後水槽の掃除だ。主人はミニイカ娘をやさしく摘み
上げて、掃除の間は肩に乗せてくれる。そしてその後には、大好きな
お風呂が待っているのだ。

ところが主人は、座っているミニイカ娘を大きなピンセットで摘むと、
退避用の小瓶に移した。

唖然と声も出せず、瓶の中で立ち尽くすミニイカ娘。
主人はミニイカ娘に構う事無く、いつも通り丁寧に水槽の掃除を始めた。
しばらくして掃除が終了する。

今度こそ、楽しいお風呂だ!
ミニイカ娘は健気にも、こぼれるような笑みを主人に向け、じっと待ち
続ける。

主人は瓶に入ったミニイカ娘を洗面所に運び、風呂用の液体石鹸を取り
出す。

 ご主人様、ありがとう!

震えんばかりに喜ぶミニイカ娘の横で、主人はブラシのようなものを取り
出し、液体洗剤をまぶした。そして無言のまま、小瓶の中にそのブラシを
突っ込み、ミニイカ娘をごしごし洗う。

そのときミニイカ娘は、初めて胸が締め付けられる痛さを感じた。
これが悲しみという感情だった。
そしてひとりでに、目から暖かい水が流れ出るのを不思議に思った。
これが初めて流す涙であった。

 

そんなある日、水槽の水場の水を濾過し循環させる装置が故障した。
水がどんどん給水され、水槽内に溢れてくる。水かさはどんどん増し、
ミニイカ娘の首まで迫った。恐怖に駆られたミニイカ娘はたまらず

びぃ と絶叫する。そこにタイミングよく、主人が部屋に入ってきた

 ご主人様!

どんどん増える水に溺れながらも、ミニイカ娘は主人に助けを求める。
ところが主人は、水槽のミニイカ娘にはまったく注意を払う事無く、
何か片付け物をしている。

 お願い、気付いてご主人様!

ミニイカ娘は、水中から歪んで見える主人を、それでも見続ける。
と、ようやく主人がこちらに向かってきた。

 ご主・人・・・さま・・・・

ミニイカの意識は薄れていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 暖かい、暖かいでげそ。

ミニイカ娘はぼんやりした意識の中、何かの暖かさを感じた。
ご主人様の掌なのだろうか。いや、ちょっと違う。
暖かいというより熱い。それに何か、風の吹くような音がする。

ミニイカ娘はようやく真和rが確認できるまで意識を回復した。
周りには何か置いてあるようだ。よく見ると、水槽の中にあった
岩や、給餌用の皿、そしてアヒルのおもちゃが並んでいる。

 ひょ?

ミニイカ娘はようやく事態を飲み込めた。
自分は針金の網のような上に横たわり、下から熱い風が吹き込んで
いる。天井は歪んだ透明のもの-水槽の壁のようなもの-が取り囲む。
そう、自分は「乾燥器」の中に入れられているのだ。

水槽の横にあり、主人が掃除のたびに綺麗に洗った水槽内の「もの」を
乾かすために使っていた箱。
ご主人様は、今まで決して私を入れることはなかったのに。

 熱い、苦しい・・・。

ミニイカ娘は、どんどん熱気を帯びる乾燥機の中で喘いでいた。
もうするめになるのか、と覚悟したときに突然温風が止んだ。

天井が開いて、主人が岩を取り出した。そして水槽内の定位置に配置する。
同じように乾燥器の中から、次々に「もの」を取り出すと、水槽内の
定位置に戻す。最後にピンセットでミニイカ娘を摘むと、同じように
水槽の中の中央に「配置」した。
主人はこの間も、ミニイカ娘と目もあわせず、始終無言のままであった。

ここに来てようやく、ミニイカ娘は自分の置かれた立場を理解した。
自分はもはや水槽内の「もの」の一つなのだ。おもちゃのアヒルや、
遊び場の岩と同じ「もの」扱いなのだ。

 なぜ、どうして? ご主人様・・・ 
 どこか具合でも悪くなってしまったの。

ミニイカ娘は泣いた。体中の水分が流れつくすほどに泣いた。
そして、エサも食べなくなった。
しかし、主人の態度が変わることはなかった。

毎日きまった時間にエサと水を与え、決まった時間に残飯を引き取る。
そしてきまった時間に、きまった手順で水槽とミニイカの掃除を行う。

考えようによっては悪くない待遇だ。
今までどおり手間を掛けて、ミニイカ娘を最高の状態に保ち続けてくれる。
ただそこには、もはや心の交流がなかった。

食事も水も取らないミニイカ娘は、日増しに弱っていた。
普通のミニイカなら大きなストレスを受ければ、泣き喚いたり辺り構わず
イカ墨を吐いたり、もしくは糞尿を垂れ流したりと、破綻を来たしただろう。

しかしこのミニイカ娘に限って、そういうことは一切なかった。
そんなことをすれば、主人が悲しむことを理解していたからだ。
驚くべきことに、ミニイカには怨み辛みの感情すら、これっぽっちも
無かった。
主人がどうなってしまったのか心配で、自分に構ってくれないことが
寂しくて、ただそれが悲しいだけだった。

目に見えて衰弱したミニイカは、もう餓死寸前で余命いくばくもないよう
に見えた。
そんなある日ミニイカ娘は、とうとう生まれて初めて我儘をしてしまった。

主人の目の前で、発作的に自分の触手を噛み千切ったのだ。
一本、また一本と矢継ぎ早にすべての触手を噛み千切る。
血(イカ墨)が音を立ててほとばしり、床一面に広がる。

