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DX3リプレイ
【リプレイ】7月21日③

 あの日――爆発事故に巻き込まれた日から、俺はどうも運気を逃しているような気がする。
 きっと事故に遭いながら軽傷で済んだことで、一生分の運勢を使い果たしてしまったに違いない。
「彼女が、転入生の幸樹カナ君だ。えーと、席はどうしようか……」
 担任がなにか不吉な転入生を迎え入れているような気がする。
 よーし、特に意味はないけど、数学の教科書を盾にして姿を消そう。
 たった今この俺、クロウ=ホーガンという高校生はこの教室から消滅したのだ!
「先生、あの教科書で隠ぺい工作を図っている生徒さんの後ろの席が空いているようですね!」
「おおクロウの後ろか。よし、じゃあ幸樹君はあの席に座ってもらおう」
 ……うん。いやいや、希望を捨てちゃいけない。
 あいつが俺の後ろの席を選んだのは偶然、たまたま、シックスセンス的なあれの関係であって、俺がオーヴァード
 だかなんだかの能力に目覚めたクロウ=ホーガンであることには気づいていないかもしれない。
 いや、そうに違いない。
 ……頼むからそうであってくれ。
「よろしくね。クロウ君」
 別のクロウ君に違いない。
「騒いだら撃つからね!」
 背中に堅い筒のようなものがあたっている。
 きっとあれだ。遠いどこか外国ではこれが正しい挨拶の作法的なあれなのだろう。
「おや、そういえばもう一人の転入生はまだ来ていないのかな?」
 俺の命が転入生の掌の上で遊ばれているとも知らず、担任がのんきな口調でそんなことを告げた。
 そんなときだ。大砲みたいな音を立ててドアが蹴破られたのは。
 嗚呼。日常が音を立てて崩れてゆく。

 