 ほら、わたし、水槽をこんなに汚してしまったのでげしょ。
 とても悪い子なので、ご主人様に叱って欲しいのでげしょ。
 ・・・それにワタシ とっても イタイイタイでげしょ・・・

ミニイカ娘は一心に主人を見つめた。憔悴し涙も枯れ果てた目には、
それでも思いを込めたすがるような瞬きが宿っていた。

奇跡が起こった。主人はふとミニイカ娘に視線をやると、なんとミニイカ
娘に顔を近づけてきたのだ。

 やっと、やっと、ワタシを見てくれたンでげしょね・・・。

窮屈に押し込まれていた心が一挙に解き放たれ、枯れたはずの涙が
とめどなく溢れ出る。

どれほどの時間が過ぎたのだろう。何度も嗚咽をあげながら、ミニイカ
娘は顔をぐしゃぐしゃにして、思う存分泣きじゃくった。
そして泣き終わると、久々に心の底からの輝くような笑顔を浮かべた。

 ご主人さ・・・ま?

そこで初めて、主人の様子が少しおかしいことに気付く。
主人の目の焦点は自分に合っておらず、背後の何かを見つめているよう
なのだ。

はっとしたミニイカ娘が背後を振り返ると、そこにはエサの残りがあり、
それに小蝿がたかっていた。
清潔好きの主人は、小蝿を気にしていただけだったのだ。

 バッツン!!

途方も無い音を立て、ミニイカ娘の中で何かが壊れた。
ミニイカ娘の心はズタズタに裂け、永遠の闇の淵へ深く沈んでいったのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


その時、別の何ものかが、ミニイカ娘の中でむっくりと頭をもたげた。

・・・お腹が空いた・・・

ミニイカ娘は、血にまみれた床から噛み千切った自分の触手を拾うと、
むしゃむしゃ食べ始めた。
餓死寸前の生死の境で、禁忌を犯したものだけが味わう至高の味だ。
ごっくん飲み込むと、ニタリ笑って呟く。

・・・ワタシッテ おいしかったンデゲショ・・・

その表情には、かつての知的で明朗活発なミニイカ娘は、もはや存在
しなかった。本能のみに支配され、暴走する狂気が張り付いていた。

*********************************************************************

俺はミニイカ娘を見つめて、ニヤニヤ笑っていた。
ようやく感情を露にして、しっかりと見つめることができる。

 お互いほんとに長かったな。
 でも、無事演じきることができたようだ。
 オマエも、俺の期待に応えてくれて、最高だったよ・・・。

ミニイカ娘は、崩れたダルマのように水槽の床に転がっていた。
自分の手足を根元まで喰らいつくし、口が届く範囲はすべて齧っている。
丈夫なワンピースさえ食い破り、己が内臓までむさぼって息絶えていた。

顔には餓鬼が宿っていた。
己の全てを喰らいつくし、己の存在をこの世から消し去りたい、と
叫んでいるようにも見えた。

(完)

 

 

 

 

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テンプレ3 の作品の1シーン
>手のひらに乗せてみましょう
>始めのうちは指を動かすだけで襲われると勘違いして驚いたりしますが
>恐怖に支配されれば何もしなくても手のひらで直立不動のまま失禁するくらい
>常にビクついた状態になります

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<新聞の囲み記事より>

最近有名新聞一面に記載された記事

<<種としての成熟期に入った日本人>>

政府は日本人の出生率、結婚率が過去5年間で緩やかに減少していることを

発表した。
同時にGNP、また不思議なことに犯罪件数等も減少しているという。
これらの現象は機を同じくしているものの、関係があるのかは現在のところ

全く不明とのこと。ある専門家の見解によると、今後継続的な観察は必要では

あるが、日本人の文明が進み種としての成熟期に差し掛かっているのではないか、という指摘もある。
すなわち、人間に例えれば中年から老年に差し掛かってきているため、勢いが

衰えたのではないかという考え方である。
ただし、現在の減少割合は1年当たり僅かなものの、このままGNP、婚姻率、

出生率の減少が続けば(犯罪率減少は歓迎すべきことだが)、50年後には

深刻な問題になる可能性もあると指摘されている。


後日スポ-ツ新聞の片隅に記載された記事

<<ミニイカ娘は侵略兵器?>>

政府発表のGNP、婚姻率、出生率、犯罪率低下の原因は、ミニイカ娘の犯行

だと唱える珍説が登場した。この説を唱えたのは檸檬大学防衛論専攻の烏賊教授。教授によると先の現象は、ミニイカ娘がペットとして爆発的に流行したのと時を

同じくするという。
そしてミニイカ娘の侵略武器は、なんと「異常な可愛らしさ」であると指摘する。
この異常な可愛らしさに人は心を掻き乱され、あるものはミニイカ娘を溺愛する

あまり他への一切の興味を失い生活が破綻する。またあるものは可愛さあまって

憎さ百倍、と逆に憎悪が駆り立てられ嗜虐趣味に走ったあげく、攻撃欲を使い

果たしているという。
こうして、ミニイカ娘に骨抜きにされた結果、人の生命力のバロメータである、

GNP、婚姻率、出生率、犯罪率が低下しているのだと説明する。
またミニイカ娘の生物としてのいびつさ、不完全さ-機能性を無視したような

形態、不必要に高い知能、単独で生活できない脆弱さ- は、ミニイカ娘が

固有の種ではなく、生物兵器として生み出された証拠だと唱える。小さく、

愛くるしく、時には食用にまでされるミニイカ娘。あなたは、この非力で無抵抗

な生物を、侵略兵器だと信じられるだろうか?


(完)

edited by切り貼り屋 at
<親子(異稿)>

俺は安らかに眠るミニイカ娘を、指を閉じて覆うように包んだ。
呼吸するかすかな上下の動きと、暖かさが指を通じて伝わってくる。
こいつに、もし、人並みの知性と感情があったとすると・・・。

  いや、そんなはずはない。ミニイカ娘は単なる虫けらだ・・・。

俺は力なく呟き、ミニイカ娘を再び水槽に戻した。
心が崩壊しそうになっていた。
コイツが、このミニイカ娘さえいなければ・・・。

俺はこのミニイカ娘の存在が許せなかった。
殺すのではなくコイツの意味をなくしたい、俺が正しかったのだと勝ち
誇って居られるようにしたい、と憑かれたように考えていた。
そして行動を起こした。

俺は赤ちゃんミニイカ娘の帽子に指を掛け、強く摘んだ。
ぐしゅっ と音をたてイカ帽子がひしゃげる。帽子と頭の隙間からは、
血液(イカスミ)の他、どろっとしたものが流れ落ち、鼻と口からも、
夥しい量の血液が溢れ出た。

かっと目を見開き、手足を不細工に引きつらせて、赤ちゃんはこと切れる。
赤ちゃんを抱くミニイカ娘は、深い眠りについているようで、まったく
気付いていない。
凄惨な赤ちゃんの死に顔と対称的に、聖母のような寝顔のままだ。

我ながら卑怯な方法を思いついたものだ。
ミニイカ娘が赤ちゃんの死に何の反応もしなければ、ミニイカ娘は虫けらに
過ぎず俺の勝ちだ。もしも万が一そうでない場合でも、ミニイカ娘を大きく
傷つけたことになり、別の意味で俺の勝ちだ。
どちらにせよ、俺に負けはない。

俺はイカ娘が目覚めるまで、一時間以上も待ち続けた。この惨事を目の
当たりにしたミニイカ娘が、どのように振舞うのか、この目で確かめた
かったからだ。

イカ娘は目覚めるとまず大きな伸びをした。薄目を開けてあたりを見回すと、
たまたま目に入った俺の顔をまぶしそうに眺める。
もはや俺には、恐怖を感じていないようだ。
そして赤ちゃんミニイカに目を向ける。直ぐに異変に気付いたようだ。

身体が硬直し、視線が赤ちゃんに釘付けになる。
顔が見る見る青ざめ、目はこれ以上ないほど見開かれて、白目までが露になる。

さあどうする? 俺の心臓は高鳴った。
何も感じないのか、泣き喚くのか。どうする、どうするんだ!
その時の俺は、口が耳まで割けて笑い、ギラギラと血走った目を期待に
輝かせていたことだろう。
このミニイカ娘に起こった不幸を、心底楽しんでいた。

  泣け、喚け、この虫けらめが!

俺は舌舐めずりをしながら、ミニイカ娘の行動を見守る。
するとミニイカ娘は、予想もしない行動に出た。

いきなり赤ちゃんを嘗め回し始めたのだ!

大きな口を開け、舌でべろべろと死んだ赤ちゃんを舐める。
何度も何度も、執拗に嘗め回す。吹き出た血やどろどろしたものを、全て嘗め
尽くすかのように身体全体を何度も何度も。

その光景に、俺は思わず苦笑してしまった。
どういうことだ? 気でもふれたのか? それとも、共食いに目覚めたのか?
一心不乱に赤ちゃんを嘗め回すミニイカ娘に、俺はなぜか落胆し、激しい
嫌悪感を抱いた。

泣き喚いて人並みの感情を持っていることを、証明して欲しかったのか?
虫けらとしての行動を、期待していたはずではなかったのか?

自分自身の心の矛盾も疎ましく、兎に角ミニイカ娘が憎らしかった。
俺はミニイカ娘を手で叩き飛ばした。転げ周り倒れながらも、ミニイカ娘は
なおも赤ちゃんを舐め続ける。

俺はそのミニイカ娘の顔を指で押さえ、ぐりぐりと痛めつける。
ミニイカ娘は顔をひどく歪めながらも、悲鳴一つあげず赤ちゃんを舐め続ける。

  ・・・狂ってる。

俺はミニイカ娘を痛めつけるのをやめた。

  いったい何だったんだ、コイツは。

ミニイカ娘を残し、俺は逃げるように部屋を後にした。
もう、ミニイカ娘のことはどうでも良くなっていた。

この後、俺は一週間ほど全くミニイカ娘の世話をせず、実験室にも、飼育部屋
にも、あのミニイカ娘の居る自室にも立ち寄ることはなかった。

 


 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



再び俺が飼育部屋に立ち入ったとき、ミニイカ娘は全滅していた。
そこかしこに共食いの痕跡があり、散らばった手足や触手などの残骸と共に、
少数の干からびた勝者が転がっていた。食料は自前で用意できたものの、
水だけはどうにもならなかったようだ。実験室も、程度の差こそあれ同様
だった。最後まで、虫けらは虫けらだったのだ。

次に意を決して自分の部屋に入る。
あのミニイカ娘「達」は、どうなったのだろうか?