edited byえるえい at
【リプレイ】7月21日②

「だからね、クロウ君。あなたはオーヴァードの力に覚醒したのよ!」
 カナの苛立った声が、廊下まで筒抜けに聞えていた。
 病室には部下の幸樹カナと、対面して純白のベッドに腰をかけている一人の少年。
 察するに、彼が雄吾の言っていたクロウ=ホーガンという少年だろう。
「そんなこと言われても、実感がまるで湧かねぇし……」
「爆発事故に巻き込まれておきながら、かすり傷で済んでいるのが何よりの証拠よ!」
「そ、そりゃ確かに変だとは思うけどさ……」
 こんなやりとりを何時間も続けていたのだろう。
 カナの額には青筋が浮かび、クロウ君の顔にはうんざりとした疲れの色が見える。
「あ、支部長。お疲れ様です!」
「お疲れ様。随分久しいわね、カナ」
「支部長って、あんたもユニバーサルなんとかって組織の……」
「ええ。ユニバーサルガーディアンズネットワークの一員よ。名前は紅ヶ原える。呼び方は好きにしなさい。
蛇足かもしれないけど、そこにいる幸樹カナの上司をやらせてもらっているわ」
「くれないぎゃひゃら――呼びにくい名前だな」
「……気をつけなさいクロウ君。過去に私の名前を噛んだ無礼者が二人いたのだけれど……ダンプカーと衝突して全身を骨折した挙句、行方不明になって未だ家には戻っていないそうよ」
 敢えて威圧的な口調で脅し……いや、優しく教えてあげたのが功を奏したのか、誰の目にも明らかなほどクロウ
 君の顔は青ざめ、全身で「畏怖」の感情を訴えかけてくる。
 雄吾とは違うこういう新鮮な反応も、たまには悪くない。自然と口の端が吊りあがるのを感じる。
「支部長。それで、このクロウ君なんですけど……」
「ええ。説得に手こずっているようね。カナ、あなたの能力を見せてあげなさい」
「え、よろしいんですか?」
「もちろん無茶は駄目だけどね」
「あはは……それを支部長が仰いますか、まあでも、了解です!」
 カナが上着のポケットから銃弾を取り出す。言うまでもないけれど本物だ。
「いい? この銃弾をよーく見てて」
 言うが早いか、めきめきと音を立てながらカナの掌に置かれた銃弾が別の形へと変化していく。
 それは質量をまったく無視した変化だった。
「はい完成。これがオーヴァードの能力よ」
 カナの掌には銃弾はない。代わりに、一丁の拳銃が握られていた。
 モルフェウス。彼女のシンドロームは物質を変化させることに特化している。
「これが――こんなことが、俺にもできるのか……?」
「ちゃんと自分の能力を理解して、制御すればね。きっとあなたにも出来るよ」
「……この能力さえあれば、みんなを守れたのかな?」
 クロウ君の声は、今までの弱々しいものから打って変わって決意に満ちているような気がした。
「みんなって、ああ、バスに乗ってた人たちだね。爆発事故に巻き込まれたっていう」
「ああ。色んな人が乗ってた……友達とか、先輩も」
 こぶしを震わせながら、怒気に満ちた声だった。
「爆発が起きる直前までさ、部活の事とか、なんてことない話をしてたんだ。それが突然……みんなの声がさ、大きな音でかき消されて、なんだよって思ってるうちに、もう一回――爆発の音が聞こえて、なんかさ、バスが空を飛んでるみたいに、めちゃくちゃに動いたんだ。それで、みんなが、目の前からいなくなって……」
 大切なひとを守れなかった苦しみは、分からないでもない。
 私も以前、任務で大失態をしでかしたときに、たくさんの命を犠牲にしてしまった。
 悔やんでも悔やんでも、それで失われた命が帰ってくることは、決してない。
「みんな死んだ。少なくとも、入院してる。無事だったのは・・・真花くらいだ」
「真花って・・・ああ、綾瀬真花さんのことだね。クロウ君のクラスメイトの子だったっけ」
 UGNが記憶操作をして、事件のことは覚えていないそうです。とカナが私に耳打ちをする。
 初めて聞く名前と情報だ。雄吾のやつ、あとで分からせてあげる必要があるわね。
「あのとき、何もできなかった自分がもどかしかった。もし――もしも、オーヴァードとかっていう能力で、またあんなことが起きた時に、みんなを助けられたら……とは思うんだ、けど」
「……ケド、実感が湧かないってわけね。無理もないわね、一般人にとってオーヴァードだのレネゲイドだの、あまりにも現実離れしている話だし。それをすぐに割り切れなんて仮借ないことを言う気はないわ」
「支部長、本心は?」
「さっさと割り切ってUGNに入りなさい……ってちょっと、カナ?」
「あはは、まあでもそんな切迫した話でもないしね。とりあえず前向きな意見が聞けたのは収穫だったよ!」
「そうね。ともかく明日から私たちはN市公立高校に編入する予定だから、時間をかけて考えたらいいわ」
「え、おまえらうちの学校に来るのか……?」
 クロウ君の顔が、嫌気に染まっていく。
 やれやれ。どうやら教育が足りなかったみたいね。
「カナ」
「了解です支部長!」
 軽快な返事から、握っていた拳銃の引き金を引く。二度。
 耳をつんざく銃声とともに、クロウ君の両脇のベッドシーツから羽毛が舞い上がった。
「……!」
「あはは、動いてたら危なかったねー、クロウ君!」
「明日会うときはもっとフランクに絡んでくれると嬉しいわ、間違っても嫌な顔を見せたりしたら……」
「わ、わわ、分かった! 明日また学校でなー! 紅ヶ原さん、幸樹さん!」
 冷や汗を振りまきながら笑顔でそう叫ぶクロウ君に、挨拶を告げて私とカナは病室を後にした。
 彼は言外に「っていうかこんな場所で銃なんか撃って平気なの?」というようなことを気にしている様子だった。
 すべてのオーヴァードが最初に覚える『ワーディング』というエフェクトを、明日彼にも教えてあげようかしら。

 

edited byえるえい at
【リプレイ】7月21日①

※これはルールブック1に載っているシナリオ【Crumble Days】をプレイヤー視点でまとめた創作物です。
シナリオ【Crumble Days】についてのネタばれを含みます。

視点:紅ヶ原(くれないがはら)える
コードネーム:空間の支配者(スフィアマスター)
クロスブリード:ブラム=ストーカー/エグザイル
カバー:高校生/ワークス:UGN支部長

 

▼ ▼ ▼

 

 真夏日。外から流れ込んでくる熱気がじわじわと肌を焼くような、このうえなく不愉快な部屋だった。
「こんな蒸し暑い部屋が日本支部長の部屋だなんて、呆れるのを通り越して笑い話ね」
「いや、紅ヶ原くんがあんなことしなければ快適な部屋のままだったのに……」
 手うちわで顔を冷ましながら、幽鬱そうに雄吾が答える。
 彼は桐谷雄吾。UGNの日本支部長として活動している。
 早い話が、私の上司だ。実にからかい甲斐があるので鬱憤を晴らすのに使うと都合がいい。
 私のような美少女に罵られるのだから、きっと内心では雄吾も楽しいに違いない。
「……ゴホン。わたしも暑いのは好きではない。早速、本題に入ろう」
 居ずまいを正して雄吾が言う。
 汗を滴らせながら凄んでいるのが、むしろ滑稽だった。
「今回は大任だよ。市街で起きた爆発事故の原因を取り除いてほしい」
「野暮だけど、私が呼ばれたってことはFHが関わっているのよね?」
「もちろんだ。排除の方法は君に任せる……が、あまり派手にやりすぎるんじゃないぞ」
 雄吾の目が鋭く光る。風の噂によれば、以前私が関わった事件の捜査中『なぜか』起きた倒壊事故のせいで、この男(の給料)が大打撃をこうむったらしい。いや、私はまったく一切関係ないケド。
「はいはい、了解了解。さっさと分かっている情報をよこしなさい」
「むむ……。ま、まあいい。今回はしっかりとやってくれると信じているからな! ――それで情報だが、爆発したのはN市公立高校生が利用する通学バスだ。当然だが、多くの高校生が負傷した」
「……そう。事件を引き起こした犯人の、人相くらいは掴んでいるのかしら?」
「まあね。どうやら事件には、FHエージェント……春日恭二が関係しているようだ」
 春日恭二。ディアボロスの異名を持つFHのエージェントだ。
「キュマイラとエグザイルのクロスブリードだったかしら。なんにせよ、大した相手じゃないわ」
「油断大敵。確かに実力では君のほうが上だろうが、だからこそ相手はなにをしてくるか分からないぞ」
「ふん。一人で向かえばそうでしょうケド、私には従順な部下もいるしね」
「部下……幸樹カナ、か。彼女には別の任務を与えている」
「……私の断りなくカナを動かすなんて、死にたいの?」
 指先から流れ出る血液で、紅い剣を生成する。
 私のシンドローム、ブラム=ストーカーは血液を意のままに操ることができる。
「まま、待て。君の任務のサポートを、彼女にはお願いしたんだ!」
「続けなさい。内容によっては髪の毛一本くらいは残してあげられるかもしれないわ」
「わたしはどれだけ微塵にされる予定だったんだ!?」
 良いから続けなさい。と話をうながす。
「……今回の事件はね、新しいオーヴァードの少年を中心にして起きているんだ」
「誰なのよ、その少年っていうのは。名前くらいは調べてあるんでしょ?」
「うん。彼の名前はクロウ=ホーガン。N市公立高校に通う、普通の高校生だ」
「ああ、なるほど。それで私が呼ばれたわけね。可憐な乙女でありながら女子高生という人生のフラワーロードを謳歌するこの私が。二つ目の任務はさしずめ、学校に潜入し、カナと協力してその不幸な少年を守ることかしら」
「……まあ、うん。そうだね。大体そんな感じだよ。じゃあよろしく」
 雄吾は突然(なぜかしら)興醒めしたように話を終わらせようとした。
「ちょっと待ちなさい。そのクロウ君は今いったいどこにいるの?」
「ああ、彼は市内のUGN医療施設に搬送されたよ。幸樹カナもそこにいる。行ってあげてくれ」
「そうするわ。まあ、私にかかれば今回の任務も楽勝よ」
「さっきも言ったが油断大敵だぞ」
「一般人ごと目標を爆破するなんて、三流の悪党のやることよ。私は美学のない悪党に負けるほど耄碌したつもりはないわ。空間の支配者(スフィアマスター)を舐めないで頂戴」
「……ともかく方法は君に任せる。今回の事件、必ず解決してくれ」
「あら、誰に向かって言っているのかしら」
 無礼な見送りに、後ろ手で適当に答えながら部屋を出ようとする。
「……それとね、君が入ってくるときに壊したドアを、直して言ってくれると助かるんだが」
「ふん。私の進路を阻んだドアが悪いのよ。これに懲りたら、金輪際ドアに鍵なんか掛けたりしないことね」
「他人の部屋に入るときはノックくらいするのがマナーで……ハァ……もういい。早く医療施設に行ってあげてくれ」
 雄吾は相変わらず手うちわを動かしながら、そしてなぜか涙目だった。
 冷房から流れてくる風が、一目散に外気と混ざり合って溶けて、暖風へと変わっていく。
 こんな蒸し暑い部屋で作業するなんて、UGNの日本支部長というのもなかなか大変なのね。
 今度来るときには暑中見舞いくらい持ってきてあげようかしら。
 そんな他愛のないことを考えながら、ガシャン。と、ドアだった残骸を乗り越えて、私は部屋を後にした。