水槽の中にミニイカ娘が、静かに座っている。
まさか、生きているはずはない。
俺は近寄って確かめる。

ミニイカ娘は座ったままこと切れていた。顔はうたた寝しているかのように
見え、不思議と苦痛の跡は感じられなかった。
しっかり抱いた赤ちゃんの頭に、頬を擦り付けるようにしている。

一方、目をかっと見開き、身体を引きつらせ、そこかしこから血を流して
事切れていたはずの赤ちゃんは、驚いたことに、眠るような穏やかな顔をして
自然な姿で抱かれていた。

ただでさえ白っぽい外見は、まるでロウ細工のように白く艶が出ており、
身体に血染み一つ見当たらなかった。
ミニイカ娘が一心に舐め続けたため、強張った筋肉が弛緩し、噴出した血糊が
全て取りつくされた結果であろう。

俺はそれを、ぼんやりとただ眺めるだけだった。
美しい。まるで母子像だ。
そして皮肉なことに、作者はこの俺なのだ。

次の瞬間、俺はあることに気付き、はっとした。

赤ちゃんは「母」ミニイカ娘の触手を両手でしっかり掴み、その先端を口に
銜えているのだ。
それは、赤ちゃんが一旦は生き返ったという証拠だった。
ミニイカ娘の「一心に舐める」という行為が、奇跡を起こしたのだろうか。

ミニイカ娘は赤ちゃんの死に際して、泣き喚くという「人間的に見える行為」
などではなく、「親として最も大切な行動」をしていたのだ。

俺には「勝ち」などなかった。
そして、はき捨てるように呟いた。

  俺のほうが虫けらだったんだ・・・。


(完)

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<親子>

 俺はミニイカ娘が嫌いだ。人にとっての「可愛らしさ」をそのまま具現化した

容姿と振る舞いにもかかわらず、中身は単なる虫ケラだからだ。人に対しての

愛らしい態度も、結局養ってもらうための擬態にしか過ぎず、頭の中はエサを

貰うことだけでいっぱいだ。普段は一見仲間を思いやるような「人間的」に

見える行動を示すが、餓死寸前など極限状態になれば共食いも辞さない。人に

似た容姿にだまされてしまうがミニイカ娘は所詮下等動物、生き延びるための

プログラム行動をしているのに過ぎないのだ。
俺は、そんな奴らをちやほや甘やかして飼うバカな人間供を軽蔑しているし

それに乗してのうのうと蔓延るミニイカ娘は、まったく鼻持ちならない存在だと

考えている。俺はミニイカ娘の本質を暴き、また徹底的に懲らしめるため、

ミニイカ娘をかなりの数を飼育し色々な実験をしている。そしてやはりミニイカ

娘は、虫けら以下だと再認識する毎日だ。

最近、不思議な話を耳にした。ミニイカ娘は卵生であり、1cm足らずの幼生

から成体に成長することは良く知られている。ところが生まれたての幼生-

ミニイカ娘の赤ちゃん-と成体の間に親子の愛情が見られる、という報告が

あったのだ。
生みっぱなしで子育てとは無縁の下等動物に、親子の愛情だと? 
俺はあまりの馬鹿馬鹿しさに虫唾が走った。成体になってすら、人に依存して

しか生きてゆけない出来損ない生物に、そんな一人前のことができるはずが

ない。俺はこの噂を断じて受け入れるわけには行かなかった。
そして真実を暴こう、と思い立ったのだ。

俺はまず、方々のミニイカ娘のブリーダー賭け回り、実験用という名目で
間引き対象の赤ちゃんミニイカを大量に手に入れた。他人には譲らないこと、
そして酷い殺し方をしないという条件付だったが、そんな約束はどうでも
良い。間引きをするブリーダーは極めて良心的な人々で、その殆ど全てが
ミニイカ娘愛好家である。そんな連中が赤ちゃんの処分を好むはずもない。
俺に引き取られることで、彼等は辛い役目を免れたわけだから、そこは
お互い様、後は何をしようとも暗黙の了解ではないか。

次に成体のミニイカを準備した。自分で飼育しているものから20匹ほど抜き

出し、6日間絶食させる。餓死するかどうかのぎりぎりのラインであり、実際

数匹が脱落している。
残ったミニイカ娘達のイカ帽子は小さくしぼみ、やつれた顔をして泣き叫んで

いる。

俺は実験室に大量の赤ちゃんミニイカ娘が入った水槽と、餓死寸前の成体

ミニイカ娘が入った水槽を持ち込んだ。

成体ミニイカ娘を一匹、鉗子でつまみ揚げる。抵抗して鳴き叫ぶのを無視して、
小型のケースに放り込む。

ケースに放り込まれたミニイカ娘は、金切り声を上げながら狂ったように

ジタバタする。目を吊り上げて触手で壁を叩き、ケース内を走り回り、さらには

壁に体当たりする。空腹と恐怖で、パニック状態に陥ったようだ。

俺はそのケースの中に、ミニイカ娘の赤ちゃんを放り込む。
さて、どうするか。この極限状態で、親子の愛情とやらを見せてもらおう。

  ぺち。 「・・・ィー」

ケースに落とされた赤ちゃんは、か細い声を上げる。
小さくとも姿形はミニイカ娘そのままで、色だけが少し薄くて白っぽい。

パニック中のミニイカ娘は、一瞬驚いて逃げたが、初めて見る赤ちゃんミニイカ
娘を熱心に見ている。赤ちゃんは落とされた痛みでしばらくもがいていたが、
起き上がって座り込むと、クビをかしげながらミニイカ娘を見つめる。