 

edited byえるえい at
【リプレイ】7月21日⑦

「ガハラちゃん。なんで守る対象と別行動なんか取ってるのさ……?」
 ロックが呆れ顔で尋ねてくる。情報整理のためにショッピングモールの喫茶店に集まったのだ。
「うるさいわね。どういう訳か私が付き添っていると情報収集がはかどらないのよ」
「同じような理由でワタシも駄目でした。あはは、ちょっと暴れすぎたかなー?」
 カナが頭を掻きながら続ける。
 ふん。あの程度のことで逃げる、連中が悪いのよ。
「やれやれ……ガハラちゃんと組む任務はいっつも退屈しないねえ……でもさあ、現状UGNとFHの戦力は完全に拮抗している。新戦力の加入がどれだけ重要か、わからないわけじゃないよねえ?」
 ロックが真面目な顔で問いかけてくる。
「そのくらい分かってるわよ」
「ま、いいけどね。二人がここに来る手筈は整っているんだろう?」
「それは当然。クロウ君に綾瀬真花を連れてこのショッピングモールに来るよう伝えてあるわ」
「ワタシ達は二人の到着を、この喫茶店で待ってればいいんですね!」
 紅茶を飲みながら頷く。これでイングリッシュ・マフィンがあれば言うことはないのだが、こんな小さな街のショッピングモールに構えた程度の喫茶店では、なかなかそこまでのメニューはない。
「それで、二人はショッピングモールのどこに来るのさ?」
「呆れるわね、ロック。そんなところまで私が指定してしまったら、デートの華が枯れてしまうわ」
「わあ、支部長。なかなかロマンチックなことを仰るんですね!」
「当然よ、カナ。恋路というものは誰の目の前にも平等に存在していなければいけないわ」
「はは、おっけーおっけー。正直お仕事は難しくなるけど、ガハラちゃんのそういう意外に乙女チックな一面も嫌いじゃないからねえ。ま、力を合わせてガンバロー♪」
「おー! 頑張りましょうーっ!」
 二人が腕を突き上げて結盟する。
 あまりロックと意思疎通しては駄目だと、あとでカナに言い聞かせておこう。
「ところでガハラちゃん。敵の本拠地が分かったよ」
「あ、私も行きましたよ。敵の本拠地はどうやら工場地帯みたいです。ロックさんと一緒に調べてきました!」
 ロックにも言い聞かせなければ。
 次にカナに手を出したら、酷い末路をたどる羽目になる、と。
「まあそういうわけで、クロウ君達を家に送り次第、みんなでそこに行ってみよー♪」
「そうね。それも視野に入れて考えましょう」
「とりあえずクロウ君の保護が最優先ですけどね!」
「ところでガハラちゃんさっき言ってたよね。誰の前にも恋路は平等だって。それなら今週末、夜景の見えるレストランで一緒に食事を……ん、この感覚って……」
「ワーディング、ですね」
 ロックの会話を遮るように、どこかでワーディングが発動した。
 実にナイスなタイミングだわ!
 私は迅速に立ち上がりながら、そんなことを考えた。

 

edited byえるえい at
【リプレイ】7月21日⑥

「そこの。矢神秀人が今どこにいるか知らないかしら?」
「え、矢神君? え、えーっと、ちょっと分からない、ごめんね」
「いつも矢神秀人がどこに行っているかは?」
「え、ごめん、分からない」
「矢神秀人って部活動はなにをしているのかしら?」
「いや、知らないし……」
「使えないわね。良いわ、もう行きなさい」
「な、なによその態度っ! おまえが矢神好きなの言いふらしてやるからっ!」
「痴れ者ね。あなたはとんだ勘違いをしているわ」
「うるさっ! ばーかばーか!」
 嗚呼。日常が音を立てて崩れてゆく。
 原因は言うまでもなく、目の前にいるこの紅ヶ原とかいう不穏分子だ。
「ちょっとクロウ君。なに遠い目をしているのよ」
「え!? いやあ……平和が戻ってくればいいなー、なんつって」
「そうね。そのためにはFHエージェントを始末しないといけないわ……ふふふ。昨日今日能力に目覚めたばかりのひよっこにしては殊勝な心がけなのかしら?」
 問題は不穏分子であることに、不穏分子自身が気付いていないことだろう。
「あら、向こうから学生が来るわ。また詰問してあげましょう」
「……やめてあげてくれ」
 詰問というより、あれはテロ活動に近い。
「じゃあどうするの。なにか考えがあるなら聞いてあげるわ」
「とりあえず真花に連絡を取った。すぐに来てくれるって言うから、ちょっと待ってようぜ」
「彼女になにか変った様子はあった?」
「いや特には……あ、いや、なんか妙に慌てていたような……?」
「どんな風に?」
「ああ。なんかこう「ふえぇっ!? そ、それってデー……ちょっと待ってて、すぐに行くから!」みたいな感じだった」
「……そ、そう。あなたそれは丁重におもてなししてあげなさいよ」
 紅ヶ原が複雑な表情で答えてきた。
 俺、変なこと言ったか?
「ともかく」
 紅ヶ原が俺に指先を突きつけながら言い放つ。
「そういうことなら私は消えるわ。いくら緊急事態とはいえ、他人の恋路を邪魔する権利なんか誰にもないものね。その代わり、もし外を出歩くのなら場所は絶対にショッピングモールにして頂戴。良いわね?」
「恋路って……誰のだよ?」
「……呆れるわ。いいから約束しなさい。二人で出歩く際は、必ずショッピングモールに来ること」
 やむなく頷く。別に不都合もない。
 俺の了承を確認してから紅ヶ原は「じゃあね」と言い残して教室から立ち去った。
 紅ヶ原が歩いていく逆の方向から、どたどたと慌ただしい足音が立つ。
 ……しかし、恋路とはいったい。
 誰もいない教室は考えごとに向いていると聞いたことがあるが、その恩恵をもってしても答えが出ない。
 誰と誰とが恋路を歩むと言うのか。
 思考の隙間を埋めるように、時計が針の音を響かせている。
 件のことを考えながら、どのくらい経っただろうか、いや時計を見たらその疑問は解決した。紅ヶ原がいなくなってから20分が経ち、17時を回った頃だ。誰のだかも分からん恋路について考えるも億劫になり、脳内会議の題材を「超能力を覚えたら何をするか」なんていう幼稚園児が盛り上がりそうなものに変更したところで、教室のドアが遠慮がちに開かれた。
「は、はあはあ、遅れてごめんなさい。え、えっと、その……」
 息を切らしながら、入ってきたのは真花だった。
 部活動から逃げ出してきたのだろうか、制服が着崩れている。
「あ、あの、遅れてごめ……じゃなくてっ、さ、誘ってくれてどうもありがとう!」 
「いいよ別に。こうやってのんびりするの嫌いじゃないし」
「あ、あの、ど、どど、どうしよっかこれからっ!?」
「まあ、そうだな……」
 選択肢を与えないが如く、紅ヶ原の言葉が反芻する。
 別に逆らうつもりもない。
「とりあえずショッピングモールに行こうか」

 