  「ォー?」

その途端、ミニイカ娘の触手がするすると伸び、赤ちゃんを掴んだ。

  「ァェー、 ァッ、 ァッ」

掴まえられた赤ちゃんは、ミニイカ娘を見つめて、ニコニコ笑っている。
赤ちゃんミニイカ娘は、上陸の日まで特に栄養を必要としないし、親に養われる
こともない。ただ、個体同士のコミュニケーションの準備のためか、同じ姿の

生物に出会うと笑うようなしぐさをする。といっても、笑顔はあくまで個体間の

緊張を和らげるためプログラムされた行動であり、感情を伴うはずもない。

ミニイカ娘は、しばらく不思議そうに赤ちゃんを眺め続ける。
そして次の瞬間、赤ちゃんミニイカ娘を口の中に放り込み、食べ始めた。


 
  がぶ。 「ュッ! ィーッ!」

赤ちゃんミニイカ娘は悲鳴を上げる。口からはみ出た足や触手が、蜘蛛の足の

ように激しく動いている。
ミニイカ娘ははみ出た部分を手で口の中に押し込み、むしゃむしゃ食べ続ける。

 「キュェッ・・・」

小さな断末魔を残し、赤ちゃんはミニイカ娘の胃袋に納まった。

一気に赤ちゃんを食べ終えたミニイカ娘は、ふーっ と一呼吸する。
ケースの床に口からこぼれ落ちた触手の切れ端を見つけると、そそくさと拾い

上げて食べた。そして、俺をちらちら見ている。

 もっと欲しいのか。

俺はもう一匹、赤ちゃんミニイカ娘を、ケースに放り込んでやる。
ミニイカ娘はダッシュして触手でひったくるように受け取ると、あっという間に

口に放り込んだ。そして一息で喰らい切る。

続けて赤ちゃんを数匹与え続けると、ようやく空腹が満たされてきたのか、

食べ方が少し落ち着いてきた。ガツガツ食べるのではなく、味わう余裕も出て

きたようだ。

ミニイカ娘は赤ちゃんを両手に持ち、まるでホットドックでも食べるように

齧っている。
その顔は喜びに満ちており、一心にお菓子を食べる子供のように愛らしい。
一方、生きたまま齧られる赤ちゃんは小さな触手で抵抗するも空しく、地獄の

責め苦に悶える凄惨な表情が惨たらしい。

この対照的な光景のなか、ミニイカ娘の胃袋には10匹の赤ちゃんミニイカ娘が

納まることになった。満足そうな笑みを浮かべたミニイカ娘は、ボテ腹をさ

すって寝そべっている。
あたりには、赤ちゃんミニイカが苦し紛れにはいた、イカスミが微かに残る程度だ。

なんてことはない、やはり予想通りだ。下等動物の世界で共食いは当たり前。

哺乳類でさえ、子供が成体の餌になる場合がある。ましてミニイカ娘は産みっ

ぱなしで育つ。
同属の赤ちゃんを養うはずなどないのだ。赤ちゃんなど、結局、手ごろな餌で

しかない。


俺は赤ちゃんをしこたま喰らって、幸せそうに寝転ぶミニイカ娘をつまみ上げ、
手のひらに載せた。エサを貰ってご満悦なのか、掌でも寝そべったまま俺に
ニコニコと笑いかけている。臆病で神経質なくせに、少しでも甘やかされると
いきなり図々しくなるヤツだ。

俺は人差し指と親指で、ミニイカ娘のでかい頭をしっかり押さえつけた。
そして他の指を閉じて徐々に力を込めてゆく。

 「みぎっ?」

驚いたミニイカ娘は、手足と触手を広げ必死に抵抗するが、人の力に敵うはずが
ない。

 「んにゅっ、ぎぎぎぎぎっ!」

歯を食いしばり抵抗するミニイカ娘をよそに、俺は更に力を込めて握ってゆく。

 「んぎっ! いーっ、いーっ! ぴぎっ ぴぎゃあああああっ!!」

顔を歪め絶叫するミニカ娘。赤ちゃんへの愛情は感じずとも、己の苦痛だけは
しっかり感じるようだ。

俺は一気に力を込めた。

 「いぎゃあああぁ!!!」  ぶぽん。

断末魔とともに、握りこぶしの中でミニイカ娘が破裂した。口からは体液の他、
赤ちゃんミニイカ娘の欠片や、得体の知れないものを吐き出している。
俺の指の間からも、ぬるぬるした体液と共に、臓物などがどろどろと流れ落ちる。
ミニイカ娘はもうピクリとも動かず、絶命したようだ。


赤ちゃんミニイカ娘の水槽に目をやると、今起こった惨事を全く知る由もなく、

赤ちゃん達は、思い思いの行動-寝転んだりよちよち歩いたり-をしている。
俺はそのうちの一匹を、指で押さえつけた。

 「ューッ?」

首をかしげる赤ちゃんミニイカ娘。しばらくするとニコニコ笑みを浮かべて、

手足と触手で指に抱きついてきた。遊んでもらえると思ったのか、俺を「同属」

だと思ったのか、嬉しそうにしている。というのは見せ掛けで、単に生き残る

ための反射行動にしか過ぎないのだ。

俺はゆっくり指に力を加え続けた。

 「ュッ! ィーッ!」  ぷちん。

笑顔から一転、頭を振り回し苦痛に悶える赤ちゃんミニイカ娘は、かすかな

破裂音と体液を周囲に撒き散らし潰れた。
なんということもない。クッション材-いわゆるプチプチ-を潰すような

感覚だ。
感情が未発達な分、淡白な感じだ。俺は暇つぶしがてら、あと数匹かを無感動に

潰し続けた。
この光景に他の赤ちゃんは殆ど気づいていないようで、既に眠っているものも

いる。
生命力が異常に強いくせに、生きることには無頓着な生物だ。

俺は近くに設置してある大型の水槽に、赤ちゃんミニイカ娘達をぶちまけた。

 「ェ! キュッ! ェォ! ヒッ!」

水槽へ落とされた痛みで、赤ちゃん達が小さな悲鳴をあげる。
次にその水槽の中に、飢えた成体ミニイカ娘の残り全部を乱暴にぶちまけた。

 「ぴぎぃ! みっ! いぎっ!」

放り込まれたミニイカ娘の悲鳴とともに、ぷち、ぶちゅ、という音も聞こえる。
赤ちゃんミニイカ娘が、何匹か押しつぶされているようだ。

ミニイカ娘達は痛みに呻きながらも、初めて見た赤ちゃんミニイカ娘達に注目

し始めた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1分も待たずに、赤ちゃんミニイカ娘は全てミニイカ娘に食い尽くされた。
中には取り合いされた挙句、体を引きちぎられたのもいくつかあったが、大半は

苦しむ間もなく、ミニイカ娘の腹に納まったようだ。

今度は成体のミニイカ娘が、思い思いにボテバラをさすり、座り込んだり寝転

がったりしている。
俺はその中の一匹をつまみあげると、いきなりイカ帽子を引き千切った。

  「ぴぎぃぃぃいっ!!!」


  
派手に体液と内容物をほとばしらせて、ミニイカ娘が絶叫する。白目を剥いて

手足を痙攣させているが、もう死んだも同然だろう。その屍骸を、無造作に

水槽の中に投げ込む。
恐怖に固まるミニイカ娘達の中から更に一匹をつまみ出すと、今度はおもむろに

首を引き千切った。

   「!!!!!」

悲鳴も出せず、二分されるミニイカ娘。引き千切られても触手は波打って動き、

目は激しく動き回っている。口をパクパクさせており、かろうじて意識はある

ようだ。皮肉にも強い生命力が仇になり、地獄の苦しみに苛まれているようだ。

千切れた胴体も、手足をでたらめに動かしもがいている。仲間の惨状を見て

水槽の中のミニイカ娘達は、あわわ、とか言って逃げ出そうとしているが、

水槽の高い壁に阻まれて叶うはずもない。

俺は逃げようとしている一匹をつまみ上げ、掌に載せた。ミニイカ娘はボテバラ

に顔を突っ込み、身を縮めてガタガタ震えあがっている。俺はもう一方の手で、

拍手するように叩き付けた。

 げびっぱーん

叫び声とも破裂音とも取れる音が響き、手のひらの間から、体液だの臓物だのが

飛び散った。
手を開けると、ミニイカ娘の手足はあらぬ方向に折れ曲り、潰れた顔からは目玉

と舌が飛び出している。そして、破裂した腹からは臓物をはみ出させて息絶え

ていた。


水槽のミニイカ娘達は、大騒ぎになっていた。残り全員、ボテバラを抱えて

俺とは反対側の壁に張り付いて、泣き叫んでいている。
俺は素早く水槽の反対側に回ると、水槽の壁を掌で強く叩いた。
バン、という音と共に、壁に張り付いていたミニイカ娘達が、弾け飛んだ。
衝撃がもろに伝わった連中は気絶してぶっ倒れており、残りはジタバタしながら
這いずって逃げ回ろうとしている。