edited byえるえい at
【リプレイ】7月21日⑤

「かくかくしかじか。そういう訳なのよ、カナ」
「へぇー、綾瀬真花さんがオーヴァードに目覚めたかもですか」
 高校には久しぶりに来たが、やはり退屈だった。
 模範解答以外を是としない教育体制は、私には合わない。
 ぼんやりと空を眺めながら時間を潰しているうちに、いつの間にか学校は終わっていた。
 放課後の教室。そこには私とカナとクロウ君と、他に何人かの生徒が残っている。
「で、その綾瀬さんは今どこにいるのかしらね?」
「ちょっと聞いてみましょう。ねぇ、ちょっと質問していい……あれ、逃げちゃいました」
「逃げられたってどういうことよ……どんな顔で尋ねればそうなるの?」
「えー、普通の顔ですよぉ。支部長、それってさりげなく失礼じゃないですか?」
「怖がってるんだよ。あんな馬鹿げた自己紹介するから……」 
 クロウ君が憮然としながら割り入ってくる。
「あら、私たちの自己紹介のどこが馬鹿げていたのかしら」
「心外だ、みたいな顔をしているが、普通転入生はドアを蹴破ったりはしないものなんだぞ」
「急いでいるのに閉まっているドアが悪いわ」
「それにな、そんなダイナミックに侵入してきたやつが開口一番に「私の名前は紅ヶ原える。呼び方は好きにしなさい、ただし名前を噛んだやつは殺すケド」なんて自己紹介なのか脅迫なのかよくわからんことを言ってきたら、そりゃあ警戒しないほうがおかしい」
「私は自分の名前に誇りを持っているのよ」
「いや、もう……ハァ、まあいいや」
 校内はまるで平和だった。
 クラスメイトは私たちを除けば数人の女子生徒が談話している程度。
 ……強いて言えば、妙に静かすぎるのかもしれない。なにかを恐れているような――
 矢神とか言う生徒も、いつの間にか姿を消していた。
「気になるわね。警戒はしていたつもりだケド、いつの間に消えたのかしら」
「あれ、支部長も分からなかったんですか。うーん、敵もなかなかやりそうですねー」
 雄吾じゃないが、油断大敵。気を引き締めてかかるとしよう。
「まあ、まずは敵のことを知りましょう。話はそれからよ。分散して適当に調査し……あ、クロウ君は私と一緒に来なさい」
「え、俺も行くのかよ!?」
「いいのよ、一人で行動して敵に殺されたいのならば。墓標に花くらい添えてあげるわ」
 なにやらクロウ君が憤慨しているが、事実なのだから仕方がない。
 オーヴァード能力者に狙われることの恐ろしさを、彼はまだ話でしか知らないのだから無理もないのだケド。
「とにかく。各自情報を仕入れてくること。良いわね」
「了解でーす! よーし、とりあえず教室に残っている生徒に聞き込みを……ってあれ、支部長が立ち上がったとたんにクラスから人が消えたんですけど……」
 私が立ち上がると同時に、蜘蛛の子を散らすように、生徒が飛散していった。
 廊下のほうから、どたどたという足音が、遠ざかっていく。
「……ふ、不思議なこともあるものね……無礼者、イツカ殺スワ……」
「ま、まあ気を取り直して行きましょう。支部長!」

 

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【リプレイ】7月21日④
「ガハラちゃん。今日は転入初日じゃなかったのかい?」
「うるさいわね寝坊したのよ……っていうか私の名前は紅ヶ原よ。勝手に省略しないで頂戴」
 電話の相手はロック・オンストラトス。
 頼んだわけでもないのに幾多の任務を共にした――腐れ縁というやつだ。
「……ってちょっと待ちなさい。私、ロックに転入すること言ったかしら?」
「そんなことくらい分からないで探偵はやってられないさ。ガハラちゃん昨日、UGN医療施設でワーディングを使っただろう? ……なにをしていたか知らないが、そこから芋づる式にズルズルと、ね♪」
「乙女のプライバシーを侵害するなんてラッキールチアーノもびっくりの悪行っぷりね。いい度胸だわ」
 電話の向こうから軽薄な笑い声が聞える。
 ロックとの会話はのれんに腕押しというか、手ごたえがなくてやりづらい。
「いやー相変わらずだねガハラちゃん♪」
「その褒めているのか貶しているのかよく分からない相槌はやめて、さっさと本題に入りなさい」
「おっけーおっけー♪ じゃあまず敵戦力について。僕の見立てでは敵は二人。君も知っているディアボロスと、もうひとりは矢神秀人っていうN市公立高校に通う高校生だ。君と同じクラスらしい」
 この男は相変わらず仕事が早い。
 UGNがまだ掴んでいないような情報をこうも容易く入手するなんて。
 仕事の面だけは、認めてやっていいのかもしれない。
「奇遇ね。私が今日から通うクラスにFHエージェントが潜んでいるなんて」
「幸か不幸か、ね。クロウ少年のことを守りやすい半面、狙われやすくもある。それに……連中が狙っているのはどうやらクロウ少年だけじゃない……ガハラちゃんは綾瀬真花という女の子を知っているかい?」
 急に真面目な口調になってロックが言う。
 真花。昨日クロウ君の話の中で聞いた名前だった。
「名前だけ、聞いたことがあるわ」
「その女の子が爆発事故から無傷で生還したってハナシも?」
「ええ、なんとなく……ってちょっと、まさか――」
 ロックの口調は一層、真に迫っていた。
「もしかしたら、だよ。綾瀬真花もオーヴァードの資質を持っている可能性がある」
「……カナに早く伝えないといけないわね」
「ま、放課後までには僕もそっちに向かうからさー、ガハラちゃんも久しぶりに学生生活を満喫しなよ? ……あ、そうそう、最近N市のショッピングモールに洒落た喫茶店ができたらしーんだけど一緒に――」
 ともかくカナと相談する必要があるわね――あ、ケータイはもう電源切っておこう。
 えーと、私が編入するのは、1学年のAクラスだったわね。
 とりあえずドアを蹴破り、中へと滑りこんだ。
 
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