俺は這いずるミニイカ娘の一匹を、両足を摘んで引き上げた。

 「びっ! ぴぎぃぃぃぃいっ!!」

逆さ吊りにされたミニイカ娘は、恐怖に声を上げる。
俺は摘んだ両足を徐々に引き離し、股を胸まで引き裂いた。

  びちっ

肺が引き裂かれたのか、ミニイカ娘はもう叫び声をあげず、口からはイカスミ

の混ざった黒い泡を吹き出して眼を白黒させている。手足と触手は虚しく空を

掻く。

ふーん、こんなものか。俺は未だもがき続ける「割きミニイカ」を水槽に放り

投げ、しばしぼんやりと水槽を眺めた。

水槽の中は、投げ込まれた屍骸を避けてミニイカ娘が大騒ぎで右往左往して

いる。空腹なら屍骸は格好の食料になるはずだが、満腹の今は死の恐怖が先行

しているようだ。


思いがけず、不思議な光景を目にした。
一匹だけ、水槽の端にうずくまるミニイカ娘の様子がおかしい。周りを警戒

しながらも騒ぐことなく、何かを抱きかかえるようにして皆に背を向け、

壁を向いて座っているのだ。
最初はボテバラを抱えて苦しんでいるのだと思ったのだが、何かが違う。

俺は、そいつを摘みあげた。

ミニイカ娘は一瞬体を強張らせたものの、叫び声をあげるでもなく抵抗する

でもなく、あっさりと捕まった。
観念しているのだろうか、目をしっかり開けて俯いたまま、何かを抱きしめ歯を

食いしばっている。
俺は硬く抱きしめた腕を解こうと指を掛けた。すると、ミニカイ娘は触手で

その指を押さえると、俺としっかり目を合わせまるで訴えるかのように鳴いた。

 「イァー・・・」

人間の「いや」、という言葉とあまりにそっくりなので俺は驚いた。俺を見つ

めるミニイカ娘の顔は恐怖にやや青ざめているものの、取り乱さず落ち着いた

表情をしている。

 ・・・まさか、偶然だ。ミニイカ娘ごときが、人間のような意志や言葉を持つ

 訳がない。単に恐怖の表れ方が、他の個体とは違うだけだ。

力ずくで腕をこじ開けることなど造作もないが、不思議な感覚に見舞われた

俺は、一旦ミニイカ娘の腕に掛けた指を離した。

変なヤツだ、もう少し観察してみるか。俺は、混乱の真っ只中の水槽から離れた

別の水槽に、このミニイカ娘を移す。
ミニイカ娘はちらちらこちらを見ながら、水槽の端に移動して壁に向かって

しゃがみこむ。
その様子に対しても、俺の心の中では何かが引っかかっている。
しばらく間を置いて、俺はミニイカ娘の頭を指先で とん と軽く叩いた。
  
ミニイカ娘はゆっくりと振り返ると、視線を少しずつあげ、最後に俺と目を

合わせた。
相変わらずしっかりした眼差しだ。その目には、敵意や恐怖はあまりなく、

何かを訴えるような表情が浮かんでいる。依然何かをしっかり抱いたまま、

動こうとはしない。

 ・・・おかしな行動をする個体だ。何を考えているんだ?
 いや、この低能が何も考えているはずはない。
 何かの気まぐれか、反応が他と違うだけだろう。

俺はこれ以上、ミニイカ娘にちょっかいを出すことをやめた。水槽ごと飼育部屋

から持ち出し、自分の部屋に移動した。そして-自分でもなぜそんなことをした

のか不思議だが-水の入った皿と干しエビ一つまみ水槽に入れると、自室を

後にし再び飼育部屋に戻った。

飼育部屋に戻ると、既に水槽の騒ぎは収まっていた。屍骸を遠巻きにするように

ボテバラのミニイカ娘達が陣取り、小康状態というところか。俺はその中で、

仰向けになって寝ているヤツに目をつけると、いきなり上から拳を叩き付けた。

 ぎゅばっばん!!

悲鳴とも破裂音とも付かない音を発し、ミニイカ娘が潰れ肉片や臓物が辺りに

飛び散る。水槽内は再び、蜂の巣を突っついたような大騒ぎだ。

次に逃げ惑う一匹を、背後から叩き潰した。臓物その他を口から盛大に吐き出

して潰れる。
その臓物をもろに浴びたミニイカ娘は、臓物を払い落とすため狂ったように

跳ね回る。

所詮ミニイカはこの程度だ。その場の外的要因に対して、最も単純な反応をする

だけだ。
人間の姿に似ているから変に勘違いするだけであって、知能だとか、感情だと

かは見せ掛けに過ぎない。

俺は騒ぎまわるミニイカ娘達を一匹づつ捕らえると、再び元の水槽に放り込んだ。
この期に及んで見苦しく泣き叫び抵抗するヤツはその場で握りつぶしたため、

結局半数も戻すことは適わなかった。

俺はミニイカの体液や内臓まみれになった手を洗うと、自分の部屋に戻った。
先ほど部屋に置いた水槽に目をやると、中のミニイカの姿勢が少し変わって

いる。壁を向いていたのが今度は壁を背にして座り込み、若干緊張の解けた

ような姿勢になっている。ただ、餌にいれた干しエビには手をつけた形跡はない。

俺が部屋に入った時に、ミニイカ娘は一瞬緊張の表情を浮かべたが、特に取り

乱すこともなかった。
俺はミニイカ娘を見つめる。気配を察したミニイカ娘も、俺と目を合わせる。
やはり先ほどよりは、少しは落ち着いた表情になっている。

おかしなヤツだ。恐怖への応答が余程他と違うのだろうか。それにしても、
エビに手をつけていないのはなぜだ。恐怖で食欲も失っているというのか?
そして何を抱いているんだ?

俺はゆっくり水槽に手を入れると、何かを抱いているミニイカ娘の腕を指先で、
とんとん、と軽く叩いた。しばしの間、見詰め合いが続く。観念したのか、
ミニイカ娘は俺から目をそらさないまま、ゆっくりと抱いた腕を緩め始めた。

緩まった腕の間から見えてきたものに、俺は愕然とした。

 赤ちゃんミニイカ娘だ! しかも生きている!!
 なんでそんなものを大事に?
 まさかこいつは-

俺は一瞬浮かんできた考えを否定し、納得の行く結論を得ようとしていた。

 ・・・ははん、食料を溜め込んだな。そうだ、そうに決まっている。
 食べずに残しておくとは、虫けらにしては中々知恵の回るやつだ。

と、自分に納得させつつも、どこかで狼狽していた。

赤ちゃんミニイカ娘はまだ生きている。
それに赤ちゃんを抱くミニイカ娘の腹はぺちゃんこで、赤ちゃんを食べた様子

がない。

 ふん、こいつはひときわ鈍いんで、1匹確保するのが精々だったんだろ・・・。

俺は、浮かび上ろうとする考えを必死に抑えた。

ミニイカ娘は普段は仲良くつるんではいるが、所詮は下等動物。激しい飢餓状態

になると、共食すら平気。ましてや、赤ちゃん喰らいの現場を、先ほど見ている

のだ。

俺はこちらをじっと見つめるミニイカ娘の前に、干しエビを一匹付き出した。
余分のエサが目の前にあれば、きっと食べるだろう。また恐怖で食欲をなくして

いるのなら、見向きもしないはずだ。ミニイカ娘はしばらくしてから、目を

ゆっくりと閉じた。
そして再び目を開いて俺を見つめると、1対の食腕で丁寧に干しエビを受け取った。

そしてあろうことか、赤ちゃんミニイカ娘に干しエビを与えたのだ! 
少々ぐったりしていた赤ちゃんミニイカは、それでも干しエビの臭いを嗅ぐと

「ァェー」と鳴いて、少しずつエビを齧りだす。

かすかな「ぽりぽり」という音を立て、赤ちゃんは干しエビを少しだけ食べた。
それはそうだろう、もともと赤ちゃんがエサを食べる必要はない。
ただ、エビのカスが喉に詰ったのか、こほこほと咳をするかのしぐさをしている。

ミニイカ娘はその様をまるで「慈しむ」かの様子で見つめていたが、赤ちゃんを

抱えたままよちよちと歩き始めた。どこへ行くというのか、いぶかしげに見て

いると、ミニイカ娘は水の入った皿にたどり着いた。そこで食べ残しのエビを

丁寧に自分の脇に置くと、触腕を水に浸す。そして水に濡れた触腕を、赤ちゃんミニイカ娘の口に含ませた。赤ちゃんは、嬉しそうにその触腕をしゃぶって水を

飲んでいる。そうやって何度か水を飲ませてもらった赤ちゃんは、満足そうな笑みをたたえて静かになった。どうやら眠りに入った
らしい。それを見届けてから、ミニイカ娘は自分でも同じように水を何度か飲んだ。


そして、先ほど脇に置いた干しエビを触腕で取り上げると、一度俺の方を見つめ

-まるで礼を述べるかのようにして-静かに食べ始めた。

この一部始終を見ていた俺は、激しく動揺していた。
なんなんだコイツは? ちっぽけな下等動物の分際で、それも卵を生みっぱなし

の分際で、子育てでもしているつもりなのか?
まるで、人並の知性と感情を持っているかのように見えるのはなぜだ?


俺の驚きをよそに、ミニイカ娘は俺から与えられた干しエビの残りだけを食べ

終わると、静かに水槽の端にもたれかかって座りこんだ。緊張の糸が解けたのか、顔には目に見えて疲れが出ていた。そして赤ちゃんをしっかり抱き抱えたまま、

うつらうつらし始める。

おれは唖然として見つめるほか無かった。俺が与えた以外にも、水槽にはまだ

干しエビが残っているのだ。食い意地だけが生存理由のミニイカ娘が、それも

6日も絶食して餓死寸前のミニイカ娘が、たった1匹の干しエビ程度で満足

するのか?
まるで俺に感謝して、これで十分という態度を示しているように見えるのは

なぜだ?

なぜ与えた干しエビを、まず赤ちゃんに与えた?
赤ちゃんに、エサなど不要のはずだ。
まるで、赤ちゃんを落ち着かせようと言わんばかりではないか。
それ以前に、餓死寸前の空腹状態で、なぜ赤ちゃんミニイカを食べなかった

のだ!

おれは激しく混乱して状況を理解でなかった、というより理解したくなかった。
今までなんの躊躇いも無く行ってきたミニイカ娘殺しが、急に恐ろしいものに

なって、俺に迫ってきたのだ。

苦悩する俺をよそに、ミニイカ娘は眠りに付いたようだ。
俺はそのミニイカ娘をつまみあげて掌に載せた。よほど疲れ切っていたのだろう、
ミニイカ娘はすやすやと寝息を立てており、目を覚ますことは無かった
そして私は、その寝顔に慈愛の表情すら感じた自分に、眩暈を覚えていた・・・。

俺は安らかに眠るミニイカ娘を、指を閉じて覆うように包んだ。
呼吸するかすかな上下の動きと、暖かさが指を通じて伝わってくる。
こいつに、もし、人並みの知性と感情があったとすると・・・。

俺は深呼吸をして目を瞑る。
しばしの時間を置いて、掌を一挙に硬く握りしめた。

ぐちゅっ という音を立てて2匹のミニイカ娘は、俺の手の中で惨たらしく潰れた。

特に苦しみは無かったはずだ。いや、俺は慌ててその感情を否定した。
苦しんだとしても問題ない。特にどうと言うこともないのだ。
気まぐれにおかしな行動をした虫けらを、ただ潰しただけだ

俺はそれでも湧き上がってくる疑問を、必死に抑えるしかなかった。


(完)

 

 

 

 

 

 

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